楽園の解放 05 一方その頃
連れ去られた場所は判った。
後事を託された四人はすぐさま役割を分担する算段を始める。
まず、ロムの武術の師匠孫武が念の為現場を張り込み内偵を進める。
その間に狂戦士の墓標亭を主催する愛知の仁侠坂本充がツテを頼って踏み込む算段をつけようという話になる。
ジュリーたちの冒険者仲間蒼龍騎こと沢崎和幸は連絡係として師匠につくことになった。
「上杉さんはどうするんですか?」
蒼龍騎に訊ねられた下町の迷宮亭の店長は嫌そうな顔をしてこう答えた。
「ん? んん……出来れば使いたくなかったんだが、まぁ仕方ないな」
と、答えになっていない独り言のようなものを呟いて目を伏せた。
「いつまで張り込んどればよいのかね?」
「二、三日でいい。そのあとは一旦戻ってくれて構わない」
「ほ。準備に相当時間がかかるのじゃな?」
「まぁ」
実際、どこから手をつけてどこまで広げればいいか充はそこから考えなければならなかったのだ。
「すまん、こっちの話がついてからでいいか?」
そんな充に店長が声をかけた。
充はちらりと一瞥すると、その表情に目を細めた。
「内容次第だな」
「道々話す」
それを聞いて充は頷き、孫武を残して釧路市内へと車を走らせた。
市内で蒼龍騎のアシと宿泊先の手配だけ済ませると、二人は連れ立って釧路空港から東京へと向かった。
それから二週間。
四人は再び組織のアジトとみられる釧路市郊外の建物の側に集まった。
もう一人、日下部という男が同行している。
歳の頃は店長と同じか? 怜悧な面構えの無愛想な男である。
日下部はヘッドセットトランシーバーで誰かとやりとりをしていた。
「判った。予定通りアルファチームは所定の配置に移動、ブラボーチームはそのまま待機で指示を待て。双方フタフタマルマルまでにこちらから連絡がない場合は、プラン乙にて行動開始のこと。時間を合わせる。……5、4、3、2、1、0。健闘を祈る。以上」
通信を切ると、彼は改めて四人の方を向く。
「待たせたね」
「いや、この後は?」
「アルファチームの配置完了を待って突入だな」
「それにしても、店長すごい人脈ですね」
興奮冷めやらぬ感じで蒼龍騎がいうと、店長は嫌そうな顔を向ける。
苦虫を噛み潰したような顔で無言を貫く店長を鼻で笑って、代わりに日下部が答えた。
「まぁ、語らなかったんだろうが、こう見えて店を継ぐまではエリート官僚コースを順調に登っていたんだよ。本人はどうもそれ自体が気に入らなかったようだがな」
「マジですか!?」
蒼龍騎に改めて水を向けられて、彼はさらに渋い顔になる。
「オレが指揮しているこの特殊部隊も創設に尽力したのはこいつだ」
それには充も感嘆する。
なるほどただのおもちゃ屋の店長ではなかったかと、初めて電話をもらった時の印象を思い出していた。
「全部で六チームあったろ? なぜチームを絞った?」
「絞ったんじゃない。二チームしか編成できなかったんだよ」
店長の質問に今度は日下部が苦い顔をした。
彼の話によれば、ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故のあとの国会審議でどさくさに紛れて国家危機対策室が再編され、それまで半独立機関だったものが政府直属の機関となり、事故調査から外されたそうだ。
それに疑問と危機感を持った日下部が、秘密裏に信頼できる仲間数人を集めて通常業務の合間を縫ってミクロン関連の情報を追い、一連の失踪事件に辿り着いていた。
「平成の頃のように治安のよくないわが国とはいえ、ミクロンダンジョン関連とみられる失踪案件がこの三年で四百二十八人だ。探るなと上から言われて『はい、そうですか』と従えると思うか?」
「従うのが公僕だろう?」
「お前がいうか、上杉。で、オレたちは処遇に不満を持っているメンバーを慎重に勧誘して対策チームを編成した」
「それが今動いてくれているチームってことですか?」
「そういうこと」
「よく見つかりませんでしたね、下町の迷宮亭」
と、蒼龍騎が店長に言うと、日下部は表情一つ変えずにこういった。
「知ってたさ。どちらのダンジョンもな」
それを聞いて充の背中を怖気が走る。
「公安などにリークして摘発させたのは危険性が高いと判断したところだけだ。多分摘発したダンジョンのいくつかは本丸隠しの目くらましだったと思うがなかなか尻尾がつかめなくてな。ようやく手がかりらしきものを発見したのが去年の東京でのビル崩壊事故、ラリったまま運転して大型車をビルに突っ込んだって言う……」
「帰らずの地下迷宮ですか」
「ああ、多分それだ。もっとも、そのミクロンダンジョンが一連の失踪事件と関連があると判ったのはかなり経ってから……」
その後の内偵で福岡広島仙台札幌にあるダンジョンが関わりがあると調べがついたのがひと月ほど前。
「遅いですね」
と、蒼龍騎がいえば
「直接生の情報が手に入る君らと違って、外側から状況証拠だけを積み上げると言うのは骨が折れるんだよ。特に専従で仕事にあたれないオレたちにはな」
と、日下部が言う。
「とまあ、そんなわけで今回の協力要請は渡りに船だったんだ。これで上手く行けばうちのグループも元の体制に戻れるかもしれない」
それを聞いて店長は気の乗らない表情で視線を地面に落とす。
「それ以上に何か掴んでいるのだろう?」
そう言われて日下部は凄みのある笑顔を見せる。
「判るか。ま、これ以上は極秘情報だ」
そこにアルファチームからの配置完了報告が入る。
「了解。これより潜入を開始する。突入の合図を待て。以上」
日下部は四人の覚悟を確認して行動を開始した。