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姫の部屋を辞したあと、宰相に連れられ別の建物に案内された。
宰相に彼の執務室でしばらく待つように言われすぐ戻ると言われてから随分と経つ。
「遅いね…」
「エマさんや…私…トイレもう我慢できない…」
「ええーもうだからさっき行っとけって…しょうがない、スカーフでなるべく顔隠して行っといで」
マリーは急いで部屋を出るとトイレを探して走った。
…もう!広いなこの廊下は!
どうにか突き当たりにトイレを発見すると慌てて駆け込もうとした。しかしそこで男性用トイレから出てきた男と危うくぶつかりそうになった。
「うわっ」
「きゃあっ」
あっぶない!セーフセーフ!ぶつかったら漏れちゃうとこだった!
男に頭を下げるのも忘れ、マリーはトイレに入ろうとした時、肩を掴まれた。
「おい!お前ここで何をしている?!」
「なにってトイレ…トイレが…トイレに…」
「言えないのか?怪しいな」
「限界なんです!トイレ限界なんです!」
男の手を振り払うとマリーは恥も外聞も忘れトイレに飛び込んだ。
ジャーーーーゴボゴボ…
はー危なかったわー今までで一番のピンチだったわ。それにしてもさすが王宮ね、トイレも豪華だわ。
スッキリした顔でトイレから出ると入り口の所に男が怖い顔で仁王立ちしていた。
「おい、お前は何者だと聞いている。ここは高官だけが入れる執務棟だぞ」
「えっ、あなたずっとここに立ってたんですか?嫌だ私トイレ入ったのにーー!音とか聞こえちゃったじゃないですか!」
「い、いや聞き耳たてたりなど…そ、そうではない!お前はここで何をしているんだ」
「だからトイレが限界だったんです!」
「限界限界って…お前なあ恥じらいとかないのか…?いやだからそうじゃなくてトイレのことはもういいんだ、お前は誰だと…」
なんだかグダグダになってしまった会話に思わずマリーは吹き出してしまった。
つられて男も笑ってしまったので、決まりが悪いのか頭をかいて困っている。
そこへようやく戻って来た宰相が目敏くマリーを見つけ、怒りながら近づいてきた。
「部屋で待つように言ったでしょう!ウロウロしないでくださいマリー殿!……えっ?」
マリーの隣に立つ男に宰相が気づいて慌ててる。
男は「おい、どういうことだ」と宰相に詰め寄った。
「マッ、マリー殿は部屋に戻ってて下さい!すぐ行きます!さあさあさあ!」
「あっハイ戻る戻ります。戻るので押さないでイタタタタ」
マズイ、さっきの男は宰相にタメ口だった。エライ人っぽい。そのエライっぽい人に随分と失礼な口を聞いてしまった。
ヤバイなーという顔で部屋に入るとエマが「トイレ行っただけなのに何をやらかしたの?」と聞くので、本当にこの幼馴染の侍女に隠し事は出来ないなと感心してしまった。
トイレの出来事を話していると宰相が部屋へ滑り込んで来た。
「はあ…はあ…お、お待たせしました。早く参りましょう」
追い立てられるように建物の外に出ると、外はもう真っ暗だった。カンテラを持った宰相に衛兵が脇を固めるように従い暗い道を進んで行く。
「えーー少し問題が発生しまして…いえいえ本当に大した事ではないのですが、マリー殿達にご用意した部屋がまだ使えないので、ほかの場所にしばらくご滞在していただく事になります。なに、少しの間だけです。全くもって問題ありませんご安心を」
早口でまくし立てる宰相の言葉に正直不安しかない。政治の中枢を担う人がこんな感情ダダ漏れでいいのかとマリーは余計な心配をする。
ほどなく道の先にある小さな小屋に行き着く。
小屋の隣には薪を置くスペースがあり、そこに農耕具が数多く並んでいる。
「生活に必要なものは揃っていると思います。では私はこれで…」
とだけ言うと一人で逃げるようにもと来た道を急ぎ足で帰っていった。
「……」
「……」
マリーとエマはあっけにとられてお互い顔を見合わせた。が、すぐ堪え切れなくなって笑い出した。
「あははすごい…逃げ帰ったね…」
「よっぽどマズイことが起きたんでしょうね」
笑い合う二人を、珍しいものでも見るような目で残された衛兵達が見ている。
「兵隊さん達はどうするんですか?」
マリーが問う。
「我々はここで警備にあたるようにとの指示です。我らが寝ずの番をしますのでどうぞ安心してお休みください」
「ええっ?!夜ずっと外で起きてるんですか?風邪引きますよ!」
「マリー、とりあえず私達の寝床を確認しないと。夕食だって摂ってないんだし」
そうだった、とマリーはエマと小屋の中に入った。
中はホコリがうっすら積もり、しばらく人の出入りが無かったことが窺える。キッチンに行くとパントリーに乾物やジャム、砂糖漬けの果物など、長期に保存出来る食料が沢山あった。
少し前まで誰かが暮らしていたと思わせる、生活感のある家だった。
「なあーにが『必要なものは揃ってる』よ。適当な事言って。空き家に私達を放り出しただけじゃない」
エマが怒りながら食料を取り出している。
「まず掃除しないと寝られないね。煙突も詰まってると思う。暖炉が使えないし今日はもう野宿でいいんじゃない?」
そうね、とエマが言うのを聞いて、マリーは外に出た。長い付き合いの二人はお互い心得たもので、言わなくても勝手に役割分担して作業を進める。
家の周りを確かめると、汲み上げ式の井戸があった。何度かレバーを引いて水を引き出すと茶色の水が出て来たので、透明になるまでしばらく流す。
水の確保ができたので、次にマリーは大きめの石を拾って家の外に簡単な竃を組んだ。残ってた薪を入れ、キッチンにあった火打ち石で火をつける。
そのあたりで、少し離れたところで立っていた衛兵達が近づいて来た。
「何をなさってるのですか?」
「煙突が詰まってそうなので、今日は外でご飯を食べようかと。良かったら一緒にどうぞ」
今日のマリーはお城に来るために一張羅のドレスを着ていたが、すっかり忘れて煤で汚してしまっている。
衛兵からすると、普段見たこともないような美しい令嬢がテキパキと下女のような仕事をこなすのが不思議でしょうがない。
「っおーいマリー、火は出来てるー?」
エマはキッチンで夕食に出来るものを見繕ってきた。
「乾燥野菜と干し肉あったからスープにしちゃおう。あとはクラッカーがあるからチーズとジャムと食べよう」
ワインもあったよお〜と瓶を振るエマ。
衛兵達の喉がゴクリと鳴った。
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長くても数話で終わらそうと思ったんですが…色々入れ込みたくて長くなっておりますスミマセン…