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バイオダンジョン 09 リベンジ

 地図がないと迷ってしまう程度には複雑な迷宮を進みながら四人は黙々と歩き、たどり着いた先は木製の扉でこのダンジョンでは馴染みの閂がかかっている。


「一応調べるとしよう」


 そう言ってサスケが扉を調べ始める。

 見た通りの木製で四隅は金属の補強がなされている。

 閂も角材で古びた感じを表現されたもの。

 二、三十年放置された迷宮という見た目に仕上げられている。

 現実世界の環境音が一切聞こえてこないことと迷宮内の湿った空気とが相まって没入感は怖いくらいだ。


「生き物がいるでござるな。やはり昆虫でござろう」


 経験は何より人を成長させるものだ。

 この数回のダンジョンアタックは戦闘だけでなく索敵能力も彼らを成長させていた。

 千葉のダンジョンに挑戦していた頃はよほど活発な生き物の気配を感じるのがせいぜいだったが、ダンジョン内が静寂な事もあって中の様子もなんとなく判るようになっていた。

 クモは判らなかったが。


「不意さえ打たれなきゃなんとかなる。いくぜ」


 背中からソードを抜いたジュリーが仲間を見回す。

 サスケは背中の日本刀を抜き、ゼンも杖を胸の前で握り直して頷いた。

 ロムが閂を外し、サスケが扉を開ける。

 躊躇なく中に入るジュリーの視界を確保するためにゼンが続き、サスケ、ロムと入るとそこには大きな褐色のカマキリがいた。

 あの時のカマキリよりは一回り小さいようだが、あの時と同種のカマキリだ。

 その向こうには青銅製の扉があった。

 カマキリも小さいがあの日と違い部屋も大きくない。

 ここはどうでも目の前のカマキリを倒さずに先へは行けないようだった。


「あの日のリベンジ、お前で晴らさせてもらうぜ」


 ジュリーはあの日の自身の不甲斐なさを思い出す。

 戦士として、剣士として共に戦いたい。

 せめて隣で協力したい。

 そう思いながら何も出来ずただただ奥歯を噛み締めながら逃げた記憶が脳裏に浮かび、全身が熱くなるのを感じていた。

 目の前のカマキリはあの日のカマキリより小さいとはいえ、このダンジョンで出会ったどんな相手より大きい。

 少なくとも七十五センチ近くはあるだろう。

 こんな状況でなければ愛嬌さえ感じられるハート形の顔をこちらに向け、四人を警戒してかユラユラと体を揺らしている。

 まさに蟷螂拳とうろうけんのようだ。

 長い棍を持ったロムがそのカマキリに正対する。


「ジュリー、サスケ、ロムをサポートを。左右に展開して節を狙ってください!」


 ゼンが叫ぶと二人は即座に反応しカマキリを挟み撃ちにしようとするが、部屋が狭くてうまく回り込めない。

 カマキリは複数の敵を相手にしていると認識したのか、その鎌腕をジャブとして振るう。

 ロムが防御力でやや劣るサスケの側に寄って鎌を弾く。

 ジュリーの方も剣で上手にさばいて見せた。

 二度三度とタイミングを図ったロムはわずかに間合いを詰めて相手を誘い、鎌をかけてきたその腕を棍で絡め取る。


「悪いな。無駄な殺生は好きじゃないんだが……」


 感情の読み取れないカマキリの目を見据えてそう言い訳すると、一気に棍に力を込めて関節を逆折りにする。

 メキリと外骨格が割れる音がしてカマキリの鎌腕が本来曲がらない方向に捻じ曲げられた。


「御免!」


 ガラ空きになった首めがけてサスケが刀を振り下ろすと狙いたがわず袈裟斬りにカマキリの首を落とす。

 頭と別れた体が完全に動かなくなるのを確認した後、四人はそのむくろを乗り越えて扉の前に集まった。

 青銅製の扉。

 ろくしょうが扉全体を覆っており、この扉が実際の青銅で作られている事を物語っていた。

 鍵穴はないが鍵がかかっているのか単に錆びついているのか、ちょっとやそっとでは開けられそうにない。


「謎解き《リドル》ですね」


 ゼンが顎に親指を当て、人差し指で鼻の頭をトントンと叩きながら部屋を見回す。

 部屋の中は彼らと骸となったカマキリのほかは特段の装飾もなく殺風景な部屋だ。

 風化したような風合いを施された室内はざらついたレンガで壁も床も天井も出来ている。

 杖の明かりを扉に近づけて壁と扉の隙間を覗くと鍵がかかっていのが見て取れた。

 扉はのっぺりした飾り気のないものなので、こちらに何らかの仕掛けがあるようには見えない。

 このダンジョンではアイテムと言えるようなものは手に入れていないので(この辺りもあの日のダンジョンを想起させる一因だ)、あるとすればこの部屋のどこかに解錠の仕掛けがあるに違いない。

 ここまでリアリティにこだわっているのだから仕掛けも「らしい仕掛け」だろうと見当をつけたゼンは、扉のある壁に光を当てて丹念に調べていく。

 つられるように三人も照らされる壁を額を寄せ合って見つめていたが、やがてサスケが違和感に気づいた。


「このレンガだけ他のレンガより風化が進んでいないようでござる」


 指差すレンガはかかっている鍵の真横にあり、なるほど他のレンガより色が明るく角も鋭角なようだし、よくよく見ればそのレンガは目地材から完全に浮いているようだ。


「パターン的には押し込むんだろうな」


 ゼンに確認を取るように言ったジュリーは一度生唾を飲み込んで掌底でぐいと押し込んだ。

 すると思った通り押し込まれ、奥でカチリと音がする。

 ひと呼吸置いてひとりでに扉が外へとゆっくり開いていく。

 扉の向こうは通路になっていて生臭く湿った空気がそれまで以上に陰鬱に漂ってくる。


「嫌な臭いだぜ」


 ジュリーの呟きにロムが応える。


「ああ、生き物のいる臭いだ」


 決して清潔ではない環境で生き物が暮らしている……漂ってくるのはそういう臭いだった。

 かすかに血生臭くもある。

 いよいよヤバイところに足を踏み入れる。

 ロムをしてそう感じさせる臭いだった。


「だからと言って立ち止まっているわけにも行きません」


 もっとも脆弱な立場であるゼン言う。


「だな」


 戦闘に次ぐ戦闘で、今一番疲弊しているだろうジュリーが相槌を打つ。


「準備が出来次第出発することにしましょう」


「あい判った」


 すでにサスケは準備に取り掛かっていた。

 ロムは無言でまっすくに伸びているだけの通路を見つめていた。

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