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ラストダンジョン 13 因縁の決闘に終止符を

 森に悲鳴が響く。

 それも途中で口を塞がれたような声だった。

 時間つぶしに型稽古をしていたロムがすぐさま泉に向かうと、レイナがシュウトに押し倒されているところだった。

 彼は無言で駆け寄ると何も言わずにシュウトを蹴り上げる。

 不意を喰らったシュウトは外しかけのベルトを締め直し、蹴られて色の変わった脇腹をさすりながら攻撃範囲から距離を置き、ロムを睨みつけてきた。


「不意打ちとは随分と卑怯な真似するじゃねぇか」


「そういうお前は卑劣なようだが?」


 ざっと状況を確認すると泉の中で仰向けに気絶している全裸のヒビキ、襲われていたレイナは彼の後ろで泣いている。

 まだ他の仲間は到着していない。

 対峙するシュウトは戦利品のダガーを抜いて血走った目で睨んでいる。


「ヒビキさんを頼む」


 後ろを向かずにそれだけ言うと、ロムは棍を一度頭上で大きく振って構える。

 シュウトは舌打ちをすると、惜しげも無くダガーを投げつけてきた。

 かなり練習していたのだろうか?

 狙いは確実にロムの胴を捉えていた。

 もっとも、それを避けられないロムではない。

 もちろんそれは織り込み済みのようで、本命は隙をついてモーニングスターを手に取ることだったようだ。

 攻撃範囲では棍を持つロムが、一撃の攻撃力ではモーニングスターを持つシュウトにアドバンテージがある。

 しばしの睨み合いがあり、シュウトが鉄球を振り回し始めると、互いに泉から離れていく。


「オレはずっとテメェが気に食わなかったんだ」


「じゃあなぜ直接俺に言ってこない」


 その問いには、牽制の一撃で答えが返ってきた。

 射程の外からの牽制攻撃は避けるまでもない。

 力も乗っておらずすぐに手元に引き戻して鉄球を回す。

 シュウトの方でも下手に攻撃して避けられた時のリスクを考えてのことなのだろう。

 ロムの棒術をしっかり警戒しているようだった。

 そのまま数分間の睨み合いが続く。

 レイナは必死に自身を鼓舞してヒビキに近寄り、荷物の元まで移動する。

 埒が明かないと思ったロムが棍を手放し、徒手で構え直す。

 するとシュウトがニヤリと笑い、あろうことがモーニングスターそのものを投げつけてきた。

 と、同時にこちらに向かって走り出す。

 モーニングスターを難なく避けたロムは、次に来るだろう攻撃に備えていた。

 繰り出された拳を見切って避ける。

 何かがかすめた感触でチリリと右腕が痛むが、それに構っている暇はない。

 連続で繰り出されるパンチは大ぶりで軌道こそ読みやすいが、逆手に握り込まれたダガーの分の見切りが神経を使うのだ。

 テレホンパンチのラッシュなど避けること自体は難しくないが、避けているだけでは勝ち目がない。

 だから見切りで最小限に避けつつ反撃の機会を伺っているのだが、手数が多くてなかなかに余裕がない。

 とはいえ、無酸素運動の連打がそう長く続くはずもない。

 一方のロムが行なっている回避運動は有酸素運動に分類されている。

 一般に攻め疲れと呼ばれる現象がある。

 格闘技などで一方的に攻撃している方が負けることが度々あることに対して言われるものだ。

 今の二人の状態がまさにそれで、攻撃が決まれば相手にダメージを与ることができるが決まらなければ攻め側の疲労がよりたまり、ガス欠を起こす。

 シュウトは攻撃が全然当たらないことによるフラストレーション。

 息が上がり、腕が上がらず足がついてこない肉体疲労からくる攻撃のブレと焦りに思考の鈍りを感じていた。


「当たれよ!」


 ついに吐き出すように叫んで大振りをかます。

 そんな隙をロムが見逃すはずはなかった。

 予備動作に前に出される膝に内側から蹴りを入れ、体制が崩れたところに鳩尾みぞおちを狙って縦拳を叩き込む。

 そこから流れるようにダガーを握っている右の拳を左手で上から握ってアッパーカット。

 振り上げた腕で顔を掴むと足払いでそのまま仰向けに打ち倒す。

 すぐさま両手のダガーを蹴り飛ばし離れて様子を見ると、口から血を流しながらもゆらりとシュウトは立ち上がった。

 人は意外に強靭である。

 よほど打ち所でも悪くない限り、一度や二度殴られたくらいで気など失わない。

 ましてや頭に血が上った人間はアドレナリンの作用で痛みにも鈍感だ。

 しかし、互いに無手となったこの状況で日々稽古を怠らなかったロムがシュウトに劣ることなどあり得ない。

 力押しで殴りかかるシュウトを迎撃し、的確に急所に突きを繰り出し続ける。

 注意することがあるとすれば、絶妙なタイミングで織り交ぜてくる目潰しの類などだが、今のロムにそれを卑怯だ反則だと思う感覚もない。

 十分の一世界で怪物たちの襲撃をかいくぐってきた。

 生き残るためにはどんなことでもするべきだと彼は思っている。

 命のやり取りを繰り返した彼は、全て織り込み済みで戦っているのだ。

 シュウトは完全に頭に血が上っていた。


(なぜ、オレの攻撃は当たらない)


(なぜ、こいつの攻撃はこんなに当たるのか)


 しかも、すべての攻撃が急所を狙ってくる。

 焦りは攻撃の精度をさらに落とし、的確に急所を狙われることに恐怖の感情が湧き上がる。

 今まで、人間相手の喧嘩ではほとんど一方的になぶってきた。

 怪物との戦闘だって勝ってきた。


(オレは強い)


(喧嘩ならクロとだって互角にやりあえる)


 そう思っていた。

 最初の不意打ちは確かに仕方ない。

 だが、この一連の攻防でこうも一方的になる理由が判らない。


(なぜ、こうなる?)


 そのうち思考が鈍り、自分で何を考えているのかも判らなくなってきた。

 そして半ば無意識だったろう。

 彼はロムの顔を見た。

 その表情には感情がなかった。

 そう、怒りや憎しみどころか憐れみさえ浮かんでいなかったのだ。


(ただの作業だってのかよ……)


 それに気付かされたシュウトの中で何かが切れた。

 右のハンマーパンチに下突きを合わせる。

 もちろん鳩尾に。

 その感触はそれまでのものと違い、筋肉に力の入っていないもので、体の奥にドンと衝撃が入り込んだのが伝わってくる。

 耳元で短くうめき声が聞こえ、右拳にシュウトの体重がのしかかってきた。

 彼は、拳から力を抜く。

 シュウトの体がずるりと崩れ落ちた。

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