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マリーの父が連行されて行った後、残された人々の間には微妙な空気が流れていた。
「……」
男達は、マリーを助けなければと捨て身の覚悟で駆けつけたのに、完全に肩透かしをくらった状態で誰もが何を言ったらいいか分からなくなっていた。
マリーは黙る男達を不思議そうに見渡し、ひとりの男のところで目が止まる。
「…訓練生くん?」
「俺かよ!もっとこう…気づく人いないかなマリーさん!」
マリーの言葉に衛兵の男達がわらわらと近寄って来る。
「あっ本当だ!お前…じゃなかった政務官殿が変装してらしたんですか?!」
「ああー!ホントだ!殿下の側近の方でいらしたんですかい…!ワシ、あんたを殴っちまったよ…!申し訳ありません!」
ガバッと頭を下げてエドがノアに謝罪する。
訓練生だと偽りマリー達に近づいた時、ノアがマリーに暴言とも取れる言葉をぶつけた事があった。
それはマリーをこのお役目から遠ざける為の方便だったのだが、あの時同席していたエドの怒りを買い、一発拳をお見舞いされていたのだ。
単なる衛兵からすれば殿下の側近なんて雲の上の存在だ。その相手に、知らなかったとは言え暴力を振るったとなれば、処罰されてもおかしくない。
「いえ…あの場合はしょうがないですし…気にしなくていいですよ」
「なんだノア。お前あの時、頬が腫れてると思ったら…そういや私まで殴ってしまったな、なんか悪かったな」
あの時クリストファーもノアの思いに気付かず感情のままに彼を殴ってしまっていた。
クリストファーが言葉を発した事で皆が彼の顔を見る。
うっかり会話に参加してしまい、クリストファーはしまった、という顔をした。
「あっあなたは殿下…?」
「あっあなたはクリスさん?」
「えっ?」
「えっ?」
殿下およびクリスさんと呼ばれたクリストファーはビクッと飛び上がり、慌てて顔を逸らした。
「マリー!この人がトイレの人?!宰相の息子じゃなくて殿下じゃない!早く気づきなさいよ!」
「え、ええー?!だって…そんな事言われても…クリスさんどういう事ですか?宰相様の息子さんがなんで殿下なんですか?!」
マリーに呼びかけられ覚悟を決めたのか、彼女に向き直る。
「マリー…以前に私が宰相の息子だと名乗ったのは嘘だ。いままで謀っていてすまなかった。私は皆の言う通り、この国の王太子クリストファーだ」
ポカンと口を開けてマリーはクリストファーを見る。
「あ…私、殿下と知らず色々失礼な事を申し上げたような気がします…申し訳ありません…。でも何故内緒にしたんですか?
名乗ってくださったら良かったのに…」
クリストファーはそれを聞いて、ギュッと拳を握って下を向く。
「言えなかったんだ。お前は…王太子の子を産む役目で連れて来られてて、私はその…王太子張本人だ。
望んだ訳ではないが、結局金でお前を買ったようなものだ。それを知られて、お前に軽蔑されるんじゃないかと思うと言い出せなかった」
「軽蔑するなんてそんな…分かった上でお役目を受けたわけですし…」
そう言うマリーに、クリストファーは首を振った。
「いいや、先ほどのマリーの父上の話を聞いて痛感した。彼は私にとって『起こり得た自分の未来』だ。
彼の話を聞いて正直恐ろしくなったよ。私も一歩間違えていれば彼と同じ道を辿っただろう。
マリー、私はもう間違えたくない。正直に君に向き合いたい。
どうか私の謝罪を受け入れてくれ」
王太子という、全く別世界の天上人のような人が、実直に真摯な言葉で謝罪してくる事にマリーは驚いた。
宰相の息子として会った時も、不器用そうだが真面目で正直な印象だった。
嘘をついてしまった事、嘘をつかなければならなかった彼の葛藤を思うと逆に申し訳ないような気持ちになる。
謝る必要などないと思うのだが、これは彼なりのケジメなのだろうとマリーは納得しクリストファーに向き合って言う。
「わかりました。だからもう全て過去のこととして水に流しましょう?そして一から始めませんか?私達の関係を」
私達の関係と言われてクリストファーは一気に顔を赤くした。モダモダ変な動きをしながらマリーに言う。
「関係を…関係を始めていいのか?いや…しかし…しかしだな…」
「はい、殿下にそのような事不敬かもしれませんが、殿下が私のような者にも誠実に謝ってくださる姿をみて、私はそうしたいと思いました。
もちろん失礼なのは承知の上です」
「し、失礼など!…っでも私は…王太子で…色々障害が…でもマリーがそう言ってくれるのに断るなど!どうして私に出来ようか!」
クリストファーはたまらずマリーの手を取る。するとマリーは満面の笑みを浮かべてこう言った。
「良かった!じゃあ私たちは今日から友達です!」
「ああ!…んん?トモダチ?」
「はい友達」
「ともだち」
トモダチ…トモダチ…と呟くクリストファーにやや不思議そうな顔をしながらもクリストファーに握られている手を握手の形に握りなおしブンブン上下に振る。
周りをみれば男達が皆ソッポを向いてプルプルしている。エマだけが呆れたようにマリーを見ていた。
「…これだから『残念美人』て言われるのよ…」
ボソッと呟いたエマの一言に、うっかり聴こえてしまったノアがついに膝から崩れ落ちた。
クリストファーは、しばらく呆然としていたが、ノアが息も絶え絶えに笑ってるのを見てムッと怒った顔になった。そしてふとマリーを見てこんな事を言い出した。
「なあマリー、友達ならハグしていいんだったな?」
「はい、そうですね」
マリーがそう言うのを聞くと、クリストファーはガバッとマリーをその腕に抱きしめた。
マリーはちょっと驚いたが、すぐに笑ってクリストファーの背中をポンポンと叩く。
その光景を見たノアが我にかえる。
「あっちょっと殿下なにしてんですか!」
「何って、マリーとは友達になったからな。親愛のハグだ」
してやったり、という小憎らしい顔をしてクリストファーが答える。
「屁理屈こねてないで、いい加減仕事に戻りますよ!…長くないですか?!もういんじゃないですか?!」
いつまでたってもマリーを放さないクリストファーをノアと影がひっぺがした。
「はあ…もう仕事に戻らねばいけない。マリー、また来るから」
名残惜しそうなクリストファーを引きずるようにしてノアと影は帰って行った。
エドとサム、アーロンとイーサンもそれぞれお見舞いの品を置いて部屋を後にした。
ようやくマリーとエマだけの静かな空間に戻ると、二人とも一気に疲れが襲ってきてベッドに倒れこむ。
「…これから、どうする?マリー」
ベッドに並んで横たわりながらエマが聞く。
「どっちにしろ、家には戻れないわ。お父様とはやっぱり親子じゃなかったみたいだしね。私の出自がいつかフレディの障害になってもいけないし。
もう家名は捨てて生きていく」
「…そっか」
エマはそれ以上尋ねず、マリーを抱き寄せる。
マリーもエマの胸に額を寄せ、そのまま目を瞑る。
明日の事は明日に考えようーーー。
こうして、人生最大の修羅場を乗り越えたマリーとエマは、そのまま泥のように眠ってしまった。
ついにハグできたね、よかったよかった。




