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バイオダンジョン 03 イワク イツワ ツキ

 リアルに作り込まれた洞窟は足元がでこぼことしていて歩きにくく、壁肌も荒く掘り出されたようにゴツゴツとしている。

 いくらも進まないうちに外からの光が届かず薄暗くなる。


「初心者が多いと言っていましたね」


 ゼンが呟くと先頭に立っていたジュリーが立ち止まって振り返った。


「多いかどうかは判らないが、初心者のために道具を貸し出していた。だ」


「事前のレポートによれば雰囲気は良いがそれだけ。まるでグラフィック以外に評価することがないコンピューターゲームみたいな評価でござった」


「ライト」


 ゼンは杖のスイッチを押して明かりを灯す。

 明かりに照らされた洞窟は人が三人並べば通路が塞げそうな道幅で、なんとなくまっすぐ奥へと続き左に折れている。


「マッピングも大変そうでござるな」


 サスケの言葉には苦々しそうな表現とは別に喜色が含まれていた。

 ここ「帰らずの地下迷宮」は冒険者用酒場兼宿屋と言う設定の『嘆きの酒場亭』と呼ばれるフロントによってその外観が隠されていたので、どれほどのサイズのダンジョンなのかも判らないようになっている。

 これはまさにTRPGや攻略情報のないCRPG同様の、もっと言えば実際の冒険そのものとも言えた。

 ここが東京都内の小さなテナントビルである以上実寸でそれ以上の面積はないとしても、十分の一サイズの彼らにとっては相当な広さになる。

 そんな状況に置かれてそのことに喜びを感じるあたり、サスケはやはり冒険者気質ということなのだろう。

 この辺りは他の仲間も同様だった。

 洞窟は自然な空洞を模しているのではなく、人為的に掘られた洞窟として造形されていた。

 その様を見てゼンは「なんらかの意図を持って作られた洞窟であり、奥には何かが仕掛けられていると考えられる」と、シナリオを分析する。


「そう言えばダンジョンの設定しらねぇな」


 ジュリーは測量のためいつも以上に進まない探索に多少の苛立ちを覚えつつ、気を紛らわせるためか呟いた。

 ミクロンダンジョンはRPGにカテゴライズされているゲームである。

 その性質上目的があり、シナリオがあるはずだ。

 だから通常、冒険者プレイヤーがダンジョンアタックをする理由になる設定が公開されている。

 もっとも大体において冒険者はミクロンダンジョンを遊ぶこと自体が目的なわけで、シナリオ上の設定などあまり気にしているものは多くないだろう。

 ジュリーもこのダンジョンの設定を聞いていなかったことに気づき、それを話題にしたに過ぎない。


「私も知りませんよ」


 TRPGのシナリオライターとしてそれなりに名の知れたゼンが設定に興味を示さなかったとジュリーは受け取り、「珍しいな」と呟くいた。

 しかし、返ってきたのは想定外の返答だった。


「ないんですよ」


「え?」


「全く未開のダンジョン。そういう設定なんです。まぁ、ありといえばありな設定です。そもそもいわいつ付きの場所などそうそうあるものじゃない。リアリティというのであればむしろこちらの方が全然リアルです」


「そして勝手に曰くつきになる」


「ロムの言う通り、プレイヤーが有る事無い事噂にして勝手に曰くがついたのがこのダンジョン」


「その曰くが『そのダンジョンに挑むと戻ってこない』か」


 ジュリーが右に曲がる通路の先を警戒しながら低い声で呟いた。

 曲がり角の手前でゼンが光源である杖の先を突き出す。

 少し間を開けてジュリーがそっと覗き込むが、通路が続いているだけだった。

 四人の冒険者は適度な緊張感を持って先へ進む。

 ダンジョンは複雑に紆余曲折しながらも延々と通路が続くだけのどちらかと言うと単調なものだ。

 彼らはここまでに二度、洞窟の横穴で待ち伏せに出くわしたが、非常に簡素な固定型のオークが特に攻撃してくるでもなくジュリーに殴り倒されている。

 やがて洞窟は行き止まりになり、どん詰まりには簡素な木製の扉があった。


「ここからが本番ってか?」


 ジュリーがサスケのために場所を空け、代わったサスケが扉を調べる。

 木製の扉は角材のかんぬきで閉じられていた。

 他に気になる場所も見当たらなく、扉自体に罠が仕掛けられているようには思えなかった。

 雰囲気として「誰かを閉じ込めておく場所」と見てとれなくもない。


(なかなかどうして、シナリオとしてもよく練られているようです)


 これはまさしく玄人くろうと好みのシナリオだと、ゼンは心の中で舌なめずりをしていた。

 ミクロンダンジョンをアスレチックアトラクションとして捉えている向きには物足りないだろう。

 それは一方ではミクロンダンジョンの人気に直結した仕掛けである。

 体を動かし、明確な課題ミッション克服クリアすると言う目的は、とても判りやすく達成感を得られる。

 その一方でRPGマニアを惹きつけてやまないのが、趣向を凝らした謎解きである。

 未知への知的好奇心と謎を解き明かした時のカタルシス。

 この二つは本来ゲームの楽しさの両輪である。

 そのバランスはシナリオライターの腕の見せ所だ。

 特に謎解きに偏ればライト層が離れて市場が縮小する。

 もっともミクロンダンジョンは今や非合法遊戯である。

 ニッチを追求するのも一つの手ではあるだろう。

 しかし、こうまでプレイヤーを選ぶシナリオというのは正直どうだ。

 受付の『嘆きの酒場亭』から始まるこの凝りまくったダンジョンセットは、採算度外視であったとしても腑に落ちない。

 むしろこれだけ金をかけていればより多くの冒険者にプレイしてもらいたいと思わないのだろうか?

 ゼンは、このダンジョンに別の意図を感じ取った。

 芸術とも言えるダンジョンを見てもらうためではなく、冒険者に楽しんでもらう気もなく、ましてや金儲けでもない何か。


「考え事しながら歩くと危ないぞ」


 ロムに声をかけられ我に返ったゼンは、風景が一変していたことに驚いた。

 いつの間にか扉の向こうを歩いてたのだ。

 それも無意識のうちに。


「すいません。気をつけます」

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