瞬間移動
お粗末な狙撃の理由は木の上の来客が気絶したことに起因するのかもしれない、例えば木の上の来客が座標を送るような役割をしているのでは?などと思考を巡らせながら木の上の来客に大きなケガがないか確認した。幸い命に別状はない。たぶん。
気絶したお坊っちゃんとその護衛、そして木の上の来客の3人の処遇を考えている最中、レイスの探知能力はまたもや反応した。
「今日は来客が多いな」
何かが来るのは分かるが、方向が全く分からない。初めての感覚だった。後ろを振り返るとお坊っちゃんと護衛が倒れている場所の空間が歪んでいるように見えた。そして、そこから人が急に出てきた。3人組だ。
「ったく、世話の焼けるお坊っちゃんだぜ!なぁメリー!」
「ホントよね!師匠の頼みじゃなきゃ絶対助けたりなんかしないわ!」
「仕方ないでしょう、こんなのでもビスタバンの御子息なんですから。って、なんですか、この瘴気は!早く障壁を貼ってくださいメリー!」
「うるっっさいわね!言われなくてもやるわよ!そのかわり死んでも私を守りなさいよ!イーデン!」
障壁を要求されたメリーと呼ばれた高校生くらいの歳の女の子は、いかにも魔法使いのような杖を地面に突き立て、聞き馴染みのない言葉は使って詠唱し自身を中心にドーム型の半透明な障壁を展開し他の2人を包んだ。見るにその障壁は瘴気の影響から内側の人間を守っている。現れた3人組は騒がしくするもののレイスの殺気に反応し、すぐに対処してみせた。先の空間から出てきた瞬間移動といい、障壁といい多彩な来客に事欠かない今日この頃だ。
「セザン!何ボサッとしてんの!さっさとあの特級モンスターをやっちゃってよ!」
「お前バカ!障壁から出たらまたとんでもない瘴気を浴びちまうじゃねぇか!イーデン!お前が行ってこい!」
「あっしはメリーは守らないといけないんで!ここはセザンに手柄を譲りますよ」
「ああ!クッソ!いつも損な役ばっかりだぜ!」
悪態を吐きつつ大人しく了承したのは大きな身体で重装備なイーデンに比べて身軽で機動力に長ける自分こそが適任だと分かっているからだろうか。肩まである金髪を必要以上に指で遊ばせる一見チャラそうなセザンは見た目ほど軽薄ではないようだ。それに、騒がしく言い合いをして一見仲が悪いように見える3人の間にはどこか"信頼"のようなものを感じる。こちらを殺す算段をしているにも関わらず、彼らを見て妙な感情が湧く。
羨ましい、と。
私は自分の感情を表に出して誰かに意見したり、主張したり、文句を言ったりした事がほとんどない。それが許されると思う間柄にある人も1人としていない。夫だろうが、息子だろうが、親だろうが。1人も。
「こんなヤバい瘴気ずっと浴びてらんねぇから一発で終わらせてやるぜ!」
セザンは半透明の障壁をヌルっとすり抜けこちらに仕掛ける。
先の爆発男や女双剣士に比べると見劣りするが、瞬く間に間合いを詰めて私の首を落とすつもりで腰に下げた剣の振り抜いた。当たったところでダメージはないが自身に向けられる刃物には抵抗があるので軽く爪で弾いた。
つもりだった、が両腕を失っていることをまたもや忘れていた。セザンの剣は難なく私の首を捉えるが、効果はなく弾かれる。
「ーーかっってぇな!でもそんなことよりこの瘴気がヤバい、この距離はヤバい!」
セザンは体制を崩して地面に膝をついた。
やはりこの距離では瘴気の影響はかなり辛いらしい。
「セザンっ!一度引け!戻ってこい!ーーセザンっ!」
叫ぶイーデンの声を聞く余裕のないセザンの顔からは冷や汗が止まらない。
このままでは気絶される!そう思い、セザンの足元から木を生やし、枝をセザンに絡ませ、そのまま伸ばしてメリーの展開する障壁の中まで運んだ。
「うわっ!何だ!この木は!うわぁあああ!」
「セザン!!」
「って、あれ?痛くねぇ!」
「心配させんなバカ!ほら、回復させてやってイーデン!」
「ああ、わかった」
「大丈夫だイーデン。外傷はねぇ。ただ瘴気に当てられて気分が悪いだけだ」
「そうゆうのも含めて回復してやるって言ってるんだ、じっとしてろ」
イーデンはセザンの背中に手を当てて野太く小さな声で詠唱し始めた。心なしかセザンの身体全体が優しいは光で包まれているように見える。たぶん、回復しているのだろう。本当に多彩な能力を持つ人々に感銘を受けるばかりだ。
この人達の多彩な能力なら気絶されることなく話をすることくらい出来るのではないか、と考えがよぎった瞬間に状況は良くない兆しを見せた。




