ハイテクダンジョン 13 階層ボス
鍵穴のある扉は確かに第一階層の扉とよく似ていた。
十分の一スケールの既製品扉、量産品の類と考えてもいいのかもしれない。
お約束のようにサスケが鍵穴を除く。
当たり前だが中の様子を知ることはできなかった。
ジュリーが鍵を差し込み回すとゼンの予想通りカチリと鍵の開く音がした。
と、同時に扉の向こうで低いうなり声が聞こえてくる。
解鍵がスイッチになっている怪物が動き出したのだろう。
「判りやすい威嚇ですね」
「冒険者なら誰も引き退らないってもんだぜ」
言ってジュリーは扉を押し開く。
中では一つ目の大柄な怪物が威嚇の唸り声を上げていた。
素早く剣を抜くジュリーとサスケは左右に分かれて挟み撃ちを試みる。
サイクロプスは両手に百センチ級の棍棒を握り、二人の動きに合わせるように牽制攻撃をしてくる。
「複数のセンサーがついているようですね、どんなセンサーでしょうか? 反応も早いし、パターンも多いようです」
と、ゼンがロムに解説をする。
接近距離によって二、三段階のリアクションが設定されているようだった。
踏み込んで攻撃しようとすると迎撃される。
武器を受けるのではなく体への攻撃が行われるのだ。
刃渡り七十センチ級のショートソードを持っているジュリーはともかく、サスケが握る二十五センチ級の短刀ではリーチにおいて分が悪い。
打撃も相当の威力で、攻撃を剣で受けたジュリーが勢いを殺しきれずにグラリとよろめくほどだった。
攻め手に欠くとはこのことである。
サスケが反対側で牽制をしているため攻めるジュリーは一本の棍棒だけに注意していればいいが、攻撃を掻い潜れずにいる。
手詰まり感は否めず、このままではジリ貧でいずれ攻撃を捌ききれなくなるだろう。
観客の興味は否が応でもロムに集まる。
第二階層最後の番兵であるこのサイクロプスは四人以上で攻めるのがセオリーになっていた。
棍棒の牽制に左右一人づつ、高いダメージ判定値を一気に越えるために残りのメンバーで盲滅法叩き合うというのが基本戦略とされているからだ。
戦力的にゼンがあてにならないのはすでに観客の中でも共通認識で、要はロムがどれほどの攻撃力を持っているのか、何合撃ち込むと倒せるのかという興味である。
当のロムは、戦闘の様子を見ながら目をキラキラと輝かせていた。
無意識に口元が緩んでもいる。
戦闘狂というわけではないが、強さへの欲求は持っている。
空手道場に通いだしたのは小学生の頃だった。
中学に入るとすぐに黒帯を締めるようになる。
その頃から道場の理念と実態の乖離に疑問を持ち、自分にあった武術を求め様々な武術の道場を覗いて歩いた。
中学を卒業する頃にようやく優れた中国拳法の師にめぐりあい、高校時代は漫画の主人公のように日々の大半を修行に明け暮れた。
才能は本人の試行錯誤だけでは開花しないらしい。
優れた指導は成長を促進し、天賦の才は大輪の花を咲かせる。
拳禅一如力愛不二は少林寺拳法の流れを組む中国拳法の基本理念であり、ロムも日々是修行と励んでいる。
しかし、強さへの憧れから始めた修行は彼の身の内に虎か龍でも宿したようで、今目の前のサイクロプスに勝負を挑みたいという衝動が強く熱く体を滾らせていた。
「一人でやらせてくれないかな?」
独り言のように呟いたその発言に観客席は騒然となる。
中には憤るものまで出る始末だった。
しかし、ゼンは反論もしない。
「ジュリー、サスケ」
二人を呼ぶと、手招きをする。
二人が戦域から離脱するとサイクロプスは威嚇の唸り声だけをこちらに向ける。
「ロムが一人で闘いたいそうです」
「一人で?」
「ええ」
わずかな間、無言でロムを見つめたジュリーはふぅと息を吐く。
「判った。どの道オレたちじゃ勝ち目がない。悔しいけど任せるよ」
その表情は本当に悔しさが滲み出ていた。
それはそうだろう、このダンジョンでのテーマは「ロムに戦闘を任せない」だったのだから。
「頼むでござる」
短刀を恨めしそうに見つめながらサスケも絞り出すように呟く。
「任せて」
言ったロムはあろうことか棍をジュリーに手渡し、徒手空拳でサイクロプスの前に進み出ると胸の前で手を合わせる。
中国拳法の礼「包拳礼」の姿勢だ。
「素手でやんのか!?」
ジュリーの叫びを合図にロムはサイクロプスに飛び込んだ。
観客席は騒然となった。
あるものは「無謀だ」と批判し、あるものは「自信過剰」と憤った。
一方で期待の視線も注がれている。
仲間の三人が彼に全幅の信頼を寄せているのだから実力者であることは間違いないだろう。
では、いったいどれほどの戦闘力を秘めているのか。
そんな興味が湧くのも当然のことだった。
実際にはジュリーたちも彼の実力のほどは知らない。
千葉のダンジョンで昆虫と戦った時は正面から対峙した蟷螂とは威嚇しあって逃げているし、蚊は当時のジュリーやサスケでも打ち返している。
蜘蛛との遭遇では全身に鳥肌を立ててガタガタと震えるだけで戦力にならなかったので、実際に倒したと言えるのは虻だけ。
その虻にしてもサイズで言えば十五センチ級で決して大きいわけでなく攻撃は不意打ちだった。
ゼンとジュリーは例のダンジョンでドブネズミと戦っているのを知っているが、どうやって倒したのかは見ていない。




