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ハイテクダンジョン 06 地味に見えるほど凄い

 第一階層は地図マップこそ複雑な分岐をしていたが用意されたリドルは(ゼン曰く)それほど難しくなく、配置された怪物もジュリーが中心となって倒して行く。

ロムは数の多い時に手伝う程度で事が足りた。

 千葉のダンジョンで虫と戦ってから二、三ヶ月ほどが経っている。

 あのダンジョンで痛感した自身の攻撃力の貧弱さ。

その克服のためにジュリーは毎日欠かさず木刀を振り続けていた。

ロムの助言に従い最初の一週間は型を覚えるために太極拳のようにゆっくりと振った。

その後徐々に振る速度を上げていった。

今でも全力で振ると切っ先がぶれる。

いや、ぶれたのが判るようになったといった方がいいか。

 愚直な努力は確実な成果を生む。

 どれほど才能がなくてもたどりつける境地はある。

素人の成長は目に見えるものだ。


「地味だな」


 観客の感想だ。

 実際彼らの戦闘は眼を見張るものが何もない。

ほとんど淡々と設置されている怪物を作業のように倒してゆく。


「でも、あいつらあんな地味な奴らじゃなかった気がするんだけどなぁ」


「そうそう、三人とも形から入るタイプだったよな」


 蒼龍騎など二、三の親交のある男たちがミクロン合法時代の記憶やTRPGのセッションなどでの彼らを思い出しながら口にする。


「境遇が人を変えるってやつか?」


 店主が苦そうな表情を浮かべて呟いた。

蒼龍騎たちは黙り込む。

事情を知らない他の観客たちが店主の発言をいぶかしそうに周りへの目配せで確認しようとするが、事情を知るものは言っていいものか迷った挙句口をつぐむだけだった。


「どう言う意味ですか?」


 好奇心に負けて店主に問いただしたのは高校生の少年だった。

今日の観客最年少。

聞いてはいけない雰囲気を察し大人な対応ができるわけではなく、また純粋にオタク的好奇心に負けて聞いたようである。

もちろん他の観客も大人としての配慮で口をつぐんでいただけで興味がないとは決して言えないわけで、ほぼ全員の視線が店主に集中する。


「例の事件の被害者なんだよ、彼らは」


「それでもプレイしてるなんてよっぽど好きだったんですね」


 高校生の冒険仲間の一人が大惨事を経験してなおミクロンダンジョンに挑み続ける彼らをそう評する。


「違うんだ、それだけじゃないんだよ」


 どうしても黙っていられなくなった蒼龍騎が言いかけた時、店主が再び咳払いをした。

蒼龍騎が店長を見ると、その目は「それ以上は言うな」と語っている。


「まぁ、どうしても知りたきゃ後で彼らに聞くんだな」


 そう言うと店長はちらりと時計を確認し、一つ息をつく。


「それはそうと……速いな」


 四人の冒険者はそろそろ第一階層をクリアしようとしていた。


「役割分担ができてるからですよ」


 解説を始めたのは例の三十手前のやや太めの男だった。


「観ているぶんには確かに地味でつまらないかもしれないけれど、戦闘は最小限で移動も無駄がない。地図作成者マッパーによっぽど信頼があるんでしょうね、ルート選択の決断も早い。僕らはつい全ての扉を開けてみたくなるたちだけど、彼らはクリアを最優先に行動しているらしい。ゲームプレーヤーとしてどちらが正しいかはわからないけど、冒険者としては絶対正しい」


「冒険者として絶対正しいってなんだよそりゃ」


 先ほども反論していた神経質そうな痩せぎすの男がまたツッコミを入れる。


「冒険はそもそも危険なものだよ。でもリスクには避けられるリスクと、とるべきリスクがある。例えばホラ、彼らが素通りした部屋」


 と彼が指差す通り、四人はその部屋の前を素通りしていた。

そこは単独の部屋になっていて怪物が配置されているのだが、彼らは一顧だにしない。

サスケの作成しているフロアマップはほぼ完成していてそこが単なる部屋でありどこかへ繋がっているわけではないことがすでに判明しているからだ。

すでに第一階層をクリアする鍵は手に入れており、そこに何があったとしても「絶対に必要なもの」ではないと言う確信が彼らにはある。


「これ、案外凄いことだよ。ゲーム的にはお宝があるかもって思うでしょ? 普通。でも、こう言う部屋には大抵強めの敵が配置されてるんだよね」


 実際、この部屋に配置されている怪物は人感センサーが組み込まれていて近づくと棍棒を振るようになっているオーガで、その攻撃パターンは縦振り横振りの二パターンをランダムに行うものだった。

今、観戦している観客は例外なく何度も痛い目を見ているなかなか厄介な敵だった。

 冒険者はいくつかの謎を解いて手に入れた鍵を持って、第一階層の最深部の扉の前に立っていた。

赤錆びたように加工された鉄製扉にはなぜか木製のドアノブがあり鍵穴がある。

サスケが中をのぞいた時には当たり前のように暗闇があった。


「TRPGなどやっているとGMのダイス判定の都合で何かが見えることがありますが、普通は何も見えませんよね」


「まぁな」


 ゼンのちょうにも似たつぶやきにジュリーは相槌あいづちをうつ。


「それもまたおかしな話だと思うけどね」


 と、反論したのはロムだった。

生き物がいるのであればその中で生活しているのだから光源を用意しているのではないのか?

 と言うささやかな疑問を出発点とした反論である。


「いやいや、ファンタジー世界の生き物には熱感知による暗視(インフラビジョン)って言う特殊能力を持った種族がいてな……」


 とジュリーが解説を始めるのをゼンが遮る。


「そうですね、コンピューターゲームのシナリオですと時々ありえないモンスターの配置に出くわすことがありますね。例えば深い地下迷宮の奥底、鍵のかかった部屋の中に通常種族のモンスターが配置されていたりね。どうやって喰いつないでいたのだろう? なんて考えますよ。もちろん、私はしませんが時々TRPGのシナリオでも見かけますね」


「なるほどな。気にしたこともなかったが、そう考えるとおかしな話だ」


 ジュリーは、右手に持った鍵で耳の後ろをかきながら言うとその鍵を無造作に鍵穴に突っ込んだ。

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