ラストダンジョン 08 恋バナは戦いの前に
「部屋に仕掛けがござった」
それでパーティに一気に緊張感が走る。
「最初によく調べておくべきでござった」
と、言いながら地図を開く。
第二階層は地面を掘って作られたダンジョンらしく、壁の向こうにダンジョン空間が存在していることの少ない構造をしていて、そこに何が仕掛けられていてもおかしくない。
しかし、これまでこれと言って何も仕掛けられていなかったため、彼らの注意力が少し散漫になっていたのかもしれない。
サスケが言うには壁の一部が開く仕掛けがなされていると言う。
一種の罠だが、発動条件が判らない。
「条件次第ではこのまま何も起こらない可能性は十分あるでござる。仕掛け自体が見せかけという可能性もござる。
「なぜダミーなんか仕掛ける?」
「我々を精神的に追い詰めるためとか?」
「なるほど」
「気づいてしまった以上注意を払わないわけにも行きません」
「気づかなきゃよかったってことか?」
シュウトの咎めるような物言いに少し顔をしかめたジュリーを視界の端に捉えつつ、ロムが反論する。
「気づかず罠に引っかかる方がマズイだろ」
それに対してシュウトは攻撃的な気配を向けてくる。
ロムの方はそれを涼しく受け流すのでシュウトの気が殺気を孕む。
「と、とにかく」
と、シュウトが殺気をまとったのを感じ取ったゼンが割って入る。
「一人で用を足すのは不測の事態に対応できない可能性があるので必ず誰かと入ってください」
しばしの沈黙があってシュウトはようやく舌打ちで殺気を消した。
しかし、殺気がなくなっただけでロムに向ける怒気のような気配は消えていない。
コーは大きくため息をついてロムの背中を軽く叩く。
「仕方ない。オレは小便だけだからそばに誰かいたって構わないさ。ロム行こう」
そうして二人は連れ立って部屋中へ入っていった。
部屋の中に入ると、ロムとコーはサスケが地図上で示した壁を丁寧に観察する。
なるほど何かが仕掛けられているとみられる壁の細工跡があった。
「用を足している間もう一人はこの壁に注意していればいいわけだな」
「ですね」
顔を見合わせた二人は無言のまま互いに小さく微笑むと声を揃えてジャンケンを始める。
勝ったコーが小用を足しながらロムに話しかけてくる。
「気をつけろよ」
「シュウトですか?」
「ああ、怪物にやられる前に仲間から寝首を掻かれるとか洒落にならねぇ」
「確かに……でも、いずれ避けて通れないんじゃないかなぁ……と」
「だろうな」
「でも、俺何かしましたかね?」
「したね」
「何を?」
二人は話しながら交代する。
「恋の邪魔」
「…………」
コーは意外と饒舌だった。
「シュウトはレイナちゃんが好きだ。でもレイナちゃんはシュウトに興味はない。好きでも嫌いでもない、興味がないってのは最悪の状態だ。その上レイナちゃんはお前のことが好きだ」
「その分析力、自分のために使えませんか?」
苦笑しながらロムは言う。
「は?」
「ほら」
「なんだよ」
「コーさんはヒビキさんの事どう思ってんです?」
「え?」
「ま、好きなんでしょうけどね」
「ちょっ……」
「ヒビキさんも好きですよ、コーさんの事」
「まさか」
「ほらほら」
用を足しおえたロムは棍を細工された壁に向かって構える。
慌ててコーが横に並ぶ。
「ちゃっちゃと告ってみませんか?」
「なんで?」
「ダンジョンアタックに集中するためですよ」
「で、何する気だよ?」
「いつ作動するか判らない罠に神経擦り減らすくらいならこっちから仕掛けて罠を破ろうかと」
「なるほど、オレ好みの作戦だ」
そういったコーの表情がきりりと引き締まる。
先ほどまでのふわふわした様子は微塵もない。
これなら何があっても最善の対処ができるだろう。
互いの視線が交差し壁に向き直ると、ロムは棍の突きを繰り出す。
それは稽古のように一つ一つの動作を確かめるような正確さと強さを持って繰り出され続けた。
何度目の突きが壁に穿たれた時か、それまでと全く違う音と手応えを感じ、ロムは引き戻した棍を構えたまま鋭く壁を見据えた。
それは隣で集中していたコーにも判ったほどの違いだった。
仕掛けは確かに壊された。
レンガで積まれたその壁はガラガラと崩れ、中から培養液が抜かれつつある円筒形のガラス容器が、その中の異形の生命体が姿を現した。
大きな角の生えた牛の頭を持つ人型の怪物。
いや、牛を人型にしたような怪物だ。
「こいつの名前なら知ってるぞ、ミノタウロスだ」
そう呟いたコーの声ははっきり上ずっていた。
無理もない。
ミノタウロスはサイクロプスより大きく、目測で二メートル(実測二十センチ)はあった。
腕は太く胸板は厚い。
広背筋は正面から確認できるほど発達している。
そんな上半身とは逆に下半身はしなやかそうな獣の脚だった。
覚醒用の薬物が注入され、体が大きく跳ねる。
目を見開いたミノタウロスが猛牛のように吠えると、開き始めたガラス容器を内側から叩き壊してのそりとこちらへ出てきた。