親子
「いや!何これっ!ーーどうなってんのっ!?」
自分の変わりようにパニックになって取り乱す。手を見ると指がどれも規格外の長さで尖っていて、見た目と質感は大木の表皮そのもので、人のそれとはまるで違う。ローブで隠れて見えない身体の部分は、怖くて見ることも出来ない。
慣れない両手で、顔の部分を恐る恐る触ってみると、硬い何かに当たってコツッと音がなる。どうやら骨の様なものを被っているようで、その奥に人間らしい顔があることを願って止まないところだが、今は確認が難しい。
被っている何かの外し方が分からないし、被っている物、そのものが自分の顔だとしたら……と、考えるとゾッとした。
「本当だよ!僕見たんだよ、信じてよ!」
「落ち着けラング。木の枝か何かを見間違えただけだろう?この森に動物はいても魔物の類いがいるなんて、聞いたことがないぞ」
大人と子供の会話が聞こえてきた。先程の子供が大人を連れて戻ってきたようだ。大人がいるなら少しは話を聞いてくれるかもしれないと、見つかるのを待つことにした。
「この辺なんだけど……」
「やっぱり何もいないじゃないか、ほら早く帰ろう」
既に2人は私の視界に入っていて、2人からもこちらを見つけていてもおかしくない距離なのに、それらしい反応がない。それどころか背を向けて帰ろうとしている。
「あ!あのぉ……」
まるで見えてないようなので自分から話しかけた。
「え!ぁ…うあ!っっああああぁーー!!」
こちらを振り返り、私の姿を見た大人はこの世の終わりのような叫び声を上げた。
「……う、あ……あ…何だお前……一体どこから現れたんだ……」
「いや、さっきからずっとここにいるん――
「―――とぉぉちゃぁぁあん!!」
涙やら汗やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔の子供の叫び声で私の声はかき消された。どうやらこの2人は親子のようだ。
「――ラング!!は…早く逃げなさいっ!!」
「――とぉぉちゃぁぁあん!!――とぉぉちゃぁぁあん!!」
「ーー父ちゃんはいいから!!は、早く!!行きなさいラング――っ!!」
父親にしがみつくラング。それを必死に引き剥がして逃がそうとする父親。という、窮地の親子愛が目の前で繰り広げられているわけだが、正直心苦しい。
父親は恐怖で腰を抜かして自力で逃げることを既に諦めている。取って食おうってつもりはカケラもないが、彼ら親子には私の存在自体、命を脅かすもののようだ。
「信じてやれなくて、すまなかったなラング……」
「――かぁちゃんももういないし、1人にしないでよっ――とぉぉちゃぁぁあん!!」
そのやり取りを聞いて、この子には何らかの理由で母親がいないんだなと察しがついた。同時に私がいなくなったら旦那と息子はどうなるんだろう、悲しんでくれるのかな、と思いを巡らせた。
「フフッ……ないな」
表情がイマイチわからない顔で冷めたように小さく微笑し否定した。それを聞いていた父親が話が通じるかもしれないと僅かな希望を持って震える声で私に言った。
「こ…ここ……この子だけは!……助けて頂けませんか――!?どうかっ!!お願いしますっ!!」
「え?…ああ」
この錯乱し切った状況で話しかけられるとは思っていなかったので抜けた返事をしてしまったが、父親はただ必死に息子を守ろうとする目をまっすぐこちらに向けている。
「私は……あなた方に危害を加えるつもりはありません」
この奇妙な状況下でこれが初めての意思表示だった。




