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ウサギパイは、ピーターラビットのお父さんがなったアレです。の巻
あれから訓練生の男は、交代要員に加わったらしく、時々昼の護衛と夜の護衛に不定期に加わるようになった。
元々四人だけで二交代なのは無理があったのだろうと思ったマリーは、これからしょっちゅう顔を合わせる事になるであろう訓練生と打ち解けたいと思い、時々話しかけてるがあまり返事を返してもらえないでいる。
だが食事は気に入ってもらえたらしく、口数少ないものの『美味い』や『ありがとう』と言った言葉を聞かせてくれる。
今日は夜間のサムと交代したようで、エドと二人で警備に当たっている。
小屋の煙突から煙と美味しそうな匂いが立ち上る頃、マリーが二人を呼ぶ声がした。
エドと訓練生が小屋へ行くと、テーブルにはいつもより豪華な食事が並んでいた。
「あれー?今日はなんかいつもと違うじゃねえか。どうしたんだい?」
「ふふふふ。昼間アーロンさんが差し入れに卵とバターをくれたんですよう。なので今日はキッシュを焼いてみました」
大きなタルト皿で焼きあがったキツネ色の美しいキッシュからバターの香りが立ち上りとても美味しそうだ。
サク、サクと良い音を立ててキッシュは切り分けられ皆に配られる。ギッシリと詰まった色とりどりの野菜が見た目にも美しく、皿を受け取った訓練生が喉をごくりと鳴らした。
「かぼちゃのスープも美味しくできたの。はい、いただきまーす」
しばし無言で皆食べ進める。
「……」
「……」
「美味しい!やっぱりバターと卵あると作れるもの増えていいね」
「そうなのよね。牛は無理でも、めんどりくらい飼えないかしら」
「マリーちゃん達はここに永住する気かい?いやホントうめえなあ。いつもこんな美味いもん食ってると口が奢っちまうよ」
「…すげえ美味いです」
「野菜のキッシュもいいけど、ほんとはウサギパイにしたかったのに。マリーが無理っていうから」
「「ウサギパイ???」」
「罠しかけてウサギ捕まえようとしたら、マリーが全力で止めるから。ミートパイのほうが美味しいのに」
「エマさあん!ウサギは…ウサギは無理!」
「へー。マリーはベーコンは食べるのにウサギは無理なんだ?へーえ?」
「ううう、ウサギの目がフレディそっくりなんだもの…可愛い弟は食べられないわ…」
「エマちゃん…あんまマリーちゃんイジメて遊ぶんじゃないよ…」
「だってすごい嫌がるから面白くってつい」
「……」
そんな冗談を言い合いながら、美味しい食事にみんなで幸せな気分になったところでエドが懐からワインを取り出してきた。
「一杯だけ飲もうや。美味いメシには酒がないと」
「エドさん仕事してください。酔っ払って護衛が出来るんですか?」
訓練生の男が止めるが、固い事いうなよ〜と言ってエドはもうコルクを開けている。
結局みんなで飲み始めたところで、訓練生が小さな声でマリーに話しかけた。
「…マリーさんは本気で殿下の子を産むつもりですか?」
今まで訓練生自ら話しかけてくる事がなかったので、いきなりの質問にマリーは少々面食らった。
「えっまあその予定で来たんだけどね。殿下に会わないから産めないんだけれどね」
「じゃあ殿下の御渡りがあったら受け入れるんですか?それで子どもが出来たら産み捨てて家に帰るんですか?」
訓練生の剣呑な物の言い方に皆に動揺が走る。
「ちょっと訓練生くん、なにが言いたいのよ」
今までにない雰囲気の訓練生に危険を覚えたエマが立ち上がって言った。
「そんなつもりじゃないけど…母とは名乗るなとの契約で来てるのよ?たとえ産みの親でも側に居られないわ」
戸惑いながらもマリーが答える。未だに子どもを授かるような行為すらしていなかったので、子どもの事まであまり考えた事がなかった。
「エドさん達から聞きましたけど、マリーさんの父上はマリーさんが我が子じゃないかもしれないからって貴女に辛く当たるんですよね?
同じ事が我が子に起きると思わないんですか?
姫が望んだとは言え、自分の産んだ子じゃない子どもを姫がどう扱うか考えた事なかったんですか?」
マリーは返事も出来ない。
望まれた子でしかも次の王太子とあれば大切にされるとしか思わなかった。思ってもみなかった指摘に考えがまとまらない。
「訓練生くんもう止めて。その父親のせいでマリーには選択肢が無いのよ。マリーを責めるような事言わないで。
そういうのは宰相や殿下に言いなさいよ!こちらの弱みにつけ込んで人買いみたいな真似をしたのはアイツらよ?!」
殴りかからんばかりの勢いで訓練生に摑みかかるエマをエドが止める。
「すまん!エマちゃん!この話はもう終わりだ!…お前言い過ぎだ。ホラ仕事に戻るぞ。
マリーちゃんエマちゃん、ごめんな」
エドは訓練生を引きずるようにして出て行った。
残されたエマとマリーは沈黙したまま動こうとしない。
ようやく立ち上がったエマがマリーに声をかけた。
「ね…今日は私が沸かしてあげるから、お風呂はいろう?」
マリーの返事を待たずエマは部屋を出て行く。
無言のマリーを促して二人でお風呂に入る。何も言わないマリーを急かすような事はせず、エマも黙ったまま湯に浸かった。
「……私ね」
マリーがお湯を見つめたままポツリと呟く。
「自分の幸せの為に、どんな手を使っても誰かを傷つける事になっても構わないって…決意してここへ来たけど…子どもの事まで考えてなかった…」
それを聞いてエマは苦しそうな顔をした。
「マリーは悪くないわ。私がそうしろって言ったのよ。子どもは王族になるのよ?幸せに決まってるじゃない。マリーが心配する事じゃないわ」
そもそも殿下の御渡りもないんだし考えてもしょうがないわ、とワザとおどけたようにエマは言った。
「そう、そうなんだけど…そうじゃないかも知れない。今まで考えてこなかった。子どもが…辛い思いをするかもなんて。その可能性を考えもせず子どもを産もうだなんて馬鹿だった…」
「じゃあどうする気?今のところ予定はないけど、いざ殿下が来たら無理ですって言うの?不敬罪で投獄ね。それともアンタの父親が言ったサディスト伯爵の縁談でも受ける?死にに行くようなものだけど」
あえてマリーを挑発するような言い方をするエマ。
マリーは顔をくしゃりと歪めて泣きながら言う。
「エマ…私どうしたらいい?ねえ…」
それに対する答えをエマは持っていない。
エマもまた涙を流してマリーを抱きしめる。
嗚咽でマリーの肩が震え、湯がパシャパシャと跳ねた。
「ごめん…私のせいだから…私の…」
その夜、暗い静かな森に彼女達の泣き声がいつまでも響いていた。
お風呂で泣くとのぼせます。




