26
マリーパパの気持ち悪さに耐えきれず本日2回目の更新でございます。
ようやくパパ回終了です!
マリーの父、オズワルドの独白が終わっても、エマは一言も発する事ができなかった。
マリーを見ると呆然とした表情で父親を見上げている。
誰の相槌もないまま、オズワルドは一方的に喋り続ける。
「…だからこの代理母の話は僕にとって渡りに船だったねえ。王宮ならおいそれと逃げ出せないだろうし、女嫌いと有名な殿下が君に惚れるとも思えなかったしね。
モノのように扱われて、清廉な君がどこまで堕ちるか見ものだなと思って楽しみにしてたんだけどね…」
オズワルドはマリーを見てイラついたように舌打ちした。
「だけど、どうして君は綺麗なままなんだ?何故穢れないんだ?
挙句僕の元から逃げようとしていただろう?君だけは僕に従順かと思っていたのにとんだ裏切りだよ」
そう言ってオズワルドはマリーの手をギリギリと締め上げて、彼女の顔が苦痛に歪むのを見て笑った。
エマは冷水を浴びたかのように身体が震えて動く事が出来ない。
それほどまでにマリーの父、オズワルドの告白は強烈だった。
これは…この男のマリーへの思いは憎しみとか復讐とかで語れない。
これは狂気だ。
今まで、マリーに利用価値が無くなれば打算的にみえるこの男はマリーをお払い箱にするかと思っていた。
だが、この偏執狂はマリーが逃げればどこまでも追ってくるだろう。
じゃあ一生マリーはこの男に苛まれ続けるのか?
絶望感に包まれたエマの心にふと悪魔が囁く。
ーーーー殺そう。
そうするしかない。それしか解決法は無い。
そうしなければ、マリーは一生幸せになんかなれない。もうこの妄執を終わらせるには殺すしかない。
そう決意すると、不思議と身体の震えが止まった。頭の芯がすうっと冷えていくのが分かる。
テーブルにはおあつらえ向きにナイフがある。マリーの昼食にでた果物を切るために用意されたものだ。
エマは、驚くほど冷静に『出来る』と思った。
マリーを見ると未だ一言も発さず、顔を歪めているだけだ。
オズワルドは全てを告白してタガが外れたのか、かろうじてあった父親の仮面が剥がれて、熱っぽい眼差しでマリーを見ている。
「ああ…マーガレット…早く君になればいいのに…」
オズワルドはエマに背を向けている。やるなら今ーーーと思った瞬間。
「おとうさまきもちわるい」
「えっ」
「えっ」
マリーが何かオズワルドに向かって言った。
エマもだが、言われた本人のオズワルドも理解が追いつかないようで聞き返している。
「えっ?君いま何て言った?」
「えっ?だからお父様気持ち悪いです。何を言ってるのか全然分からないです。私がお母様とかもう意味がわかりません」
「…んんっ?いやそりゃそうなんだけど…いやそうじゃなくて、君がマーガレットになったらいいなあって…ん?あれ?」
マリーが心底訳がわからないという顔で嫌そうにオズワルドを見ている。
気持ち悪いと、至極真っ当な非難をされたオズワルドは若干混乱した様子でいたが、気を取り直してマリーに反撃する。
「き…君さあ!僕に向かってそんな口きいていいと思ってるのか?!君は僕の所有物なんだ!僕に逆らうな!」
そう言われて、マリーは困惑気味に、そして嫌そうに身体をややオズワルドから遠ざけながら謝った。
「いや逆らうとかでなく…意味がわからないし、お父様がなんだかあまりにも気持ち悪かったんでつい…お気に障ったのなら謝ります。すみませんでした」
心のこもらない謝罪を受けたオズワルドは二の句が継げないようで口をパクパクさせている。
そんな父を見てマリーは困ったように言う。
「…恐らくお父様は私がお嫌いなんでしょうけど、今のままの私を大切に思ってくれる人も居るんです。
お父様は私にもっと悪い人になって欲しいん…ですよね?
以前の私ならお父様の言う通りに悪事に手を染めたかもしれません。
でももう私はお父様だけのモノではありません。
私の命を救ってくれた人が沢山居るんです。私が自分自身を蔑ろにしたら、その人達に顔向けが出来なくなります。
ーーーだからもうお父様の言いなりにはなりません」
やや見当違いながらも、マリーはキッパリとオズワルドに拒否の意思を示した。今まで彼女が父に逆らった事など無かったので、これが生まれて初めての拒絶だった。
マリーの言葉を受けて、オズワルドはヘナヘナと座り込んだ。マリーを見上げて何度も瞬きをし、夢から覚めたばかりのような顔をしていた。
「なんだ…君は…きっと、何をしても穢れないんだな…僕だけが、こんなの、バカみたいじゃないか…」
ハハハ…と乾いた笑いをするオズワルドを見て、エマもようやく正気にかえった。とりあえずナイフは置いてオズワルドに話しかける。
「多分…なんていうか旦那様の負けです。もうマリーの事は諦めてください。恐らく旦那様が思い描くようには絶対にならないと思います」
オズワルドはエマを見て複雑そうな顔をした。
ふと見ると、ドアの入り口に男達がひしめいていた。
お見舞いに来たエドとサム、お花を持っているアーロンとイーサン。影と名乗った隠密の男。その一番後ろにはノアと、今まで一度も訪れたことの無いクリストファーまでが立っていた。
どこから聞いていたのだろうか、皆一様に微妙な顔をしてこちらを見ている。きっとマリーを助けに来てくれたのだろう、だがなんだか変な展開に誰もが動けずにいたようだ。
ようやくノアが前に出てきてオズワルドに声をかける。
「あー…マリー殿の父、アディントン子爵とお見受けする。この館内には誰の許可を得て来ているのか?」
オズワルドは先程とは違い、スッキリした顔で答える。
「ああ、不法侵入です。処罰は覚悟の上です」
「認めるのか。では処罰が決まるまで投獄する事となる。おい、誰か連れて行け」
それを聞いたマリーが飛び上がって叫んだ。
「処罰?!投獄ですか?!どどどどうしよう!家にはまだ小さいフレディがいるんです!
お父様!謝って!早く謝って!まずは謝ってなんとか恩赦を頂きましょう!」
慌てふためいて床にひれ伏そうとするマリーを皆が必死で止めた。
「マリーちゃん!大丈夫だ!きっと殿下はマリーちゃんの悪いようにはしないよ」
「そうだよう、弟くんの事を第一に、良い采配をしてくださるよう」
大の男どもがワタワタと寄ってたかってマリーを慰めている光景をオズワルドはぼんやりと見ていた。
「…エマ」
「なんですか旦那様」
「お前の言う通り、僕の負けだ。アレはマーガレットなんかになれない。いやむしろ無自覚な分もっと悪い」
「否定しません旦那様」
オズワルドは、憑き物が落ちたようにこれまでの妄執から解放されていた。
完全に毒気を抜かれた様子のオズワルドを見て、エマは安堵を覚えた。
かく言うエマでさえも、先程この男を殺してやろうと本気で思っていた。
それをマリーは無自覚に全て吹き飛ばしたのだ。
自分の中にもあんな狂気があったのかとエマは今更ながら恐ろしくなった。あの政務官の男はこれを危惧していたのか?
チラリとドアの方にいるノアを見る。呆れたような顔で見返されエマは悔しくてプイッとソッポを向いた。
マリーを見ると、いつも通り清廉で、どこか抜けてて、愛してやまない彼女の笑顔がそこにあった。
「…げに恐ろしきは天然か?てことかしらね」
エマのその呟きは、皆の喧騒にかき消されて誰の耳にも届くことは無かった。
頭が冷えたマリーパパは、先程自分史を妄想たっぷりに語ってしまった事を後悔し牢屋で羞恥に悶え苦しむ事となります(かもしれない)




