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バイオダンジョン 08 努力は報われる

 その姿はまごうことなき蟻である。

 しかし、そのサイズが想定外だった。

 彼らから見て五十センチ超級、実寸で五センチはあるのだ。

 ジュリーは慌てて腰の剣を抜くと、腰だめで構える。


「一匹か?」


「後続が顔を出さないところを見るとその可能性は高いですが、これは……」


 ゼンが絶句し、サスケも対応しあぐねてか、紙とペンを持ったまま固まっている。

 丁字路になったことで最後尾に戻っていたロムが、二人の間を抜けてジュリーの右に並ぶ。


「アリって襲ってくんのか?」


 ロムの背中越しの質問に、やっと再起動したゼンがお得意のうんちくを披露する。


「普段は小さいので気になりませんが、アリは比較的攻撃的な生き物だと言われています。あごも強いですが、注意すべきはさんです」


「ギサン?」


「蜂同様尻に毒針を持っているんです」


「刺すのか?」


 ジュリーが思わず振り返ってくる。


「蜂と違って刺せるほどの針を持っているアリは少ないらしいですが、逆に毒を吹き付けてきたりするらしいんです」


「よっぽど厄介じゃねぇか!」


「これはこういう種なのか? こんなでかいアリいるもんなのか?」


 休むことなく動く触覚が何を探っているのか無表情な昆虫の顔からは全く読み取れず、ロムは棍を握る手に汗にじむのを感じていた。


「少なくとも日本にいるアリに二センチを超える種は存在していません。これはおそらく……おそらく人為的に大きくされているアリです」


「ミクロンシステムで……でござるか?」


「システムは専門外ですが、縮小と復元ができるのですから拡大も理論的に可能なんじゃないでしょうか?」


「このダンジョン……」


 ジュリーは構えていたショートソードを腰の鞘に戻し、背負っていた日本刀風のソードを抜く。

 こんな事態を想定して用意した刃を研いだ(殺傷力のある)剣である。


「あいつらのダンジョンだな」


 四人に緊張が走る。

 その殺気を感じたのか?

 アリが戦闘態勢に入ったように姿勢を低くしてこちらに向き直った。

 ロムはその反応に先手必勝とばかりに攻撃を繰り出す。

 棍をわずかに右に引き、間合いを詰めるとアリの横っ面を殴る。

 手には外骨格の固い感触が伝わってきた。

 弾かれるように横を向くアリに間髪入れずにジュリーが剣を振り下ろす。

 その連携は事前に打ち合わせたものではないが十分意思の通じた動きだった。

 狙いは触覚。

 できれば一刀の元両断したかったが慣れない武器と経験不足から剣の軌道と刃の角度が合わず、ガツンとした手応えを伴って触覚の中ほどに食い込む。


(やべ!)


 焦りも手伝って剣が抜けない。

 慌ててアリの頭に右足をかけて力任せに剣を引くが、引く角度が剣の角度と違っているらしく抜けそうにない。

しばらく奮闘してみたがらちが明かないとすっぱり諦め、彼は腰のショートソードに武器を変える。

 足で押さえつけていた頭に剣を突き刺すとその外骨格はチョコレートケーキのように割れたが、アリはなおも暴れている。

 ジュリーは剣を引き抜き今度は頭部と胸部の間に剣を突き入れて切り離した。


「ヤベェぞおい。もしかしたらこの後の遭遇エンカウントもこんなのばかりかよ」


 倒したアリの触角からソードを抜いたジュリーは、刃こぼれがないか確認しながらゼンに問いかけた。


「可能性は高いですね。でも、我々は一度経験してますよ?」


「そうだった」


 今は「賢者の迷宮亭」の名で知られるようになった千葉のダンジョンは、彼らがアタックした時は一本道に昆虫を閉じ込めただけという何の配慮もないダンジョンだった。

 あの時はロムにおんぶ抱っこでも実際に彼が戦ったのは群がり寄る蚊を払ったのと、盾で虻からの攻撃を防いでいただけ。

 それが今日は曲がりなりにもアリに対して剣を振るいあまつさえ倒すことができた。


(オレも十分戦える)


 そう思ったのも無理はない。

 しかし、それは常にこちらが先制できる可能性が高い昆虫相手だったからかもしれない。

 いつもの通り歩ける限り通路のマッピングを終え、いくつかの扉を開け始めると部屋の中には頻繁に虫が配置されていた。

 最初の接敵こそ突然のことで後手に回った感はあったが、そういう場所なんだという割り切りで腹を据えると、ジュリーとサスケは精神的に余裕が出たのかここ数回のダンジョンアタック同様に、ロムの手を借りずに戦うことを主張して二人で虫に挑んでいった。

 部屋の中には大体においてアリが配置されていた。

 一匹の時もあれば五、六匹放り込まれていた場所もある。

 十倍に巨大化されているとはいえ所詮は一センチに満たなかったものだ。

 巨大化させられたためか思ったほど動きも速くなく、落ち着いて対処すれば決して勝てない相手ではなかった。

 黒い外骨格は確かに殴っただけではダメージを与えているのかさえ判らなかったが、触角を切り落とせば迷走するし、頭部胸部腹部をつなぐ部分はうまく狙えば容易に切り離すことができた。

 形勢不利とみれば戦わずに部屋を出るという選択肢もある。

 いくつかの扉の中には実寸の虻もいた。

 千葉のダンジョンでは、当時装備していた盾で向かってくるのをはじき返す事しか出来なかった相手だったが、今日は剣を振るって叩き落としてトドメをさす事もできた。

 ジュリーはサスケと視線を交わして互いに頷き合うと、ロムに向かって「どうだ」とばかりに不敵な笑みを浮かべてみせる。

 二人は見違えるほど戦えるようになっていたのだ。

 それもこれもロムの指導を真摯に受け止め、真面目に稽古をしてきた結果だろう。


「オレたち十分戦えるじゃねぇか」


 ジュリーが意気揚々と先頭を歩く。

 その口調はいつにも増して芝居がかっていて少し調子に乗っている色が見て取れた。


「油断は禁物でござる。こういう時は得てして足元をすくわれるでござるぞ」


 などというサスケの声にも高揚感が乗っていた。

 開けた扉の奥にはクモがいた。

 その姿を見た瞬間、ロムがみるみる青ざめていく。

 ジュリーがざっと部屋を見回すが部屋の中に他の扉はない。

 速やかに扉を閉じてため息をついた。


「行ってないとこは?」


「この扉だけでござる」


 と、サスケが地図上の一点を指差す。


「奥に道が繋がってなきゃ手詰まりだぜ?」


「繋がってますよ。ヤツらのダンジョンだとすれば確実に、次のステージに」


 ゼンには確信めいたものがあった。

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