賓客対応
『ーーっ失礼するよ?グレン殿』
断りを入れる言葉と自室兼執務室の扉をコンコンッとノックする音がした。直後に許可を待たず来客は扉を開けてツカツカと入ってきた。華美な飾緒を揺らし、青と黒を基調とした身なりの良い貴族服に2本の騎士剣を腰にぶら下げた長身の客人はこの大陸で最も特異な爵位を持つ人物の1人だった。
「こ、これはガロンズ戴始爵様!……王宮に来られるとは珍しいですね」
動揺して思わず立ち上がった。
「直接伺いたいことがあって参った次第なのだが……忙しいかね?」
急くように書斎に入ってきて膝丈まであるロングブーツを迫るように鳴らしながら問われる。賓客待遇の戴始爵の用件は最優先事項だ、忙しくとも私に選択権はない。
「いえいえ大丈夫です。してどのようなご用向きでしょう?いや先ずはこちらへどうぞ」
少しバタバタとした足取りで来客用の席へ案内し、飲み物を用意すると伝えたが丁重にお断りされたので自らも席へ着いた。
目の前の熟年の紳士は整えられた口髭を指で撫でながら本題に入った。
「森に出たという特級クラスのモンスターのことなんだがね……【魔導卿】とも呼ばれるグレン殿が特級とはいえアンデットカテゴリーのモンスターを仕留め損なったとか……信じ難い話なのだが事実なのかね?」
魔法を体得した者はアンデットカテゴリーのモンスターを得意とすることが多い、それ故の疑問だろうか……。
「ええ……事実ですが、何故……戴始爵様がそのようなことをお聞きに?」
特級モンスターの討伐など戴始爵が気にかけるような話でないはずだが……。
「うむ。そのモンスターの討伐要請がこの私に回ってきたのだ」
「っな!誰がそんな無礼な真似を……ーー」
「この国の王だ」
「こ、国王が!?」
「厳密にはこの国の預言者の進言のもと国王から私に依頼という形でお願いされたのだ」
……預言者め。この件は私が預かると釘をさしておいたはずなのに……国王だけでなく戴始爵まで引っ張り出してきて一体何を焦っている。
「私の立場上、断ることも出来るのだがね……返事のするのはグレン殿から話を聞いてからでも良いかと思ってね」
「左様でございましたか……」
「で?その特級モンスターは【この私】が出る程のものなのかね?」
戴始爵は何故か楽しそうに尋ねる。
正直、この方の興味を掻き立てるような真似はしたくないのだが……。
「……実は対峙してすぐに弟子達共々、逃げ帰ってきたので何とも申し上げにくいと言いますか……」
「ふむ……では、逃げるに至るまでの経緯を詳しく聞かせてもらおうか……」
戴始爵は座ったまま両膝の上に両肘の乗せ、前に手を組んで前傾姿勢になった。
じっくり聞くぞ、と言わんばかりだ。
あまり情報を与えたくなかったが……戴始爵相手にはぐらかすのは骨が折れそうだったので、諦めて全て話すことにした。
人型の特級モンスターで人語を話せること。
疲弊した弟子達の様子。
異常で異質な瘴気、もとい殺気を放つこと。
そして、最後に……。
「戴始爵様はおとぎ話に登場する【森のレイス】という化け物をご存知ですか?」
「ああ知っているとも。夜の森に入らない様に大人が子供に聞かせるあれだろう?」
「ええ、その特級モンスターはまさに【森のレイス】を彷彿とさせる姿でした」
「ふむ……【森のレイス】か…………」
戴始爵はその名を聞いて少し沈黙してからスッと立ち上がった。
「実に興味深い話だった。執務の邪魔してすまなかったね、グレン殿」
「いえ、そのようなことは……」
「では、これで失礼させてもらうよ」
そう言って戴始爵はコツコツとロングブーツの音と共に部屋を去っていった。




