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森乃 麗子

「ずっと家にいるんだったら家事くらいしっかりこなしてくれよ」



 うんざりした顔で旦那が私に言った。インフルエンザによる高熱で寝込んでいる私に。


 旦那は私の返事を待たずに扉を強く閉めて寝室を後にした。その数秒後に高校生の息子が、粗暴に扉を開けて入ってきた。



「――朝飯は?弁当は?早くしてよ」

「……ご、ごめんね。お母さん体調悪くて、お昼は学食で我慢してもらえる?ゴホッ……ゴッホォッ!!」



 喋るのさえ苦しい私に、息子は眉間にしわを寄せて更に続けた。



「じゃあ朝飯は?」

「れ……冷蔵庫のものを適当に食べてくれる?」

「チッ!」



 息子は母親の身を心配する素振りなど一切なく、舌打ちをして寝室を後にした。



 「使えねぇな、甘えてんじゃねえよ」



 閉められた扉越しに悪態をつくのが聞こえた。なぜこんな風に育ってしまったんだろうと、悔やまない日はない。今に始まったことではないけど、これが私の日常だ。


 普段なら朝は家族の誰より早く起きて2人分のお弁当を作り、旦那と息子を送り出す。その後は昼のパートの時間までに洗い物、洗濯物を済ませる。パートが終わったら買い物をして帰って夕飯の支度をする。管理栄養士の免許を持っていることもあって家族の健康管理を考えたバランスの良い食事を心がけている。味や見た目も手を抜いたことはない。

 だが、どれだけ家族を想って家事をしても旦那と息子に感謝の言葉を貰ったことは、ここ数年で一度もない。むしろ出来て当然だろ?と、いう態度で上から目線で物を言ってくる有様で、私はまるで召使いの様な扱いだった。


 昔は、何をするにも私の足にしがみついて不安そうに甘えてきた幼き頃の息子は本当に可愛いかったのになぁ。なんて、高熱で意識が朦朧としている中、昔の思い出に浸るように現実逃避した。



「なんでこんな風になっちゃったんだろ」



 力なく呟いた私は事切れるように眠りに落ちた。









「――うわああっ!!」



 聞き覚えのない声の悲鳴が私の耳に突き響く。無理やり意識を戻されて不快ながらに重いまぶたを開くと、尻餅をついてこちらを見上げる小学生くらいの男の子がいた。その表情は恐怖に染まっている。


「ーー何だお前ぇ!!バケモノ!!」

「バケッ……!私は森乃 麗子、ただの主ふーー


「ーー【森のレイス】だぁあああっ!!本当に在たんだ、うわああぁーーっ!」



 男の子は私の自己紹介を遮って何か意味深な言葉を放って走り去っていった。



「森のレイ……何?レイス?」



 あまりに奇異な状況に1人でポツリと呟いた。ちなみに私は 〈森乃 麗子〉 という名前であって 〈森のレイス〉? ではない。

 静かに動揺する私に不意に風が吹いて身につけていたローブを大きくなびかせた。



「――何この格好っ!?」



 身につけた覚えのない服装に驚きを隠せない様子で自分の周りをぐるりと見渡す。次に自分の身なりを再確認して2つのことが分かった。


 今、全く検討のつかないどこかの薄暗い森にいるということ。そして、もう一つは……。


 自分が、正にバケモノと言われるに相違ない姿をしていたことだった。





 

 


 

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