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バイオダンジョン 10 確かに誰かが挑んでいた

 歩き出した四人はすぐに足元の変化に気づいた。

 それまでの道のりはリアリティの追求で風化などが表現されていた()()()()リアリティだった。

 しかし、この道は実際に手入れされていない空間の持つ圧倒的な現実感がある。

 もちろん何十年と存在しているなどという施設ではないのだから、レンガの風化具合などは造形師の仕事だろう。

 だが、そこに生えているコケなどは本物だった。

 そして、その苔むした通路をいくつかのパーティが通ったと思わしき踏み跡があった。

 やがて通路の先で左に折れる角を曲がると、石の扉の時と同様に青銅の扉が閉まる音が響く。

 ここでもまた戻る道が閉ざされたわけだ。


「意図的に管理されていない?」


 自然に苔に覆われるに任せていることの意味をゼンは考えていた。

 ここは手を入れていないというだけではない。

 全く手付かずのダンジョンだ。

 ここは冒険者プレイヤーが来ることを前提に設計管理していないのか?

 いいや、それはありえない。

 これまでの道のりを考えればこの先もシナリオの一部であることは間違い無いのだ。

 冒険者が倒した怪物モンスターを次の冒険者のために設置し直すなどのメンテナンスはどうしているのだろうか?

 この先には何があるのだろう?

 いつしかゼンはいつもの悪い癖で思考に没入していた。

 顎に親指を当て、鼻に人差し指でトントンと触る。

 自然、歩く速度が少しづつ遅れ出す。

 やがておろそかになった足元の苔を踏み誤ってずるりと滑り、ロムに支えられることになった。


「ああ、申し訳ありません」


 照れ隠しに踏み外した拍子に剥がれた苔の一部を蹴飛ばして見せて不意に立ち止まった。

 その気配に前を行くジュリーとサスケが立ち止まって振り返る。


「何かあったのか?」


 ずるりと滑って転びそうになったのは知っている。

 ジュリーはすぐに追いついて来ると思っていた二人が近づいてこないことを不思議に思い声をかけたのだ。

 そこには何か重大なことに気づいたらしい青ざめたゼンが、盛んにあたりを観察している姿があった。

 しかし、その奥にいるロムに戸惑っている様子はない。

 ロムも何かしら気がついているということだ。


「サスケ」


「うむ」


 二人は互いに頷き合って二人の元に戻る。

 ゼンにならって辺りを見回した二人もすぐにその事実に気づくことになる。


「争った跡か」


「ええ、我々の前にここを通ったパーティが何らかの敵と戦ったようです」


 ゼンが踏み誤ったのはその戦闘時に剥がれた苔だったようだ。

 三人が話し合う間、ロムは行く手の見張りを買ってでる。


「虫の類じゃないんだな?」


「違いますね。でも生き物です」


 人とは違う四つ足の足跡がある。

 そして、その戦闘で流血があったことを示す赤黒いいくつかのシミ。

 しかし、ここで勝負が決した証拠はない。

 三人はほぼ同時に唾を飲み込んだ。

 徘徊する敵ワンダリングモンスターの存在はRPGを趣味にしていれば当然考慮すべき事案ではある。

 しかし、既存のミクロンダンジョンではほとんどお目にかかることはない。

 ()()()ミクロンダンジョンで徘徊させるのは技術的経済的な面から都合が悪いからだ。

 しかし、ここでは実際に生き物を野放しにしている。


「安全など無視してよりスリルあるシナリオを追求しているというのでしょうか。ふざけています。冒険者に何かあったらどうするつもりなのか」


「どうするつもりもないのかもしれないな」


 ゼンの憤りに答えたのはいつもと変わらない調子のロムだった。


「現代の倫理観で考えれば確かにふざけているよ。でもプレイヤーが好き好んで危険に飛び込んでいるように、それを見て楽しんでいる奴がより刺激を求めてプレイヤーを追い込む可能性はあるだろ?」


 事実、下町の迷宮亭にしても安全には十分配慮されていたがそれを観戦する客がいたし、狂戦士バーサーカーの墓標亭に至っては好戦的なプレイヤーが快楽のために事情を知らないプレイヤーをなぶり、それを観戦して興奮している観客がいた。

 さながら帝政ローマの闘技場コロッセオのようだった。


「しかし、ここは下町の迷宮亭のようにダンジョンのあちこちにカメラが仕込まれているわけでも、狂戦士の墓標亭のようにダンジョンを開放型にして上から覗いているわけでもありませんよ」


「何らかの選別セレクションをする場所って考えはどうだ?」


 そう言ったのはジュリーである。

 思うところがあったのだ。


『そのダンジョンに挑むと戻ってこない』


 曰く付きのダンジョンとして有名なここ帰らずの地下迷宮は、人がいなくなる場所であることはもはや事実として間違いない。

 その理由が何であるかはこの先へ進めば自ずと明らかになるだろう。

 しかし、ここがただただダンジョンに挑む冒険者を嬲り殺す場所というのはどう考えても思えない。

 もっと奥に意図がある。

 では、その意図とは何だ?

 ジュリーの考えでは冒険者を選別し、どこかへ連れ去ることだった。


「あの日……」


 と、ジュリーは床に染み付いた血痕に視線を落としながら述懐する。

 なぜ、レイナだけがさらわれたのか?

 なぜオレたちは取り残されたのか?

 あの日、最初にレッドドラゴンに斬りかかったのはジュリーだった。

 サスケも積極的に攻撃に参加していた。

 むしろレイナは二人のサポートに回っていた。

 なのにしばらくの攻防の後、赤龍が掴んだのはそのレイナなのだ。

 たまたまではない。

 明らかに狙ってレイナを捕まえたのだ。

 理由は判らない。

 しかし、事実として四人の中からレイナを選別し連れ去った。


「ここもおそらく同じ意図で冒険者を選別している。最初のフロアで大勢の洞察力のない冒険者をふるい落とし、このフロアでその実力を確かめているんだ。この先何があるか判らないが、オレたちはゴールを目指す」


 力強く宣言をすると、彼は先頭に立って先を進む。


(この先、考えながら歩くのは絶対にやめなければダメですね。十分に気をつけましょう)


 ロムによくよく注意されていた悪い癖をゼンは改めて反省し、大きく息をついてジュリーの後を追う。

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