春、始業式
息が上がる。ああ、空気が白む。
手がかじかんで、震えて、思うように動かない。
頭がぼうっとして、今この光景は現実ではないのでは、そんな考えが浮かぶ。
そうだったらどんなにいいか。
「ごめんなさい、赤井くん」
涙で前が曇る。
ぐったりとした赤井くんの体は、血に塗れている。私の両手にはいた手袋も、真っ赤に染っている。
赤井くんがくれた手袋。赤井くんが、プレゼントしてくれた手袋。
「ごめんなさい…ごめんね…」
私は謝りながら、赤井くんが見えなくなるまで、赤井くんの見開いた目と、目が合わなくなるまで、深い穴に横たわる彼に土をかけ続けた。
もう4月だと言うのにちらちらと降る雪が、月の光を反射して眩しかった。
「3年C組の赤井 大和くんが今朝、遺体で発見された」
始業式の朝、静まり返っていた体育館がざわつく。
教育指導の山本先生が話を続ける。ここからではあまりはっきりとは見えないが、先生の顔はクマが酷く、少しやつれているように見える。
隣のクラスの赤井くん。サッカー部で、頭が良くて爽やかで、人気者だった赤井くん。
泣いている生徒が何人もいる。「なんでだ」と叫んでいるのは、サッカー部の横山くんだろうか。
ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
私が、他ならぬ私が、赤井くんを埋めたのだ。
吐き気がする。止まらない。
頭がグラグラする。立っているのがやっとだ。
「亜子、大丈夫?」
よろけた私の腕を、隣に立っていた友達が支えてくれた。
「実澄…」
「つらいよね、こんなことになって…」
どうやら実澄は、私が『彼氏を亡くしたショックで今にも倒れそうな女子』だと思っているらしい。
「大丈夫じゃないよね。保健室に行く?連れていこうか?」
「ありがとう…でも1人で行けるから。」
「本当に?無理しないでね…」
実澄はそういうと先生を呼んで、保健室に行く許可をとってくれた。
私は壁沿いに体育館の入口へ向かい、外に出た。
振り返ると、実澄が心配そうにこちらを見ている。ごめんね実澄。私はあなたが思うような、かわいそうな女子じゃない。
罪悪感で胃がキリキリする。苦しい。
体育館の中は、泣く生徒、それを慰める生徒、過呼吸になって蹲ってしまった生徒などで未だざわめいている。
そんな中、1人の男子生徒と目が合った。彼は私と目が合うと、ニコッと笑って口をぱくぱくと、声を出さずに3度動かした。
その唇は、かつてふたりで決めた合図で、屋上での会合を意味していた。