ハイテクダンジョン 18 その一撃に賭けろ!
ゼンは一度二人の戦いの様子を確認し、書棚から例の本を取り出した。
「第二階層で入手したこちらの本には何も書かれていなかったのでこの本の中身を確認しなかったのですが、もしかして何か書かれていたのでしょうか?」
言いながら開いて見たが中は何も書かれていない。
念のためにともう一冊の本を開こうと表紙に手をかけた際にほんのわずかな違和感を覚えた。
しかし、違和感の正体が掴めない。
戦闘中の二人は次第に追い詰められていた。
食人鬼がこちらの攻撃に対して的確に反応し始めていたのだ。
「やばいでござるな」
「ああ、教育型コンピュータかなんかを搭載してるらしいな。こりゃあ長引けば長引くほど不利だぜ」
二人は強くはなっていたが、それは基本の型を素振りして身につけた謂わば付け焼き刃である。
そもそもにおいて攻撃のバリエーションが少なく、この手の攻防では最初から不利な状況にあった。
すでに彼らも薄々目の前の敵がダメージの累積で倒すタイプではないと気づいている。
だから狙いを定めてあちらこちらと撃ち込んでいるのだがどこも反応はない。
「ホントに生きてるみたいだ……」
ロムが呟く。
体毛で覆われた見た目も戦いに順応する行動もさることながら、斬撃や刺突を受けた時に痛みで目を瞑るなどの表情にもリアリティがあって、最新のロボット工学の技術力に舌を巻いていた。
「……ロム」
力ない声かけに振り向くと、ゼンは困惑の表情を浮かべこちらを見ていた。
「この表紙、どこかおかしくありませんか?」
どこかと言われてもロムには判らない。
第二階層で入手して以来まじまじと見たということもない。
「どこって言われてもな」
「違和感があるのです。どこがどうと聞かれても答えられないのですが、どこか違うんです」
それが判らないことによる苦悶が眉間に浮かぶ。
「あー……食人鬼の加工が変わってる?」
「ありえません」
「じゃあ、色とか」
「色……」
言われてみれば全体的に違って見える。
紫紺の表紙にもう一方の表紙の色である濃紺がほんのり色移りしているようだった。
表紙をそっと撫でるとその色は手に移る。
それは暗示に違いなく、問題は何を表しているか、彼がそれを読み解けるかにかかっていた。
「そろそろ限界そうだ。行かなきゃ」
「待ってください!」
歩きかけたロムを呼び止める。
「でも、このままじゃ」
「もう少しなんです。この謎が解けなければオーガを倒せないんです」
言われたロムはちらりと二人に視線を向ける。
優勢だった戦況は圧され始め、今では防戦一方だ。
「二分だ。それ以上は待てない」
「判りました」
頷いて表紙に視線を落とすゼン。
表紙には食人鬼の顔が空押しされている。
つまり顔のどこかがヒットポイントということだに違いない。
第二のヒントは色移り。なぜ色移りさせたのかだ。
「先ほど手に取った時は色など手につかなかった。つまり本を合わせて棚に置いた時、オーガの起動スイッチとともに色移りの仕組みも働いたということになる」
改めて表紙を見る。
全体的に色移りをしているように見える。
先ほど手でこすったところと左目のあたりが紫紺を見せている。
「左目……」
「ん?」
「左目にだけ色移りがありません。これが弱点でしょう」
今度はロムが眉間に皺を寄せる番だった。
「そいつは難しいな」
体長三メートルというのは問題ではない。
問題なのは瞬きの方だった。
打撃を与えれば目を閉じ、顔への攻撃でも目を閉じる。
さっきまでは痛みや恐怖の演出だとばかり思っていたそれが、巧妙に仕掛けられた弱点へのヒントであり、防御行動だったと判ったからだ。
しかし、成功させなければ勝ちはない。
見開かれた目はロムの棍先とほぼ同じ大きさと思われる。
よほど正確に狙わなければまぶたに邪魔される恐れがある。
「杖を借りられないかな?」
「杖を、ですか?」
「ああ」
ゼンは杖を差し出し棍を受け取る。
武器を交換したロムは石突を食人鬼に向け素早く走り出した。
チャンスは不意を打てるこの一回だけ。
そう思うことで集中力を高め、電光石火で食人鬼に迫る。
「サスケ、ジュリー!」
鋭く呼びながら走ってくるロム。
二人は彼を振り返ることもなく、まるで打ち合わせでもしていたのかと思えるような流れるような連携で左右の腕をけん制する。
棍棒を握る右手の二の腕を押し返すようにジュリーが剣を振り、左手はサスケが小脇に抱えるように押さえつける。
そこに走りこんで来たロムは左目に狙いをつけたゼンの杖の石突きを、下から突き上げるように繰り出す。
ロムの棍の先よりふた回りほど細い杖の先は食人鬼の瞬きより早く瞳を突き、素早く小脇に引き戻された。
食人鬼が割れんばかりの絶叫を響かせ手当たり次第に棍棒を振り回す。
やがてひときわ大きく叫ぶと膝をつき、こうべを垂れて動かなくなった。
出口の扉の鍵は、食人鬼の収められていたガラスケースの中にあった。
ケースの天井に丁字のレバーがあり、それを引くと鍵が開くような仕掛けになっていたのだ。
扉の向こうは通路になっており、通路の先は上り階段。
その先は観客が完全制覇を讃えるために待ち受けていた屋上である。
感動の興奮で誰の表情も上気していた。
誰とはなしに始まった拍手は場所の性質上控えめなものではあったけれどスタンディングオベーションであり、四人の冒険者には面映ゆい歓迎だった。
屋上に近づいて来た観客は、口々に賞賛を述べては一人また一人と下町の迷宮亭と呼ばれる地下スペースを出ていく。
残ったのは店長と蒼龍騎だけになった。
「まずは下町の迷宮亭初の完全制覇おめでとう。例の件はひとまず元に戻ってからだ」
店長に促されて四人は避難用滑り台で屋上から滑り降り、順番にミクロンシステムで元の大きさに戻っていく。




