森のレイス
「さあ、行きなさいラング。……父ちゃんのことは良いから。生きて…誰かを守れるような人になりなさい。お前を誇りに想っているよ」
「ーーいやだ!!父ちゃんと一緒にいる!!どこにも行かないがらぁあ!」
「……ん?」(おやおやー?)
私の意思表示はどうやら正しく伝わってないようだ。息子だけは見逃してやるが、父親は殺す。という解釈をされているみたいで、冷静になったように見えて依然、錯乱中だった。
「す……すぐにここを立ち去れば命だけは助けてやろう」(私、何言ってるんだろう…)
話が一向に進まない状況で、私は不慣れな上から目線でそれっぽい事を言ってみた。
「あ!ありがとうございます!!い、行くぞラング!!」
父親はそう言って、震えた足でなんとか立ち上がり、息子と一緒に私の前から去っていった。と同時に、私は自身の現状を知るかもしれない大人という情報源を失った。
1人になって、しばらくその場に立っていると強い風が森を駆けていった。揺れる木々や、鳥の鳴き声で森全体がザワつき始めた。私は漠然とした不安に襲われて吐露した。
「わ、私……これから……どうしたら……いいの…?」
いきなり状況に流されてきた私は考えることをやめて、ただただ弱音を吐いた。今の自分は泣いているのか、そもそも泣くことが出来るかどうかも確認できず、心だけが泣いていた。
途方にくれる私は、ふと周囲に気配を感じて見渡すと、鹿やウサギやリスのような動物達が自分を取り囲むように集まっていた。鹿やウサギやリスの【ような】動物達は良く見ると自分の見知っている動物とはいずれも微妙に特徴が異なっていて、そのどれもが知らない動物だった。その中の小動物や小鳥は肩や頭に乗ったりして私にじゃれてきているように見えた。
名前も分からない動物達にまるで励ましてもらっているような気分になれた。少しだけ前向きになれた私はただ嘆くことはやめて、考えることを再開した。
「良しっ!!なんとかして元の姿に戻って早く家に帰って、2人のお弁当作らなきゃ……いや別にそれはまあいーか」
決意をあえて口にしてみたが、旦那と息子の事を考えるとお弁当の事はどーでもいい事で、ただ主婦の習慣としてつい口にしてしまっただけだった。
とりあえずここにずっといても仕方ないので、私は手や肩に乗る動物達を傷付けないように降ろして森の奥に歩き出した。日が落ちる前にどこか休めるところを探そうと思っての行動だ。夜になって壁も天井もない真っ暗な森の中にいるなんて考えるだけでゾッするからだ。こんな人ならざる姿でも心は人間だ、怖くないはずがない。
しばらく歩くと、森にポツンと建つログハウスが見えてきた。最悪、洞窟のようなところで野宿することも覚悟していた手前、かなり嬉しい発見だ。近くまで行ってみると、その家は半壊して屋根がエグれていて人が住んでいる気配はない。とても好都合だ。
半壊した一階部分から侵入してみた。床は枯葉だらけで荒れ放題で腐って抜けてるところも数箇所あった。二階もある家みたいだが、階段があったであろう場所は半壊していて二階には行けない。外から見るより家のダメージは酷かった。壊れた家の壁を木の枝のような指でなぞりながら、どこからどこまでが壁でどこまでが天井だったんだろうとイメージしていると不思議な事が起こり始めた。
壊れた木の壁の指でなぞった部分を中心に若い色の木が広がるように生えてきたのだ。そして、先程のイメージに近い具合に半壊した家を修復し始めた。
「――すっっごい……」
思わず声に出てしまった。
これが 森のレイス と呼ばれる者の力なんだと、直感でそう思った。




