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ハイテクダンジョン 17 難攻不落 最後の謎とガーディアン

「見つけた扉はこれ一つだけでござる。壁に隠し扉の形跡もござらん。ゼンの出番でござる」


「どこかに鍵となる仕掛けがある。そういうことですか?」


「ったってよぉ、扉自体に特に仕掛けはなさそうだし壁もいたって特徴ないぜ?」


 ゼンはサスケの書いた地図で脱出路があるだろう壁に当たりをつけると、顎に親指を鼻に人差し指を当てて鼻先をトントンと叩きながらブツブツと独り言を呟きながら部屋をめぐる。


「サスケが書いた地図が間違っていることはまずないことから考えて、確かに扉のあるこの壁の向こうに出口がある。扉には鍵がかかっているようですがちゃんと扉として用意されていることはサスケも確認済み。扉自体が偽物フェイクであったり隠し扉(シークレットドア)が用意されているということもない。こちらもサスケの見立てでまず間違いないでしょう」


 壁は扉のあたりが百八十センチ(実際には十分の一)ほど見えているだけで、あとは書棚や剥製や骨格標本などが収められている風のショーケースが並べられていている。

 三人は黙って彼について歩くだけだ。


「私が必要と思い持ってきたアイテムで未だ用をなしていないのはこの本だけ……」


 と、取り出したのは食人鬼オーガの空押しされた表紙の本。

 彼は杖を持つ左手の小脇に本を抱え、右手で非常にリアルに作り込まれている棚の本などを指で触れてゆく。

 書棚は基本的に棚と一体化して造形されているものの数カ所が取り出したりできるようになっている。

 そのうち一冊が手にしている本の表紙を反転した図案で、浮出加工になっているものだった。

 本の隣はちょうど一冊分の隙間がある。

 ゼンは眉間にしわを寄せ、奥歯を噛み締めた。


「何か問題でもあるのか?」


「ジュリー……」


 声をかけられたゼンはみんなにその表紙を向けこう訊ねた。


「どう思います?」


「どうって?」


「オーガです。第一階層のボスキャラとは種が違うオーガ」


「でも、見覚えあるぜ?」


「あるだろうね。すぐそばにいるもの」


 ロムが指差す先にはガラスケースを模した飾り棚の中に収められた三メートル級の食人鬼標本があった。

 腕が長く全身が体毛で覆われている様は類人猿に近いが額には一本角、口は耳まで裂けて全ての歯が牙になっている。

 右手にはジュリーの腰回りほどもありそうな棍棒が握られており、現実に存在しているなら一撃で人を殴り殺せそうな怪物がやや前傾姿勢で直立している。

 しばし沈黙が支配する。


「動き出す?」


 恐る恐る尋ねるジュリーにゼンは冷徹に頷く。


「まず間違いなく」


「ありゃやべーぞ」


「でしょうね」


 実のところ、このダンジョンが完全制覇されたことはない。

 この敵に勝ったパーティがいないのだ。

 ダンジョンの目的はダンジョンの主であった魔法使いの秘宝を見つけて持ち帰ることだ。

 初クリアでは半数以上がこの本のトリックが解けずに入口から生還した。

 クリア後、店長や先にクリアした冒険者から話を聞き完全制覇を目指して挑戦するパーティはいたが、彼らは一様にこの最後の敵を攻略することができずリタイアしたり入口から脱出することを余儀なくされている。

 もちろん、パーティの一部はその後も何度か攻略を試みたが、それもいつしかしなくなった。

 店長がリニューアルを考えているのはそんなところにも理由があったのだ。

 難易度の設定を間違えたつもりはない。

 彼は三つの階層それぞれを独立したダンジョンとして難易度を設定したのである。

 そこにはRPGの持つ最大の特徴とも言えるレベルアップの概念の彼なりの再現が意図されていた。

 ミクロンシステムによって十分の一に縮小されたミニチュアとはいえ現実世界である。

 テーブルトークロールプレイングゲームコンピューターロールプレイングゲームと違って保存セーブできない環境で、何度も繰り返し挑戦することで少しづつ攻略範囲が広がる。

 そんな成長レベルアップを楽しんでもらいたい。

 アスレチックアミューズメントとして始まったミクロンダンジョンを、RPGの主要な舞台であるファンタジーの雰囲気だけを持ってきたようなそれまでのメーカーダンジョンではない、真の体感(アクション)ロールプレイングゲームとして認知してもらいたいというそんな理想を持って作ったダンジョンなのである。


(そもそも非合法なのにな。何を青臭いこと考えてたんだか)


 今ダンジョンに挑戦している冒険者たちは、彼らの事情から鑑みてきっと再挑戦はしないだろう。

 この後伝えることになっているあの情報を知ればなおさらである。

 だからこそ彼は彼らにこの難攻不落のラスボスを倒してもらいたいと願っている。

 おそらく、彼らを待ち受けるであろう今後の冒険はそれくらいの力がなければその先へ進めない。

 そんな確信があったのだ。

 そんな店長以下、会場に集まった観客の見つめるモニタの向こう、四人の冒険者は戦う決心をしたらしい。

 彼らにしても自分たちの目的を達成するためにはこんなところで逃げるわけにいかないという思いがあった。

 ゼンが第二階層で手に入れた紫紺の本と棚にあった濃紺の二冊の本を合わせると、案に違わず凹凸はピタリと合わさり、棚にも綺麗に収まった。

 何かしらの電気信号が本から発生し、書棚から食人鬼の収められている飾り棚へと送られたのだろう。

 バンと勢いよく棚の戸が開け放たれると、のそりと食人鬼が出てきた。

 すでに戦闘態勢を整えていたジュリーとサスケはさっと飛び出し、互いにうまく連携して体重の乗った斬撃を繰り出すが、効いている様子はない。

 食人鬼の反応は決して俊敏ではなく、落ち着いて捌けば攻撃を避けられないものではない。

 しかし、不意打ちに近い初撃以降は適度に避けられ受けられして、ダメージを与えられているのか判断がつきかねた。

 時折繰り出される大振りな攻撃は唸りを上げ、恐怖感から二人の精神力を少しずつ削っていく。


「結構当たっているはずですが、倒せませんね……」


「何か見落としているんじゃないか?」


 危機的状況ではないと見てか、ロムはゼンの側で傍観の構えを取っていた。


「見落とし……ですか?」


 ゼンは顎に親指鼻に人差し指を添えて、うつむき加減で何かを考える。


「おそらくあのオーガはダメージ累積型ではないのでしょう。だとすればどこかに急所があるとか……。それを隠すために体毛で覆われている?」


 ゼンの推測は当たっていた。

 そこまでは観客たちも判っている。

 問題はどこが停止スイッチなのか。

 どんなスイッチなのかである。

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