森を駆ける
巨体の騎士は白い光を纏い……再び斧槍を振り上げた。
「さすがにこれで傷の一つでも付いてくれるとありがたい……ねぇっ!」
「ーーいやっ!」
勢い良く振り下ろされる斧槍を……思わず声を上げ左腕でガードした。
「…………へへ……へへへへ……」
男の気持ちの悪い薄ら笑いが聞こえるのと同時に……〈左腕〉でとっさにガードしてしまったことを後悔した。
【……付いたねぇ……傷がぁあっ!へへ……へへへへ……はははははは!……】
男の薄ら笑いは高笑いに変わる。
左腕は少し前にに修復したばかりでオリジナルと比べると若く、強度が低い……それを男が知るところではないが傷を付けた事実は男を酷く不気味に高揚させた。
……怖い……怖くてたまらない……。
オリジナルの木で出来た箇所は強度が高いから大丈夫……そう思いたい。でも、もしも強度に限界が来たら?……能力も使えず四肢を斬られ身動きも取れずにジワジワとなぶり殺しにされたら……?
悪いイメージが波のように押し寄せ心を蝕み……恐怖はピークに達した。
「う……ぅああああっ!!い、嫌っーー!!」
私は斧槍を跳ね除けて男から少しでも離れるように必死に身をよじって這った。
「ーーはははははは!待ちなよ特級ぅぅ」
後ろを見るとゆっくり追ってくる男とアルピラの亡き骸が見える。……せめて亡き骸を傷つけさせたくないなんて思っていた自分が恐怖のあまり、それを見捨ててみっともなく逃げていることを自覚した。幸いなのか、アルピラの亡き骸に男の興味は既になく……無様に逃げる私にその目は向けられている。
「ーーやめてっ!来ないでっ!……来ないでよっ!!ーー」
「へへ……なんだぁ人間みてぇな反応だなぁ……へへへへ……」
……そう……そうよ……私は人間よ……。
ただの主婦よ…………。
……ある日、突然……おぞましい姿で何処かも分からない森に投げ出されて……右も左も分からなくて……ずっと1人で手探りで不安をしのいできた……。
誰かに頼りたくても身に覚えのない敵意を向けられバケモノと呼ばれ……それでも【人】であり続けようと行動した。
誤解され、腕や脚を失っても…………私の行動原理は【人】のそれを外れることはなかった。
この世界に来る前から……どんなに傷つけられても……ずっと……ずっと……そうしてきた。
ただ……正しいと思ったことを……やった…………こんな姿になっても……精一杯……やったのよ……。
頑張ったね、って言ってよ……
良く我慢したね、って言ってよ……
…………誰か……。
…………誰か……。
「そろそろ終わりにしとこうかぃ特級ぅ……」
這う私に追いついた巨体の騎士はレイスの左脚を踏んで前進するのを阻止した。上体をよじって振り向くと斧槍を振り上げ、今に渾身の力で振り下ろさんとする巨体の騎士が見える。
「…………だ……れか……」
震える声で誰にも届かない言葉を口にした。
……誰か……。
……誰か……助けて……。
「……誰……か…………【助……けて】……」
私が……初めて口にしたSOSは……振り下ろされる斧槍の音にかき消された。
〈不意に風が森を駆けた〉
『ーーーー助けに来たよっ!!ーー』
これまで、どれだけ望んでもかけてもらえなかったその言葉をくれたのは……
〈不意に森を駆ける風〉と共に現れ、斧槍を剣1つで受け止めるお姉さんの小脇に抱えられたネイナだった。




