ハイテクダンジョン 03 下町の迷宮亭
その日は開店前に店に来た。
ルームシェアをしている三人は開店の五分前には部屋を出てマンションの目の前、まだシャッターの上がっていない店の前に立つ。
程なく中からシャッターが開けられ、店長が少し呆れた表情で彼らを迎え入れてくれた。
「まったく……楽しみにするにもほどがあるだろうよ」
四十がらみで背は百七十半ば、恰幅もよくどちらかといえば筋肉質。
しかし四角い顔は柔和な笑みをたたえていて決して威圧感はない。
ジーンズ地だろうか、店名のプリントされた藍錆色のエプロンがオモチャ屋というより模型屋のオヤジを連想させる。
「メンバーは四人じゃなかったのか?」
「ええ。我々は目の前に住んでいますが、一人だけ少し離れたところに住んでいますから」
と、ゼンは向かいの七階建マンションの四階、自分たちが住んている部屋の窓を見上げながらいう。
「ロムなら駅に着いた連絡が来てる。すぐくるさ」
「ロム?」
「伊達弘武。我々はロムと呼んでいます」
「なるほど、プレイヤーネームってやつだな。じゃあ君達も呼ばれたい名前があるんだね?」
「えぇ、私はゼン」
「オレはジュリー」
「サスケでござる」
店主は軽く息を吐くような笑い声を一つ上げて感想を漏らす。
「存外普通だね」
「蒼龍騎……なんてのにくらべりゃあな」
と、ジュリーが返すと今度は声を立てて笑い出した。
「ま、オタクってのはとかく変わった名前をつけたがるもんだ。蒼龍騎なんてのはまだマシな方だろうよ」
「確かにね」
ゼンが鼻で笑ったところでその蒼龍騎こと沢崎和幸が入って来た。
「みんな揃ってねーのか?」
「いらっしゃい。早いね」
店長に声をかけられた蒼龍騎は三人をちらりと流し見て照れたように笑いながら頭を掻く。
「こいつらが作ったって言う千葉のダンジョンに昨日行って来たんだよ」
「ほぅ、どうだった?」
店長も強く興味を惹かれたらしい。
「はっきり言ってすごい。ゼンが作ったTRPGのシナリオはいくつかプレイしたことがあったんだ。よく練られたシナリオだったんでもちろん期待して行ったさ。そこで思い知ったね、こいつの本質。こいつはシナリオライターじゃない。ダンジョンクリエイターだよ。いや、『少々意地悪なトラッパー』なんて呼ばれてるけど少々なんてもんじゃねーな、あれは。てことで昨日は第一階層止まりでした」
「半日かけて第一階層止まり?」
「えぇ、気づいたら終了時間ってやつ。全員一致で来週の再アタック即決です」
「難しくてクリアできないんだろ?」
「そうなんですけどね、なんて言うか……立ち止まる感じじゃないんだよなぁ。次から次に手がかりは手に入るんです。先に進むんですよ。なのにどっかで何かが足りないんだ」
そのやりとりを聞きながらゼンは不敵な笑みを浮かべる。
そこにようやくロムが入って来た。
「遅れましたかね?」
「いらっしゃい! まぁ、待ってたかな」
店長に促されてロムたちは店の奥にあった地下へ下る階段を降りてゆく。
「ようこそ『下町の迷宮亭』へ」
地下に広がるスペースはミニ四駆など時々に流行った遊びのための企画スペースだったのだろう。
手前に客席用の三段雛壇が用意され、中央部にダンジョンフィールド、最奥部にミクロンシステムが設置されている。
ダンジョンフィールドの壁面には六十型超のモニターと左右三つの小型モニターが貼り付けてあり、観客がプレイの様子を見られるようにできている。
「観客の入場料は千円なんだ」
店主に支払いながら蒼龍騎が説明してくれる。
四人は縮小可能な衣類などを事前に着込み縮小できない武装やアイテムを店主に手渡し、ダンジョンフィールド横の通路を奥に進んで慣れた手順でDNA情報の解析・バイタルスキャナーを通過する。
ミクロンシステムの民生利用が非合法化された現在、モグリのダンジョンはどこもミクロンシステムを一セットしか用意していない。
裏流通で高額なのもあるがそれなりの場所を取ること、発覚のリスク軽減やメインのプレイフィールドをできる限り広く取ろうとすれば、必然的に複数のミクロンシステムを設置するという選択肢は取りにくいからだ。
ここ『下町の迷宮亭』もジーンクリエイティブ社製ミクロンシステムが一セット、そのため同時にプレイできる人数がシステムのDNA情報カード挿入スロットの数つまり六人となり、必然的に一度にプレイできるパーティがひと組に限られる。
この制約は冒険者側に一つの恩恵をもたらした。
すなわち一日一パーティなので一階層一時間という合法時代の時間制限制度が採用されなくなったのだ。
もちろん無制限なわけではないが、大抵は午前中に縮小処理を済ませて午後の時間いっぱいダンジョンを冒険し、夕方には引き上げるというのが事実上の標準ルールになった。
代わりにプレイ料金は一人二千円から万単位になった。
非合法の闇市場であることも関係しているが、メインプレイヤー層が比較的若いオタク向けアスレチック型RPGというジャンルなので冒険者たちは常に金策に苦労している。




