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ラストダンジョン 16 気配と信頼と恋心

 ロムとヒビキはさすがに武道家だ。

 気配を殺して何事もなかったかのようだった。

 しかし、レイナの気配が揺らぐ。

 さっと緊張して周りの空気がピリッとするのを二人は感じた。

 ヒビキとロムはちらりと視線を交わして頷きあう。

 付き合いの長さではない。

 格闘の達人同士の信頼感からくるアイコンタクトだ。


「レイナ、こっち」


 ヒビキが耳元で囁き、彼女たちは元来た道を少し戻る。


「どうしたんですか?」


「うん。……その、なんだ……」


 ヒビキの歯切れの悪い受け答えの意味がレイナには理解できない。

 ロムはレイナに顔を近づけ無垢な瞳を覗き込む。


「『気』って判るかい?」


「……殺気のこと?」


 見つめられたことにドギマギするレイナは、目を泳がせながら答える。


「コボルドやオークが戦闘で放つ殺気もそうだけど、生き物の気配全般のことだよ」


「それがどうしたの?」


「ある程度戦闘慣れすると敵の殺気を感じることができるようになるのは体感してると思うけど、本格的に修行すると、殺気以外の気配も感じ取れるようになるんだ」


「アニメのキャラみたいに?」


「そういうこと」


「それがどうしたの?」


 その問いにはヒビキが答える。


「レイナの気がはっきり変わったんだよ」


 実際にはそこまで極端な変化ではなかった。

 しかし、二人にはその緊張感・心の揺らぎがはっきり感じ取れたのは事実である。


「洋館には複数の人の気配がする。怪物モンスターじゃない、人間の気配なんだ」


 そう言われたレイナの気が再び変化した。

 一連の極限状況で研ぎ澄まされている二人の感覚センスはその領域にまで入り込んでいるのだ。

 二人は自分たちが到達したレベルが二人だけのものであるはずがない。

 他にもいるだろうという前提でこの先に対処しようと判断したのだ。


「レイナ」


 と、ヒビキが覚悟を促す。


「私たちのように修行したことのないレイナに無理なお願いなのは百も承知なんだけど、平静で居続けて。自然体でいいんだ」


 自然体。


(それが一番難しいことだろうに)


 と、ロムは心の中で苦笑する。

 もちろん顔や態度に出すほど未熟ではない。


「わ、判った。頑張ってみる」


「頑張っちゃダメなんだ」


 真剣な顔でレイナに自然体の極意を説こうとするヒビキを止めてロムが言う。


「俺たちがついてるから大丈夫だけどね」


 その一言でレイナの気配が穏やかになる。

 ヒビキには全幅の信頼を置いている。

 戦闘だけでなく、公私ともに助けてもらったこれまでに培ってきた結びつきは伊達ではない。

 付き合いと言えるほどの関係性はないが、ロムのこともまた信頼している。

 エクスポでのさりげないサポートは彼女の心に強く焼き付いている。

 あの日、連れ去られるレイナに最後に手を差し伸べてくれたのもロムだった。


(彼なら助けてくれる)


 そんな根拠のない希望があの街で過ごした三年近い日々を支えていたのだ。

 その思いはいつしかほのかな恋心に変わり、理想の男性像が投影された想像の中のロムはよく「そんな王子様みたいな男はいないよ」とヒビキたちにからかわれたものだ。

 自分でも「そうだよね」と言えるほど乙女すぎる夢想だと思ってた。

 しかし、どうだ?

 多少のギャップはあれど、幻滅するどころかますます好きになる。

 いや、改めて現実のロムのことが好きになった。

 そんな彼がヒビキとの複数形ではあったが「ついているから大丈夫」と言ってくれたのだ。

 恋する乙女にこれ以上の言葉はない。

 レイナは二度三度と深呼吸を繰り返す。

 やがて落ち着いたのを確認したヒビキが出発を促し、三人は洋館へと向かう。

 綺麗に刈り揃えられた芝生の広がる前にははなんの遮蔽物もない。

 洋館の外に人の気配がないことを確認しつつも慎重に進む三人が玄関の前に辿り着く。

 改めて洋館を見ると多分に日本的な装飾が施されたアール・デコ調の、外見三階建ての洋館だ。

 直線的な造形の中に花鳥風月をモチーフとしたレリーフが見られる。

 そのくせ真鍮製のドアノッカーはライオンと言うベタさ加減。

 同じく真鍮製の取っ手のようなドアノブを回すと、ロムの思った通り鍵はかかっていない。

 両開きの扉は軋みもなく開く。

 エントランスは吹き抜け、豪華なシャンデリアから降り注ぐ光は電球色で温かみがある。

 床は大理石が敷き詰められている。

 正面にはレッド絨毯カーペット敷きの階段があって、踊り場から左右に折り返すように二階へと続いている。

 扉の向かって左に外套掛け、右手には観葉植物が飾られていて、さしずめニューヨークのホテルのようだ。

 ロムとヒビキは目を閉じて神経を研ぎ澄ます。

 上の階の状況は判らない。

 しかし、一階なら建物の構造は判らなくともどっちの方向に人の気配があるかくらいなら判る。


「結構多いな……」


「五、六?」


「や、もっといますよ」


 流石に漫画などのように正確な人数や位置関係が判るような訳にはいかない。

 それでも殺気立った感じはなく、険呑な状況にはない。


(しかし……)


 と、ロムは一抹の不安を覚えていた。

 その奥に冷たい緊張感が隠れている気がしてならないのだ。

 取り越し苦労ならいいがとヒビキを伺うと、彼女もまた表情にわずかな険が現れている。

 ロムはこちらを向いたヒビキに唇を引き結ぶことでレイナに判らせないよう意思を伝えた。

 わずかに鼻で笑って見せたヒビキは、ほぅと息を吐くと先を促す。

 廊下を通り、人の気配のない扉を無視して問題の扉の前に立つ。

 ここまでくればレイナにも中に複数の人がいることがはっきり判る。

 二人にはもっと様々な情報が伝わっていた。

 ロムは扉を三度叩き(ノックして)、おもむろに開いた。

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