夢のつづき…
たった数秒の出来事で道は大きく分かれる。
遠くで蝉の鳴き声がする。
オレンジ色の風が心地よい。
放課後の教室、誰もいなくなったこの空間が学校の中で一番好きだった。
『どうしてあなたはお姉ちゃんと違ってこんなにできが悪いの?』
頭の中でキィキィ声のお母さんの声がよぎる。
毎日毎日同じことばかり言ってて飽きないのかな?
あれだけ怒って血糖値上がって倒れても私は面倒見ないからね。
『ミサ、来週の日曜空いてる?』
級友のユイナの声。
休日、家にいたくない、けど、彼女と出掛けるのも気を遣う。
彼女とは高校に入ってからの付き合いだ。
出席番号が近い私たちは前後の席だったので、そこから話すようになった。
元々人付き合いがあまり得意じゃない私は基本一人でいるのが好きだから、自分から友達を作りに行くような人間じゃない。
だからかな?
これまで親友と思った友達は一人もいない。
昼間の学校は好きではないけど、誰もいない教室は好きだ。
家にいるよりもずっとずっと居心地がいい。
ガラっと教室のドアの開く音がした。
「あれ?椎名じゃん?何してんの?」
入ってきたのは、私の苦手なタイプの立花光洋だった。
クラスの中心人物、サッカー部のエース、成績上位、イケメン…。
できすぎでしょ?
何の悩みも無いと思われるこの男が好きではなかった。
「…別に。あなたは忘れ物?」
「そそ、明日までに提出する英語の課題を…」
ガタゴトと自分の机をあさりだし。
「で、何してんの?」
レポートを手に私の隣に座った。
「別に」
「ふぅん、さっきLINEの天気予報で雷雨が来るらしいよ、早く帰った方がいいんじゃないかな?」
キラキラな大きな栗色の瞳。
これは人気がある訳だ。
私には関係ないことだけど。
「情報ありがとう」
せっかくの空間が台無し。
イスから立ちあがり、カバンを持ったその時。
「ねぇ、椎名、オレと付き合わない?」
同じく立ち上がった立花が私の目を真っ直ぐに見る。
「は?何言ってんの?」
立花の右手が頬を掠り、背後のロッカーに勢いよく触れる。
不覚にもときめいてしまってる自分がいた。
「帰るからどいて」
精一杯の言葉。
「やだ」
立花の第一第二ボタンの空いてるポロシャツにドキドキが止まらない。
そんな私の気持ち見透かされていたのか、彼はニコッと笑みを見せてから突然のキス。
え?え?えーーーーーーーーー!
「彼氏候補の契約」
何?何が起こったの?
蝉の鳴き声がすぐ近くで聞こえる。
「また明日な」
ずるい、私だけこんなに胸がドキドキしてんのに、何であんな涼し気な顔で帰ってくの?
私、バカなの?
つい数分まであいつのこと好きじゃなかったじゃない?
遠くで雷の音が聞こえた。