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バイオダンジョン 11 冒険者、本物の怪物と対峙する

 道の先に黒い塊があった。

 戦闘の跡からしばらく歩いた先の、一つの袋小路の奥である。

 ぷうんと死臭が漂い、それが何かの亡骸なきがらであることが察せられた。

 四人は一旦立ち止まり、互いに視線を交わす。

 やがて四人は意を決してその亡骸に近づいて行った。


『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』


 相手がなにものなのか、少しでも情報が欲しかったからである。

 途中でロムが立ち止まる。

 奇襲を警戒して三人とは少し距離を置いて見張るためだ。

 黒い塊は想像通り生き物の死骸であった。

 何の生き物だったのか判らないほどに滅多刺しになっていて、辛うじて四足歩行の哺乳類ではないかと推測できる程度だ。

 ジュリーは恐る恐る腰のショートソードを抜いてその死骸をつつき動かす。

 サスケは素早く地図とは別の紙を取り出し、ラフスケッチをしながらメモを取る。

 ゼンは辺りの様子に視線を走らせた。

 周囲の状況を見ればここで激しい戦闘があり、この死骸は負けたのだろう。

 相手は冒険者で間違いない。

 刺し傷は全て剣のようなものでつけられているのが証拠だ。

 殴った跡もある。

 前足は打撃によって折れていた。

 背中の刺し傷は全て死後のものではないかと推察された。

 息の根をとめるというより、恐怖に駆られてのオーバーキルだったのではないだろうか。

 致命傷はひっくり返したことで判った。

 胸へのひと突きだ。

 ショック死か失血死かは死後かなり立っているようで判然としない。

 もう一つ判ったことは、この迷宮のこの区画が本当にほったらかしであるということだ。

 これははっきりものぐさな理由ではないことを感じさせた。

 意図を持ってここに野ざらしにされているとみていい。

 実際、その後あちこちを探索する間に数体の死骸を発見した。

 あるものは白骨を晒し、あるものは他の何者かに食い荒らされていたが、それらは全て戦い破れたものだった。

 それぞれに特徴が異なり別種のようであるが同じ特徴を示す箇所もあり、傷みが激しいこともあってどうも判別しがたい。

 何度目かの喉の奥にこみ上げてくるものを堪えつつ、ジュリーはつい今しがた発見した新たな亡骸に近づいていたのだが、その亡骸を確認したところで遂に胃の中のものを吐き出してしまった。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃあない。もし調べるつもりなら、はらに力を入れておけ。あれは……」


 と、背を向けた亡骸にわずかに顔を向け、怯えるように呟いた。


「あれは人の死体だ」


 それは力尽きた男の死体だった。

 無数の噛み付かれた跡は死後に食い荒らされたからか、むき出しの手足は骨になっていた。

 鎧に守られていたため一番最初に食い散らされるはずの胴は残っていそうだ。

 死因は喉笛に噛み付かれたことによるものだったのか、頭は胴と別れて転がっている。

 幸か不幸かその顔は判別できない。


「まだ怪物は残っていると思うか?」


 憔悴した表情でゼンに訊ねるジュリーは、それでも先に進む意志だけは瞳に宿している。


「いるでしょうね。いや、何らかの方法で補充していると見るべきです。我々もいずれ戦わなければならないはずです」


 その()()()はすぐに訪れた。

 何かが近づく音が行く手から聞こえてきた。

 冒険者はすぐさま臨戦態勢をとる。

 ジュリーもサスケも背中に背負った刃のある刀を抜き放つと正眼に構え、前列に並んで相手が来るのを待ち受ける。

 後列にはロムとゼン。

 杖に仕込んだ武器のスイッチを指さし確認しながら落ち着こうとするゼンと、まだ未踏領域を残した後方を気にしながらもいつでも加勢できる体勢で待つロム。

 やがて曲がり角から現れたのは文字通り異形の怪物だった。

 実際の動物や縮小された動物ではない。

 顔はイヌ科のそれである。

 鼻づらの長いその印象からハウンド猟犬のようだが胴が犬ではない。

 太い四肢としなやかに躍動する胴が山猫リンクスのようであり、尾が蛇のように鱗で覆われている。


「キメラ合成生物!」


 思わず大きな声が出てしまったゼンに反応したのだろう。

 警戒し、唸りだしたその声はアライグマのようだった。

 さっと四人に緊張が走る。

 こんな相手に勝てるのかという弱気がジュリーとサスケの心を支配しかけたが、それは裂帛れっぱくの気合を吐くことで抑えつけた。

 その声にびくりと反応し、一歩退がったキメラはしかし、唸りながら姿勢を低くする。

 前衛二人が構える武器を警戒してか今の所距離を保って威嚇する以上ではないが、こんな膠着状態をいつまでも続けていられるほどこちら側はタフではない。

 しかし、相手の能力も判らず異形の敵と相対する恐怖もあり、こちらから攻撃を仕掛けるというのも危険度リスクが高いと言わざるを得ない。

 長引けば不利だが拙速も危うい。

 正に抜き差しならない状態に陥ったと言える。

 ジリジリとした睨み合いが数分続く。


「どっちか俺と代わってくれないか?」


 均衡を破る一手を打つため、ロムが声をかけた。

 前衛に加わるのもありなのだが、戦闘力の低いゼンを一人にすることで後方への守りがおろそかになるのはまずい。

 そういう判断だった。


「拙者が替わろう」


 キメラから目を離さずに答えたサスケは慎重にロムと立ち位置を入れ替える。

 入れ替わったロムはキメラを険しい表情で睨みつけながら、隣のジュリーに声をかけた。


「相手の能力を探りたいんだ。協力してくれるか?」


「いい手があるのか?」


「まず俺がちょっかいをかけるからこっちに攻撃を仕掛けて来ようとしたら大きく払って追い散らして欲しいんだ」


「反応を見るわけか」


「身体構造的にある程度予測はできるんだけど、想定外に高スペックだとやばいからね」


 体の大部分が山猫であることを考えれば、おおよその動きはネコ科のそれになる気もする。

 しかし、肝心の頭が犬なのだから行動・反応が犬のそれになるのではないかとも考えられる。

 ロムはどちらなのか、あるいは全く別の反応を示すのかを確認しようとしているのだ。


「判った」

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