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楽園の攻防戦 10 戦術提案 魔術師が孔明のように その側でにやけるのは徐庶か龐統か!?

 その日の夜、例の会議室で会合が開かれた。

 参加者は八人。

 呼びかけたロムとゼン。

 自警団からクロとヒビキ、レイナ。

 医療班からはタニが、職工組合(ギルド)からは親方代表として畑中耕作ハタサクが、そしてやっさんがタニに呼ばれて出席している。


「珍しいな、緊急会合で俺を呼び出すなんて」


「彼らがどうしても呼んで欲しいっいうからね」


 クロが新入り二人に目配せをし、二人はハタサクに会釈する。


「へぇ」


「で? 議題はなんだい?」


 タニが単刀直入に彼らに訊ねる。

 二人は顔を見合わせ互いに頷くと、ゼンが立ち上がった。


「戦術提案です」


「ほぅ」


「自警団の戦術提案にオレは必要か?」


「ええ、武器を揃えてもらう必要がありますからね」


 ゼンはカップの水で口を湿らせ、今日の戦闘を観察した感想を語り始めた。

 彼我の戦力差、陣形を用いた用兵への言及など分析好きなオタクの真骨頂ともいうべき的確な意見にやっさんは自分の顔がにやけていくのを感じていた。


「──それだけに個々の武器が戦術に合致していないのが残念でなりません」


「武器は自分に合ったものを使うべきだと思うが?」


 と、反論したのはヒビキである。


「個々人単独での戦闘ならそうですね。しかし、ことは集団戦闘です。集団戦には集団戦の戦術というものがある。陣形戦術を提案したのは誰ですか?」


「戦術的にどうこうというほど厳密に導入されたわけじゃないんだが、前の自警団団長だった三国志好きの男だ」


「なるほど、中途半端にかじった知識だったわけですね」


「辛辣だなぁおい」


 やっさんはついにこらえきれずに大声で笑い出した。


「何がおかしいんだ?」


 ハタサクがやっさんを睨む。


「いやぁ、悪い悪い。すまんな、先を続けてくれ()()さん」


 先を促されたゼンは続ける。


「三国志演義では英雄豪傑の活躍を描く中で豪傑それぞれに専用武器とでもいうように武器について言及されることがあります。例えば呂布の方天ほうてんげき、関羽のせいりゅう偃月刀えんげつとうや張飛のぼうのようにね。一方で先ほど名の挙がった諸葛亮で有名な八陣図は、日本の戦国時代に武田家の軍師山本勘助により……」


「ゼン、それは蛇足だよ」


「……失礼、私が言いたいのはせっかく陣形を組んで戦うのに、なぜ槍を用いないのかということです」


 やっさんが後を継ぐ。


「要するによ、戦国時代の集団戦において主力兵器だった槍をなぜ使わないのかって言ってんだろ?」


「そうです。槍は遠い間合いを利用して敵を突くのが基本で取り扱いも簡便だと言われています。やりぶすまなど攻撃だけでなく防御にも使われ、集団戦において最も有効な武器です」


「硬い木材の先端に鋭利な金属の刃を取り付けるだけで十分な性能を発揮するから量産も容易だぜ?」


 やっさんのフォローを受けてハタサクも腕組みで思案し始めた。


「確かにな」


「だが長柄の武器は接近戦に弱い」


 クロが心配しているのは乱戦になった場合である。


「その時は今まで通り自分の武器で戦えばいい」


 ロムはこともなげに言う。


「みなさんダンジョンアタックの、ファンタジーのイメージに引きずられすぎなんです。足軽だって首級くびを討つために腰に刀を差していたのですから、我々もそうすべきなのですよ」


「あたしたちにも槍を持てって?」


 ヒビキが言う。

 しどろもどろになるゼンに代わってロムが答える。


「クロさんはともかくあなたやコーさんは槍を持つべきだと思うな。最初から槍ならサイクロプス相手にあんなに苦労はしてないと思うよ」


 そもそもサイクロプス相手に足りなかったのは技量ではなく得物のリーチだったとロムは見ている。

 実際彼はヒビキなら自分と同等以上に棍を使いこなせると思っているし、槍なら棍と違って高い殺傷力も得られるからだ。

 そう言われればヒビキも黙るしかない。

 確かに冷静に考えれば、理は彼らにあるとすぐ判る。


「決まりだな」


 タニがクロを促す。

 クロは少し間をあけてゼンに問うた。


「提案はこれだけではないのだろう?」


 クロがここまで積極的に口を出さなかったことに言い知れない不安を感じていたゼンは、背中を冷や汗が流れる感触を味わいながらそれでも努めて冷静な魔術師を演じてみせる。


「やはりお見通しですか」


 例の鼻にかかった声の妙な節がついた話し方でだ。


「これが図に当たったならば、北門の向こうへ冒険に行かせて欲しいのです」


 場の空気がずっしりと重くなり、長い沈黙が部屋を支配する。

 誰もが現状維持でいいなどとは思っていない。

 これまで防戦一方でジリ貧の自警団はずっと打開策を求めていたし、怪我人が増え続けるだけの防衛戦は医療班だって望んではいない。

 少ない資源と乏しい技術で武具防具を提供し続ける苦労は職工でなくとも知っている。


「クロさん」


 ヒビキが沈黙を破る。


「……判った。次の戦闘までに槍を一定数揃えることは決定事項として、それに合わせた戦術を君とやっさんで自警団に教えてもらうことも決定事項だ。北門の外の調査はその戦果を踏まえて改めて話し合うと言うことでいいな?」


「オレもかよ?」


「気づいていたんだろ? この戦術の有用性」


 クロが抑揚なく問い詰めると、やっさんは不敵な笑みを浮かべて頭を掻いた。

 彼は戦闘にはノータッチだった。

 他の住人と違いこの街に来た経緯が違う。

 一度も怪物と戦ったことがないどころかダンジョンアタックの経験さえないと言う境遇が、半ばこの街の義務となっている防衛戦への参加免除という特別待遇につながっいてた。

 そんな彼がどんな意見を言おうと感情論としてなかなか受け入れられないだろうことは、彼自身重々承知していたのだ。

 だからこそ、彼はあくまで一ジャーナリストとしてこの十分の一世界を取材することに専念し、沈黙することにした。

 クロはそれを見抜いていたということだろう。

 いや、もしかするとタニの入れ知恵かもしれないとやっさんがタニに視線を送ると、こちらもニヤリと笑い返して来た。


「有名ジャーナリストは辛いね」


「これで議題は終わりだな?」


 ハタサクが腰を上げ帰ろうとするのをロムが止める。


「あと一つ」


「なんだ?」


「みんなに立ち会ってもらいたくて」


 そういって彼はヒビキに視線を向ける。

 彼女は唇を引き結んで小さくうなずいた。

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