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狂気の迷宮 06 押し寄せるハザードの波

 マンションの内階段のような踊り場のあるコンクリートのそれを下ると、目の前には通路が伸びていた。

 通路の向こうからは空間を埋め尽くすようなゾンビの群れ。

 見える限りでゆうに二十体はいるだろう。

 特にギミックのない手を前に突き出しているだけのそれがゆっくり近づいて来る。


「むしろハリウッド映画だな」


 ファンタジー世界でもアンデッドは敵キャラクターとしてメジャーな怪物モンスターであり、スケルトンと並びRPGの前半に登場する場合が多いゾンビは、それらの世界では死者を魔術的呪術的に操るといった描写がよくなされている。

 しかし今、目の前に迫り来るゾンビはそういった不気味さよりむしろウイルス感染などにより死してなお行動出来、生きているものを襲うという映画やゲームで採用されるSFの流れを汲む描写に見える。

 おそらくダンジョンの設計者はこちらのシナリオを採用しているのだろう。


「ならさっきの階にはショットガンでも置いといてもらいたかったね」


 剣を構えて気合いをいれるジュリーの隣で、まだ気の抜けたままの蒼龍騎が軽口を叩く。


「その手のゲームでもナイフは基本装備だろ。二人で倒すぞ」


「二人!?」


「三人並んで戦えるほど通路幅は広くないだろ」


「まぁ、数多いだけで一体一体は強くなさそうだからいいか」


 二人は、後ろの二人を残してゾンビの群れの前に歩を進める。

 実際、ゾンビは苦もなく倒すことができた。

 よほどダメージ設定が低くできているのだろう、剣を振るえばほぼ一撃必殺。

 前に突き出していた腕を下ろして道を開けるように壁際による。

 が、数が多い。

 当初見込みでは三十体ほどかと思われていたゾンビは、ゼンが数えてみたところ全部で五十四体あった。

 手数が足りずあっさり群れに飲み込まれた二人は剣を振るスペースを確保できず、もみくちゃにされながら直接拳や肘で殴りつける乱戦で、肉体的損傷こそほとんどなかったが体力的精神的に多大なダメージを受けた。

 全てを倒し終わり荒い息の下、蒼龍騎が心底慨嘆(がいたん)する。


「こんな中でどうやったら無双できんだよ、主人公補正ってやっぱすげぇな」


「まぁ、それが映画ですから。しかし……ジュリー、もう少しなんとかできなかったのですか?」


 ゼンが苦虫を噛み潰しているような表情で、通路の両側にずらりと並んでいるゾンビを見つめているジュリーに声をかけた。

 ジュリーからの答えはない。


 判っている。


 彼は自分自身その不手際を痛感していた。

 数が多い敵を少しでも早く倒そうと意識するあまり、前のめりに攻撃することを優先してしまった。

 敵の設定が弱かったのも影響しただろう。

 ロムがいないことも焦りにつながったのかもしれない。


(これがもし本当に映画に出て来るようなゾンビだったら……)


 まず間違いなく群れに飲み込まれた時点でゲームオーバー、自分もゾンビの仲間入りだ。


(じゃあどうすればよかったのか?)


 ジュリーが自問自答する。

 そもそも不利な接近戦武器での戦いを強いられていたとはいえ、いや、だからこそもっと防御に意識を割かなければいけなかった。

 しかし、防御していたからといって群れに取り込まれなかったかといえばそれも遅かれ早かれで、いずれ同じ状況になったに違いない。

 彼はまだまだ未熟である。

 自分でそれは認識している。

 剣の振り方を一通り覚えただけでスピードも威力も、ましてや応用力などないにも等しい。

 だから今は一つ一つの攻撃を丁寧にこなしている。

 そのため敵の数が多くなるとどうしても手数が追いつかない。

 取り込まれそうになった際、焦って振った剣は威力がのらず三度に一度は一撃で倒せなかった。

 この程度のゾンビでさえしっかり撃ち込まなければ倒せない自分の非力が恨めしい。


「先へ進むでござる」


 サスケに肩を叩かれて思考の世界から現実世界に呼び戻されたジュリーは、力ない返事を返してから強く首を振った。

 気を抜いたのかと聞かれたら違うと答えたいが、周囲の情報を遮断していたには違いない。

 仲間がいるとはいえこれは油断に他ならない。

 彼は反省も悩みも元に戻ってからと割り切ると、気合を入れなおすためにゆっくり大きく深呼吸をしてから歩き出した。

 歩きながらジュリーはゼンに投げかける。


「ゼン、また同じ状況になったらどうすればいいと思う?」


「そうですね……二人では支えきれない。かといって三人並んで戦うにはこの通路は狭すぎる。あいであり側面や後方から責められるおそれもありませんしほう陣なんてどうでしょうか」


「ほうし?」


「鋒矢陣です。矢印の形になって相手に向かっていく陣形の一つです。防御には向かないと言われているんですがね。我々は四人ですから矢印というか菱形ひしがたになってしまうでしょうか」


「魚鱗とどう違うんだ?」


 ジュリーが重ねて問いかけるとそれにはサスケが答えてきた。


「魚鱗は三角形でござる。鋒矢は魚鱗の三角形に尻尾がついていると考えておけば良い」


「雑ですね」


 陣形についてのウンチクをたれようとしていたゼンはそのざっくりとした説明に思わず吹き出してしまった。


「じゃあまぁ、それで行こう」


「隊列はそうですねぇ……先頭を片手剣と盾で殴れる手数の多い蒼龍騎。二列目にジュリーとサスケで蒼龍騎が囲まれるのを阻止するという形でいきましょう」


 通路は薄壁一枚の折り返しになっていて蒼龍騎が通路を覗き込むと同じようなゾンビの大群が所在無げにゆらゆらと揺れていた。


「同じパターンだ。さっきとおんなじ」


「では、予定通り突撃するのみですね」


 若干及び腰の蒼龍騎に冷たいと感じさせる事務的な返答で先を急がせるゼン。

 蒼龍騎は一度天を仰ぐと大きくため息をついて意を決し、突撃を敢行する。

 ジュリーとサスケが後を追い、少し遅れてゼンが続く。

 どんなセンサーが反応したものか、彼らを察知したゾンビの群れが意思を統一したようにこちらに迫り来る。

 遮二無二殴りつける蒼龍騎は数の不利で詰め寄られたことにより振り回せなくなったショートソードより取り回しがいいのか、左腕に装着している円形の盾を主武装としてゾンビを倒していく。

 もちろん武器であるソードほどの攻撃力が期待できない盾ではどうしてもダメージを与えにくいのか、二度三度と殴りつけないと倒せない。

 手数が増えた結果疲弊も増える。

 接敵から通路中央で大群の圧力に一歩も退かず戦う蒼龍騎の一歩後ろで左右に並ぶジュリーとサスケは、彼が倒しきれずに溢れてくるゾンビを多少の余裕を持って一撃必倒で倒していく。

 ゾンビのダメージ設定は既知のダンジョンの弱小怪物(モンスター)と比べても弱く設定されているらしい。

 両手で剣を振るうジュリーはもとより、腰に差していた短刀で戦うサスケでも苦もなく倒すことができた。

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