始まりの迷宮篇 09 パワープレイ
数は七体と増えている。
「どうやら第二階層はパワープレイ主体のシナリオになってるらしいな」
「パワープレイ?」
苦々しく言い捨てたジュリーの言葉におうむ返しに問いかけるロム。
答えたのは珍しくサスケだった。
「戦いばかりが続くのでそう呼ばれてござる。ゲームをしている気になるので特に初心者に好まれてござるがな……」
その先にまだ何か言い足りない言葉があるようにロムには感じられた。
しかし、サスケはそれ以上パワープレイについては言及せず、こう続ける。
「そなたの実力が試されるフロアでござる」
「なるほど。これが俺をスカウトした理由なわけね」
ロムはそれまでのいまひとつ乗り気に見えなかった表情から一変、キラキラと目を輝かせるとトレーナーの袖をまくりながら軽く体の状態を確認し始める。
「じゃあ俺が三体。みんなは一人一体がノルマな」
「な、何!?」
驚くジュリーを尻目に向かって右端のオークの前で直立姿勢をとり胸の前で手を合わせる。
「礼」
中国拳法の礼の姿勢だ。
精神を集中し全身に気を巡らす。
ゆっくりと息を吸うと気合い一閃、迫り来るオークに右正拳突き。
拳を引くのに合わせて体を回して隣のオークに右ひじを叩き込み更に回転する。
その流れるような動きは一切滞ることなく三体目のオークは後ろ回し蹴りをくらって後退する。
当の本人は結果も見ずに後ろ向きのまま最初と同じ礼の姿勢をとる。
「礼」
「えっ!? もう倒したの?」
隣でオークを殴りつけていたジュリーが驚きで攻撃の手を止めるほどの速さで彼はノルマの三体を倒していた。
「手伝おうか?」
涼しい顔で尋ねられたジュリーはあえてロムに視線を向けないようにして殊更に目の前のオークに集中する。
しかし、ぺしぺしと殴りつけるその攻撃はそれまでのいかにも戦闘中の戦士の叫びと違い「拒否、拒否、拒否」と言うものに変わっていた。
そんなジュリーとサスケが四苦八苦しながらオークを倒している間にレイナも自分とゼンの分のオークを倒していた。
「二体倒したの?」
「うん、いつものことだから」
「そこの魔法使いは戦わないのか?」
言われた彼には彼の言い分があって
「魔術師は、あまり肉弾戦が得意ではないので」
と言うものなのだが、ファンタジー世界の設定などロムにはどうでもいいことだった。
息の上がっているジュリーをせっつき開けた扉の先も通路だった。
そのジュリーが三ブロックほど進むと今度は突然頭上から何かが降ってくる。
「うわわっ!」
頭を抱えて屈み込むジュリーの上で揺れているのは天井からケーブルで吊られているコウモリだった。
ロムがスナップを効かせたジャブを打ち込むと、そのコウモリはケーブルに手繰り寄せられて天井に戻って行く。
「同タイプのセンサーですね。ぶら下がっているので力が逃げる分、倒すのに時間がかかりそう……」
と、うんちくを述べていたゼンの言葉をさえぎるような絶叫とともに剣を振り回すジュリー。
五、六匹だったろうか、それを一人で撃ち倒し進む。
「……このパターン……」
地図に仕掛けの注釈を書き込みながらサスケが深刻そうに呟く。
「どうしたの?」
「危険な兆候でござる」
ジュリーの後を追いかけようとしていたゼンもそれに反応してサスケを振り返った。
「ジュリー。剣を鞘に戻さずに扉を開けるでござる」
すでに扉の前に立っていたジュリーは何も言わずにその指示に従った。
開けた扉の中は広めの部屋になっていた。
中には耳の尖った緑がかった肌の醜悪な小人が三体、部屋の中を自由に動き回っていた。
「ランダムに走り回るゴブリンですね」
「こいつは……」
ゼンもジュリーも目を細め、雰囲気が重くなったのをロムは感じた。
「何が問題なんだ?」
「タイムオーバーです」
逃げるゴブリンを追いかけ回すジュリーを眺めながらゼンが解説を始める。
コンピューターゲームにしろテーブルトークにしろ、およそ覚え切れないルール内で行われる日常行動や、全然先に進まない謎解きよりも単純明解にしてプレイに参加しているという実感を得られる戦闘は特に初心者に好まれがちである。
しかし、実際には戦闘ほど全てにおいて無駄な行為はない。
ミクロンダンジョンで言えば体力も使えば時間も浪費する。
ミクロンダンジョンが制限時間のあるタイムトライアルであり、なおかつ残り時間が判らないシステムになっていることを考えると、このパワープレイ型のシナリオはプレイヤーにとって大問題だというのだ。
「今回のダンジョンデザイナーとされる安田氏はそのあたりの調整も絶妙なことで有名なのですが……」
「やはり入り口は施錠されてござる。三体とも倒さねば開かないようになっているとみて間違いござらん」
「うんちく垂れてないで手伝え!」
気づくと一体は倒したらしく、もう一体に狙いをつけてレイナと挟み撃ちにすべく追い込んでいた。
ロムが残る一体はと視線を巡らせると、偶然にも目の前を通り過ぎようと迫ってくるところだったのでカウンター気味に左フックを撃ち込んだ。
倒されたゴブリンは自動掃除ロボットのように部屋の隅に移動する。
最後の一体を倒したジュリーは膝に手をつき肩で大きく息をしている。
「大丈夫?」
心配そうに背中をさするレイナに荒い息の下から半ば独り言のように「歳かな?」とジュリーが聞いた。
その問いに対する答えは妹特有の遠慮のなさがこもっていた。
「単なる運動不足」
それを聞いて、ジュリーは最後に大きくため息をつくとこう言った。
「仕方ねぇ、先を急ごう」