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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔導書からの贈り物は?

作者: 堕罪 勝愚

 ☂プロローグ☂


 二〇三一年。人間の肉体が突如、怪物と化す現象が起こった。怪物は他の人間を食し、非常に危険視されていた。同時に人間の中で特殊能力に目覚めるものも現れる。

 怪物は銃火器でも充分殺処分できるのだが、能力無しでは犠牲者が多く現れるので効率が悪い。

 能力を得た者の殆どは正義感に溢れ、怪物の手から人々を守ることに精を尽くしている。彼らは能力を手に入れたきっかけについて口を揃えてこういった。


「目の前に本が現れ、欲しいものを尋ねてきた」


 と。

 本が能力を与えたということもあり、それを差出人と言う対訳の英単語から「sender(センダー)」。能力者を受取人「recipient(レシピエント)」と名付けている。センダーは魔導書とも呼ばれている。

 人々は約五年間。化物と戦い続け、ようやく決着が突いた。後にそれは魔導書戦争と歴史に名を刻んだ。



 ☎序章☎


 戦争が終結してから三年の月日が経った二〇三九年。あるテレビ局が占拠された。犯人はレシピエントと考えられており、二時間経った今、生存者は不明とのこと。


『あーあー』


 テレビに映されたのはパーカーを着てフードで顔を隠した男。


『今から日本人を七〇〇〇人殺します』


 と彼は手に持っていた日本刀の柄と鞘を何回か叩きつけてカチカチと音を鳴らしながら言う。

 それを観た一人の男性は妻子と四人で夕食を摂っていたのにも関わらず、突然立ち上がり、スーツに着替えた。


「お父さん、どうしたの?」


 妻と見受けられるエプロン姿の女性は男性に近づき、問いかける。


「ゴメンなお母さん。少し、仕事に行ってくる。秋夜しゅうや心露こころもゴメンな」


 高校生の息子も、小学生の娘もことの重大性を、少なからずわかっていた。


「お父さん、帰ったら、ギターを教えてくれよ」


 秋夜と呼ばれた少年は笑顔で父へと伝えた。男性は私服警官で、夕食中に呼び出されることが少なくない。だからというわけか、彼ら三人は父の帰りを待っていた。

 彼の名前は柳場英夫。今年で四八歳になったばかりだ。少年課に努めており、戦時中は未成年のレシピエントと対話を続けており、かなり尊敬されている。今の時代、怪物化する人間がいなくなったせいで、能力者は忌み嫌われている。彼がいるおかげで少しは軽減しているのだと言うが…。


「小村くん。どうして君が…」


 走りながら柳場は悔やんでいた。小室篤司という青年は三年前、魔導書戦争にピリオドを打った張本人なのだ。それが今、テレビ局を占拠する悪人と化している。

 柳場の携帯電話が通話の音楽を鳴らす。


「もしもし」


『柳場。今すぐヤマテレの局に向かってほしい』


 電話の先に聞こえたのは彼の上司の声。柳場は向かっている事を伝えた。

 その脚でテレビ局に着くとたくさんの報道陣、野次馬が取り囲んでいる。柳場はそれらを掻き分けて入り口に近づき、警察手帳を見せて先行する。


「あの、今回は俺一人に行かせてもらってもいいですか?」


 先程電話で会話をした男性に単刀直入に事を伝える。


「どうして?」


「俺、犯人と面識があるんです」


 すると彼の上司は渋々頷く。


「柳場。俺はお前を呼んだが、お前はこの現場に来なかった。いいな?」


「わかりました」


 散々人目に付いた彼を止めなかったのは、彼の信頼度がかなり高いからである。それは上司にも部下にも、日本中にいるレシピエントにとっても…。

 局内は静かだった。柳場は詳しい場所が分からないが、刑事の勘を使い、その場を虱潰しに当たっている。


「お久しぶりですね。柳場さん」


 男性の声が聞こえたと思えば、柳場の目の前に、フードをかぶったレシピエントが立っていた。恰もその場に居たかのような振る舞いに一瞬、柳場の心拍は高まる。


「俺の事、覚えているから一人で乗り込んだんですよね?」


 彼はフードを脱ぎながらその幼気な顔を覗かせる。


「小村くん。久しぶりだな」


「俺もあなたも有名人ですからね。一度しか合わなくても名前と顔は散々見合っているでしょう」


 一度しか会ったことがない彼に対して、柳場は少し違和感があった。魔導書戦争の終盤に出会った二人だが、彼の口調の何処かが昔と違う。


「以前会ったとき、君は自分のことを、僕と言っていなかったか?」


 一人称の変化。そこに気づいたのは彼の洞察力と、印象深さである。初めて彼らが出会った時、少年だった青年、小村は泣きじゃくり、僕が、僕がと騒いでいたのだ。インパクトが強く、柳場の記憶にくっきりと残ってていたのだろう。


「刑事って、皆核心は遠ざけて話しを進めますよね?」


 小村の言葉に、少し動揺を見せた。


「いきなり斬りかかったりしないんで、俺に質問攻めをして下さい?」


「――じゃあ、お言葉に甘えようかな?」


 柳場の返答が終わると、小村は回れ右をして歩き始めた。


「立ち話も難なんで、応接室にでも行きましょう?」


 その言葉に逆らえない柳場はついていってしまった。

 向かい合って座る彼ら。小村の方は椅子に背中を乗せて寛いだ姿勢を見せる。


「どうぞ?」


「刑事部の方で、責任感が強いと話題だった君が、どうして人の命を奪おうとするんだ?」


「“昔の俺”とそっくりだ。同族嫌悪で殺してしまいそうです」


 彼はにやりと笑う。


「“昔の俺”の話をしましょう。俺が能力を手に入れた切欠を」


 小村の言葉に柳場は頷いた。



 ♪回想♪


 あれは、今から六年前になりますかね?俺が中学三年の頃、卒業式前だったように思えます。俺の両親は唐突にバケモノになりました。過去のことなんで、少し淡々と言っていますが、前後が思い出せないんですよね。で、両親が俺を殺そうとした時、目の前に赤いい一冊の、百科事典のような本が現れた…いや、見えたんです。周りの景色がぼやけていたんで、夢のように感じられます。その本は俺に問いかけました。


『何がほしい?』


 ってね。俺はそれに対して身勝手に、


「自分を守る力が欲しい」


 と答えたんです。多分…拡大解釈ですが、俺は潜在的に両親が戻らない事がわかっていたんでしょうね。

 本は俺の胸へと突っ込んできました。貫通しましたよ。すると俺は両親を供物にしたバケモノの動きが止まって見えました。その時からバケモノをハンティングしていたって?いいえしていません。逃げました。ただひたすらに。その時に与えられたのが鉄を自在に操作する能力です。その能力は俺が悲哀や苦難などのマイナスな感情を得た時、より強く発動します。普段は体内にある鉄分を操作して身体能力を極限まで引き出せるんですよ。

 おっと、脱線しましたね。失敬失敬。両親の動く死体はとある女性に依って二度と動かないものとされました。女性は俺に剣術を教えた師匠のような人です。その女性は泣きじゃくる俺に対して、冷たく問いました。


「君はこの怪物の子供か?」


 惰性で話している様に聞こえる言葉に俺は否定しました。


「僕のお父さんとお母さんはバケモノに体を奪われて死にました」


 そう答えると、女性は俺に骨人鬼と言う名の日本刀をくれました。

 ん?どうして俺に渡したのかって?理由は二つあります。

 一つ目は、俺の能力と鉄で出来た骨人鬼は、師匠である彼女の能力よりも相性がいいから。

 二つ目は、彼女の能力の代償がテロメアを短くするものだったんです。簡潔に言うなら、自分の寿命を縮めて人類を救っていたんです。



 ――


「その女性の能力は?」


 柳場は彼の話の間に質問をした。


「詳しくは判りません。恐らく、身体能力を著しく上昇させるものだと思います」


 小村は椅子に座る体制を戻し、少し前かがみになる。


「君と、その師匠となる女性はクーフーリンとスカアハのようだな」


「ケルト神話ですね。骨人鬼はゲイボルグですか」



 ――


 彼女からは剣術意外にも色々な事を教わりました。レシピエントとか、魔導書とか、対怪物組織、オリュンポスとか。


「今のところ、能力は大きく分けて二種類存在する。と言っても一方が通常で、もう一方は例外だ」


 女性は俺に知識を吹き込む時は決まって運転中で俺は助手席に座っていましたね。


「一般型は能力に発動条件が備わっているものだ。君の場合は危機感が主だな。それを強く感じることで力が左右する」


「あの時、自分を守る力が欲しいって答えたからですか?」


「かもな。願った物に依って条件が変わってくる。そして、もう一つだが、簡単にまとめると等価交換だな。使いたい分の力を受け取り、その分の対価を払う。私の場合は寿命を支払っているんだ」


 彼女の言葉はどこか淡々としている様に感じ取れました。もう、自分が死ぬことを諦めていたのかって思ったんですが、どうやら違うみたいです。ただ、彼女は普段から感情を表に出さないだけでした。


「僕に骨人鬼を渡したのは、後継者が欲しかったからですか?」


「そうだ。ただ、勘違いはしないでくれ。これ以上寿命を縮めたくないだけだ」


「あ、そういうことですか」


「気に食わないか?」


「いいえ。この力が、自分のためだけでなく、誰かの役に立てるなら本望です」


 今思い出しても恥ずかしい言葉です。でも、当時は本気でそう思っていましたし、今でも、誰かの役に立てたいという思いは揺らぎません。


「私が魔導書に欲したものは復讐できるだけの力だ。その時魔導書は『何を犠牲にしてでも?』と聞き返して来た。軽率な私は肯定したよ」


 この言葉を思い出すたび、後悔が一緒に蘇ります。今ならもっとマシな物を要求したのではないかと。いや、違うかも。俺達人間は欲深い生き物だ。一つの願いが叶っても、また一つ、また一つと、願いが増えていく。魔導書はそんな人間を好むんです。やつは差出人、センダーではなく、merchant(マーチャント)、商人ですから…。

 また脱線しましたね。すみません。回想を続けます。


「私に比べれば、君は懸命だよ。自分を守る力、人間の中にそれすら持たない者もいる。君は必要最低限のものを手に入れたんだ」


 俺と彼女が車で向かっていた場所は埼玉県で、確か最寄駅が大宮だったかな?付近の高校の先生が怪物化したんです。当時は怪物化ではなく、『堕ちた』とか『食われた』という伏せ字を使っていました。

 学校の前に車を止め、俺と師匠…師匠を今はスカアハと呼ぶことにします。前文の通り、彼女は能力を使うことを嫌がっていたので、茶色の猟銃、彼女はボルトちゃんと呼んでいましたが、恐らくボルトアクションライフルを持っていたと思います。


「君の能力は追い詰めれば強くなるというものだ。私は安全な位置にいるから、君は危険な場所へと足を運んでくれ」


 言い方は身勝手でしたが、俺のことを考えていてくれた言葉でした。

 そこは私立高校ということも有り、大きな門が構えられていました。俺はそれをよじ登って飛び越え、学校の中へと入っていきます。

 先生は生徒を誘導しながら避難していくのが見え、俺はその蛇行していく生徒たちを逆らい、校内に入りました。

 暫く散策して、一般教室を二つつなげたような特別実習室を見つけました。異様な空気感が漂い始め、その時俺は思ったんです。此処に行ったら命の保証は出来ないって。何かに話しかけられたように感じました。俺は振るえる脚を抑え、前に進み、扉の窓を覗き見ました。

 一瞬、狼の頭が見えたんです。それが俺と目が合う瞬間、鉄砲玉のように突っ込んできました。俺は咄嗟に後ろへ跳んだんです。すると扉がこっちへと向かってくるものだから鞘に収まった骨人鬼の両端を持って扉を抑えました。

 恐怖に陥っていた俺は精神的には最悪の状態ですが、能力的には最高の状態で超人な肉体を得ることができたんです。扉を受け止め、弾き返すことができました。すると狼の頭をした怪物は天井へと登ったんです。その時はなんで登れたのか疑問にすら思いませんでしたが、どうやら敵の手足は猿の様に五本指になっていたようなんです。

 俺は上空から殴られ、それがこめかみに当たり廊下の端まで吹き飛ばされました。すごい威力でしたよ、廊下の端から端で、しかも俺の頭が当たった壁が砕けるくらいなんですから。

 石頭?ああ、確かにそうかもしれませんね。能力に依って強化された俺の肉体、皮膚は鉄のように強化されています。コンクリート程度なら軽く破壊できるます。と言っても、脳震盪で立ち上がれませんでした。

 俺に向けて敵は走り寄ってきました。じわじわと恐怖が詰め寄ってくるんです。俺は戦わなきゃ、と焦ったんです。すると自然と脳震盪が収まり、俺は骨人鬼を抜刀し、鞘を手から離しました。俺は敵に真っ向から向かい、重なる位置にたどり着き、俺はそれを飛び越え、その際に斬撃を加えて背中に切り口を付けたんです。

 真っ赤な血飛沫が吹き荒れ、敵は床に突っ伏しました。血液にも鉄分は含まれています。その時、それをわかっていたのかは覚えていませんが、俺はその血を操り、敵の動きを止めました。それをやった瞬間、俺は目眩がして壁に全体重を乗せました。


「大丈夫か?」


 初めは誰なのか判りませんでしたが、スカアハが俺を支えてくれて、とどめを刺しました。


「一撃喰らいましたが、平気です」


「見ていた。怪我はないみたいだな」


「はい、能力に助けられました」



 ――


「彼女をスカアハと呼んでいるが、実際の名前はなんだ?」

 柳場の質問に小村は上を向いた。

「覚えていません」

 その冷たい言動に、柳場は首を傾げる。



 ――


 スカアハとマンツーマンで怪物を狩っていた俺はろくに中学校にも言っていなかったので、俺は高校進学を断念しました。


「君に話しておきたい事がある」


 彼女は運転をしながら言います。


「私はもうすぐ対価を払い終わる」


 一瞬、良い意味に思えました。俺が名前を覚えていないんだから、それがいい意味なわけ無いですよね。スカアハは所持金がそこを尽きたと話しているんです。

 テロメアというのは遺伝子の染色体に付いたキャップとウィキペディアには書いています。それは細胞分裂をするたびに短くなり、それが無くなると、最終的に死に至ります。彼女の場合、能力を使用すれば使用するほど短くなる。

 そう。もうテロメアが残りわずかだった…と俺は解釈しています。


「もし、そうなったら。君は正式にオリュンポスに入隊する手続きを踏みなさい」


「僕って隊員じゃないんですか?」


「私の眼が黒いうちは…高校に入学させて、親みたいな生活を送りたいと思っていたんだけどね…」


 その時に把握したんです。能力を使おうが使わまいが、寿命が来ているんだと。


「それが私の出す最後の願いだよ。でも、私が死んだら、親権者がいなくなり、君は高校に入学するのが困難になる…」


 スカアハは俺の為に涙を流しました。いつもは感情が表に出ない彼女が泣いていたんです。俺はその時、胸が締め付けられました。


「もう一度、魔導書に欲したい。寿命が欲しいと」


 なんでスカアハが泣いていたのか、当時からずっと考えています。でも、わからない上に知る術がないんです。まぁ、後にお話しますね。彼女と向かった場所はスクランブル交差点。そこにいた人が怪物になったんです。俺達が到着するまで、暴れまわって3人のレシピエントを既に殺していたのです。


「どうせ死ぬなら、やつも道連れた」


 出来ればあの時、生き残りたいという言葉が欲しかった。

 現場ではライオン頭の敵が空を飛んで建物を壊して回っていたんです。やつが飛行していたのは脇に蝙蝠の皮膜、臀部には孔雀くじゃくのような尾翼が生えていたんです。俺はいち早く車からでて刀の鞘を捨ててから走り出し敵へと跳び上がりました。しかし、敵は俺には見向きもせずに、車へと突撃して、後ろ足で蹴り上げました。フロントガラスが割れ、そのまま車は後転して行きます。俺は急いで戻り、スカアハの名前を叫び、近づきました。


「あいつを倒す力をくれ…」


 スカアハの言葉は俺へ言ったものではありませんでした。じゃあ、誰に…そう、魔導書に。


「私の命をあげよう」


「何言っているんですか  さん!生きたいって、僕と一緒にいたいって願って下さい!寿命が欲しいって、言って下さい!」


 俺はまた泣きました。彼女の耳には俺の声なんて届いていません。


「短い寿命は要らないって言うのか?」


「  さん!」


「じゃあ、私の記憶でどうだ?死んでからは記憶なんて要らないだろう?」


「  さん!生きるって言って下さい!」


 彼女の両手は黒い翼になり、俺の身体から外れ、飛び立ちました。飛行機の様に舞う彼女は、獅子蝙蝠を圧倒的に追い詰め、最終的には地面に叩きつけました。ゆったりと降りたスカアハはバタリと倒れました。


「あ…。えっと…」


 その時点ではスカアハの名前は覚えていませんでした。そう、彼女が捧げた記憶というのは全ての人間が持つ彼女の名前です。



 ――


 柳場は目を見開いて言う。彼は先まで小村を薄情者と思っていたのだが、これを聞いて驚いた。いきなり名前が浮かばなくなるという感覚に陥ったことのない彼にとっては想像もつかないくらい恐怖だろう。


「君は、その女性の名前を覚えていなかったのはそういうことが有ったからか」


「ええ。第一条件を失った為、家族構成や誰の仇を撃ちたかったのかわからないまま、推測すらできないんです」


 小村は骨人鬼と呼んだ刀を抜き刃を見る。


「骨人鬼、こいつが彼女の形見なんです。せめて。名前でも彫っていてくれれば嬉しいんですけどね」



 ――


 彼女が亡くなった事に依り、俺の高校進学への道は途絶えました。そして俺はオリュンポスに入隊します。

 同い年の人はたくさんいましたが、高校に通いながらの人が多かったんですよね。オリュンポス、有楽町の拠点は喫茶店【星座】でした。俺は野球のバットのケースに骨人鬼を入れて、五〇〇ccのオートバイで向かっていました。

 ある日…カレンダーは七月でしたし、相当熱気も有りましたね。高速道路で車を突き破って怪物が出てきたらしいです。そこに一人のレシピエントが応戦していたそうです。俺が向かうと、少女が右腕を抑えて走り回っていました。

 追いかけている怪物は人くらいの大きさの蛇の形をしていて、俺は跳ね上がった身体能力で接近し、口へと切り込みを入れます。


「大丈夫ですか?」


「ええ。すみません…」


 怪我をしているのは一目瞭然。後から聞いた話、腕を折っていたそうです。俺は刀で蛇の左目を潰しました。敵は痛がり藻掻くもんですから、剣が突き刺さった状態で放置してしまいました。俺は庇いながら戦う余裕も自身も実力もありませんでした。


「有楽町の拠点につれていきます。ヘルメットをかぶって下さい!」


 俺はその時付けていたヘルメットを脱いで彼女に渡し、ノーヘルでバイクに乗りました。彼女は跨いで俺の後ろへと乗ってくれました。


「すみません…」


 謝る彼女ですが、頭から血が出ていて、着いた時には意識がありませんでした。

 助かった要因はその時間帯に回復能力者にシフトが入っていたからです。

 俺は店員用の出入り口が無い為、ヘルメットを被って気絶したブレザーの彼女を背負って喫茶店の入り口から入ります。客からは驚かれましたが、すぐに休憩室のソファーに寝かせ、回復能力者の女性と、仕事を入れ替えました。


「すみません。治療が終わったら全ての能力者に現場に向かうよう伝えて下さい」


「取り逃がしたのね?」


 回復能力者の女性はチャットアプリのグループにそれを書き、伝えてくれました。俺がやらなかったのは携帯を持っていなかったからです。

 仕事に入り、お客さんが落ち着いた時間帯になると店長が俺に耳打ちをします。


「レシピエントの怪我人をここに連れてくるのはいい判断だったよ」


 てっきり怒られると思っていたのですが倒れた少女のことについて教えてくれました。


「あの子は今原海彩。付近の都立高校の二年生で、レシピエントになったのは今年になってから。オリュンポスに入ったのはゴールデンウィーク中らしい。君の後輩だ。もしもあの子がこのまま堕ち人と戦うようであれば君が一緒に行って上げなさい」


 堕ち人というのは怪物化した生物の呼び方でしたね。俺は呼んだことはありませんけど。

 俺はその時、二つ返事で答えましたよ。

 閉店時、休憩室へ行きました。


「今日は、助けていただきありがとうございました。もしもあなたがいなければ私は死んでいました」


 昼間助けた少女がソファーから立ち上がり、俺に礼を言ってくるのです。


「どういたしました。あの、今原さんはどうして一人で行ったんですか?」


 彼女が年上で、俺に敬語癖があるということで、俺は敬語で問いました。


「――私が能力者になり、オリュンポスに入隊した事を嫌がった母と喧嘩したんです。私だって強いんだって証明したかったんです」


「自分の娘が危険と隣り合わせになって心配しない親はいませんよ」


 それを行った時、彼女は涙を流しました。全く…戦時中って言うのは皆涙脆くなるんですかね?


「今原さん。それは意地ですよね。あなたのお母様は強くても安心しません」


 親を亡くした俺にとって、彼女の悩みは非常に贅沢に聞こえたせいで説教臭くなりました。でも、彼女には心に染みる熱い台詞になったと思います。


「帰って…母に謝ります」


「そうして下さい。家までお送りしますよ?」


 俺はヘルメットを渡して、彼女の案内で家まで運びました。



 ――


 柳場は目を細めた。


「君はオートバイに乗ったと言っているが、無免許だろう?」


「認められていましたよ。法律的に」


 小村は長財布を取り出し、そこから一枚のカードを柳場に渡した。それはブロンズレシピエントと書かれている。


「俺がオリュンポスに入ってから、二ヶ月、俺は一〇体の怪物を倒したんで、免許をもらったんです。日付が当時のものでしょう?」


「ああ。なるほど…法律では許されているな」



 ――


 その次の日、恐らく休日だった様に思えます。俺が昨日助けた少女が喫茶店に来てくれました。

 俺はその時シフトが入っていたのでカウンターで調理をしていました。ん?バイトをしていたって?はい、そうやって生計を立てていましたよ。基本的に食事は星座で済ませていましたからね。


「今原さん。いらっしゃいませ。今日はお客さんとして来てくださっていたんですね」


「はい。えっと、名前を伺ってもいいですか?」


 初めて彼女に名乗ったのはその時でしたね。


「小村篤司です。後、今原さんより一つ下なので敬語でなくていいですよ」


「え?だってバイクに乗って…」


「しー」


 俺は人差し指を立てて唇に近づけます。


「許可されているんですよ」


 他のお客さんに訊かれたくなかったので、彼女の口を塞いだんです。


「そうだったんだ…。じゃあ、小村君はタメ口でいいよ?」


 女の子と会話することが少なかった為、初な俺はその笑顔に手の甲を口で抑えて顔を隠しました。


「いえ、僕は店員ですので、お客様には丁寧な言葉遣いで向き合いますよ」


 そう返すと、彼女は負けじと言い返します。


「では私は後輩ですので敬語を使わせていただきます」


「今原さんって負けず嫌いなんですね」


 俺は皿を片付けながら言いました。何故か戦いでも無いのに、あの時の事をはっきり覚えています。

 俺は勤務が終わり、エプロンを脱いで彼女の隣に座ります。彼女とまだ話したかったし、顔を見たかった。恐らく当時、俺は今原海彩に惹かれていたのかもしれませんね。


「小村君。私、お母さんとちゃんと話した。だけどやっぱり認めてもらえなかった。でも、堕ち人から、人々を守りたい。だから…一緒に戦って欲しい!」


 彼女の申し出は結構嬉しかった。実力で選ばれたのだと思うと、非常に高揚しました。でも、俺は彼女を守れる程強くないし、スカアハの件もあり、誰かと一緒に戦いたくなかった。隣で死なれたら、自分がどうなるかわからなかったし、整理をつけられないだろうと思いました。

 ここで、俺は彼女に魔導書から受け取った能力を訊きました。正義感がトリガーとなって能力の距離が増えます。能力の内容は摩擦を増やすもの。例えば、彼女が能力を発動した時に俺が暴れると、俺は火達磨になります。


「正義感で人を守れたら…なんでレシピエントに被害者が出るんでしょうね?」


 俺は彼女に、自分が能力を手に入れた事を語りました。


「――ごめんなさい…」


 彼女の謝罪を聞いて、俺は少し反省しました。


「今原さんは、僕に守ってもらって自分の正義を達せられますか?今原さんは学生なんです。態々危険に足を踏み入れるような真似はしないで下さい」


 俺は彼女に、自分にはできないことをお願いしていたんです。意外と彼女は鋭いようで、俺の言葉の意図を汲み取ってくれました。


「君は、本当に一五歳なの?私は君より一つ年が上なのに、君に説教されて…情けないな」


「もしも戦いたいなら。本気で人々を守りたいと思うのであれば…僕はあなたを守りますよ?」


 俺はあの時、なんでそんな言葉を選んだのかは覚えていません。ただ、今でも思い出すたび赤面しますね。


「小村君」


 カウンターを担当していた店長が俺に耳打ちをしました。


「左目に刀が刺さった蛇が見つかった」


「わかりました」


 僕は立ち上がり、待合室へと行きました。


「わ、私も行っていいですか?」


 彼女は俺ではなく、店長に言いました。俺は店長を見て確認すると、彼は首を縦に振ります。


「連れていきなさい。戦いを間近で見せるのも先輩の仕事だよ」


「せ、先輩って…僕は年下です。教えられることなんてありませんから」


「君は…名前を亡くした彼女の教え子だろう?期待させてくれ」


 俺は猟銃を借り、背負い装備します。


「今原さん。これ、持っていて下さい」


 骨人鬼の鞘が入ったバットのケースを彼女に背負わせました。


「わかった…。あのさ、やっぱり、小村君も敬語じゃなくていいよ」


「こればっかりは癖なので、すみませんが止められませんね」


「癖…」


 そして通行止めをされた高速道路を渡り、俺は蛇を探し走ります。


「あの、一ついいですか、今原さん」


「なに?」


「僕は、敵にふっとばされる事があると思いますが、絶対に摩擦を強めて加速を止めないでくださいね」


「えっと…うん」


「物理法則を計算して身体を動かしているようなので……」


 ――

 蛇が見つかった所まで話しを飛ばしますね。俺はバイクを止めて降ります。

 蛇は俺を見るなり、突っ込んできます。


「迎えに来たよ。骨人鬼」


 猟銃をコッキングし、走り出し、蛇へと向かい撃ちます。奴は俺の左に回り込み、横から牙を突きつけてきます。前方の地面に左手を尽き、そのまま倒立回転をしました。攻撃を回避した俺はすぐに銃を向けて引き金を引きます。右手だけで撃ったので、死ぬほど肩が痛くなりましたよ。でも、その痛みは一瞬で無くなります。俺の能力で肉体が強化されていたからですね。

 散った鉛の球体をすべて回避した蛇。そいつはやはり、俺の左側に回り込もうとします。俺は肩ベルトを外し、猟銃を投げ捨て、敵に対して身体を右に反らします。左手で右手首を抑え、眼球に刺さった刀の鞘を握り、敵の勢いに合わせて水平に刀を振り抜きます。

 切り口は思ったより浅かった。それは鱗が思ったより硬いから全然血が出ませんでした。敵は突進を繰り返すので、俺は刀で弾き、切り傷を入れていきます。五回目でジリ貧だと気づき、敵の攻撃を一度受けました。突進してくる牙に合わせて後方に飛び退き、推進力に合わせてから、刀を逆手に持ち、突き刺しました。刀はコンクリートに突き刺さり、蛇の突進を止めました。


「す、すごい…」


 今原海彩は目を見開きました。


「まだ来ないで下さい」


 俺は串刺しにしている刀へと左手の甲をゆっくり滑らせて血液を流します。じわじわと痛みが走ってきます。その血液がある程度まで溜まったら、操作して傷口に流し込み、チェーンソー縦に真っ二つにしました。俺の傷は能力で血を止めました。


「ふぅ。この能力、痛みでも発動条件が整うから助かったよ…」


「こ、小村君…」


「大丈夫です。怪我はありませんから」



 ――


「で、少し休憩しましょう。疲れたので飲み物を買ってきます。奢りますよ?何を飲みますか?」


 小村は縦長の財布を取り出してテーブルの隣りにある自販機に歩み、適当な紙パックのジュースを買う。それを柳場の手前に置いた。



 ――


 高速道路の件で、俺は本格的な教育係になってしまいました。星座でバイトし、都内に現れる怪物を倒す。そんな日常に少し変化と介入が生じました。まぁ、彼女のことを気に入っていた俺には些細なことでしたけどね。

 夏休み中、彼女は毎日のように星座に来て、コーヒーを頼んでいました。偶に一緒に討伐に行っていたのですが、二学期になると土日だけになりましたね。でも、店長に言われて俺は放課後、学校から彼女の迎えに行っていたんです。その間に、彼女の学友から『彼氏』と尋ねられた時はすごく高揚しました。

 星座に向かう途中、店長から持たされていた防犯ブザー携帯電話が鳴り響きました。俺は道の端にバイクを止め、ヘルメットを外し、携帯電話を耳に当てました。


「もしもし」


『(回復能力者)です。小村君か?』


 彼女は名前を失くしたわけじゃないです。ただ、あなたには伏せておきたくてこう言っています。


「はい。小村です」


『踵を返してくれ』


 彼女は足らなすぎる説明があり、その時、何を言っているのか時間がかかりました。本人はせっかちで省略するんです。全く、省略するほうが理解に時間が掛かりますよね。


「意味が判りません」


『学校に戻ってくれ』

 そう言うとすぐに電話を切りました。せっかちですよね。回復能力者のくせに。


「ふふっ!」


 後ろにしがみつく制服の彼女は俺を鼻で笑いました。あ、慣用句じゃないですよ、本当に。


「なんですか?」


「その携帯かわいいね。それで電話している姿を見ると、警察の人が見ると、絶対に補導するよね」


「子供っぽいってことですか?」


「そうだよ」


 少し癇に障った俺はヘルメットをかぶり直し、バイクを走らせます。そして左右に振りました。


「ごめん、小村君。許して!」


「子供っぽいのは事実ですから」


 ――

 俺が学校に戻った時、バケモノが校門を破壊して校内に入ったそうです。校門前には敗れた学生服が置いていました。


「これは…」


 その学生服は怪物と化した少年のものでした。

 俺と彼女は壊れた校門をくぐると、死体と怪我人でたくさんでした。俺は制服姿の彼女の頭を抱きしめました。それは視界を塞ぐため。彼女の知り合いもいるかもしれない。いたとしてもこのショッキングな所は見せられないだろうって思ったんです。


「君は名無しの後輩だよね?」


 後ろからスーツ姿にメガネを掛けた女性が現れました。彼女は肩にショットガンを背負っていて、俺に向かって言葉にしました。言うまでもなく、名無しとは、スカアハのことです。


「そうです…」


「なんでこんな状況で抱きついているの?」


「いや…」


「まぁ、いいわ。そこに落ちている制服を拾うから退いて」


 そう言って彼女は制服を取りました。


「小村君…離して」


「見たら、あなたは、今まで通り、正義を奮えますか?」


 この高校の生徒である彼女には絶対に見せられるわけ無いじゃないですか。取り敢えず、彼女を抱きかかえたまま校門を出ました。


「何?」


「絶対に、校門を潜らないで下さい」


「――わ、わかった――」


 俺は彼女に無理矢理聞かせました。彼女がそれを聞き入ってくれるほど素直で良い子じゃないんですよ。

 俺が校門を潜ると、スーツを着た女性は制服を拾い上げて言います。


「彼の名前は津山健人。高校一年生だね。両親が最近離婚したらしいの。バケモノになる寸前まで悩んでいたのね…」


「なんで分かるんですか?」


「私の能力。元々新聞社にいたんだけど、魔導書に過去を知る術を要求した」


「なんで…。戦闘向きじゃない能力なのに…銃を持って此処に居るんですか?」


「そりゃ、私が戦えるからだよ」


 その自信がどこから来るのか判りませんでしたし、今でも判りません。なんせ彼女、弱いですから。

 俺は校舎内に入ると大きい物音や悲鳴が聞こえ、人が濁流の様に流れて来ました。その先には敵が居ることがわかっていたので、俺は走ります。その方向には豚の頭をした生き物が浮いていました。それが俺の方向へと依ってくるもんですから、焦りましたね。豚には蝿の翅が生えていたんです。小さい翅なのに、巨体を浮かせていると思うと恐ろしいエネルギーを発しているんでしょうね。


「ごふぃー!」


 俺は刀を抜き、鳴きながら迫り来る敵を掻い潜り、後ろに回り込みます。そして俺は斬り上げました。豚の背部に切り口が付きますが、血が出ませんでした。

 敵はすぐに外へと出ていきました。外からは悲鳴のような叫びが聞こえました。そう、見られてしまったんですよね、彼女に。彼女はわめきました。壁を蹴破り、外へと出ました。豚はすぐに彼女へと直進していきます。


「あの人は何をしているんだ!?」


 銃を持っていた戦えない女性を俺は待っていました。


「――ゆる…さない!」


 今原海彩は涙目で叫んでいました。すると、蝿豚は動きを止め、地面に落下するなり、皮膚がズタズタに切り裂かれ、俺が付けた切り口から大量の血液が流れ出しました。

 すると、先程の女性が俺の目の前に現れて言うんです。


「摩擦を生み出すレシピエントかぁ」


 彼女は猟銃の引き金を引きました。火花が飛び散って眩しかった。

 ワンワン泣きわめく彼女を俺は抱きしめて頭を撫でてあげました。


「ここに、今原さんを連れてきたのはあなたですか?」


 俺は今まで人に向けたことのない敵意を向けました。


「そうよ」


 肯定の相槌を打たれた瞬間、校門の鉄骨が砕け散り、無数に広がると彼女を覆っていました。


「能力を向けないでよ。私は打算的なのよ。一人の心が壊れても、堕ちた人間を殺せるなら安いものじゃない」


 俺は後から現れた回復能力者に止められました。

 回復能力者が運転する車に今原海彩が乗って帰りました。俺は剥き出しになった骨人鬼を拾って、校内に置き去りにした鞘を探しに行きました。



 ――


「君と今原さんは…」


 柳場の質問を途中で遮る小村。


「これから話します」



 ――


 過去を見る能力者、仮にサイコメトラーとします。その人は自分で打算的と言っていましたが、本当に利益しか考えない人なんです。その視野に、信頼度まで入っていて、それを向ける相手は絶対に間違えないという意地汚い性格があるんです。

 その後、学校にはたくさんの救急車が来ました。俺とサイコメトラーは校門から離れた場所に行きました。


「なんで君が怒るんだ?」


「あなたには情という言葉はないんですか?」


 俺は言葉がまとまりませんでした。そもそも、昔の俺はなんでそんなに突っかかったのか覚えていません。ただ、言えることは俺の正義感が憎悪にまで達していたって事になりますね。


「情なんて無い。あるのは優先順位を考える思考力だけだ」


「その過去を見る力は…情で手に入れたものじゃないですか?」


「捨てた」


 これは対価、彼女の情で手に入れた能力を情を捨てることに依って発動させるというもの。彼女は打算で動くようになったのはその情が失くなったからです。彼女が服を触って過去を見るのは、日課と興味本位のようなもの。何れ無くなるときが来るのでしょうか?もう、来ませんね。なんせ怪物はもう出現しないのですから。


「――俺は許しません。あなたを」


 俺はそう言って、すぐにバイクに乗り、星座に戻りました。

 ――

 星座にはお客さんが殆どおらず、休憩室へと行きました。そこには今原彩花が泣き疲れてソファーに倒れていました。

 俺はそのソファーに近づき、屈んで彼女の髪の毛を耳にかけ顔を眺めます。


「今原さん…好きです」


 俺は小さい声で彼女に言いました。すると彼女は目を見開き、顔を赤くしました。


「小村…君…」


 俺は彼女から距離を取りました。


「ご、ごめんなさい…」


「ん?ああ、こ、小村君!?」


 彼女は二度見して驚きました。


「ど、どうしました?」


「――ごめんね」


 彼女は俯きました。


「わ、私、さっきね。夢を見たんだ…」


「どんな?」


 彼女は身体を起こすので、俺は空いた彼女の隣に座ります。


「小村君に…告白される夢」


 俺は一瞬冷や汗を書きました。


「場所は、隅田川から、夕焼けの見える場所。そこで、君ははにかみながら言うんだ。好きですって…」


「隅田川…」


「ごめん、忘れて!私…ちょっと変だ今…」


 これは告白してくれって合図だったのでしょうか?俺は彼女に申し出ます。


「今から時間有りますか?」


 と。

 時計は六時前だったと思います。俺は彼女をバイクに乗せて隅田川に向かいました。


「小村君…。どうしたの?」


 俺は柵に寄りかかり、答えました。


「好きです。今原さんの事が。殺されるかもしれないのに、友達が傷ついて倒れているのに、全然怖がること無く、ましてや怒りに…力に変えて僕を支えてくれるところ…。そして、全てが好きです」


 恥ずかしくて顔が見れず、川を眺めていました。彼女は一瞬ひゃっくりのような声を上げたため、それで彼女を見直すと、大粒の涙を溜めていたんです。そして俺の背中から脇に掛けてタックルをしてきたんです。また、ワンワン泣きました。


「夢?夢じゃないよね!?」


「夢じゃなく、正夢ですよ。今原さん」



 ――


「君と今原さんは交際していたのか?」


「はい。付き合っていますよ」


 小村は柳場の恐る恐る問う質問に真っ直ぐと答えた。


「――付き合っている?」


 柳場は言葉に違和感を覚えるも、小村は過去の話をすぐに戻す。



 ――


 その年の冬、クリスマス前ですね。絶え間なく増殖する怪物を狩り続けていました。その時期には怪物は七つにカテゴライズされるようになりました。と言っても戦う側には関係ないんですよね。七つの大罪って知っていますか?外見でそれに当てはめるんです。

 出現する殆どは学校や職場などのストレスが溜まりそうな場所。なんで現れるのかよく判りませんでしたし、興味すらありませんでした。

 俺はいつもどおり、現れた敵へと向かい合います。そこは雑居ビルの中。その時は確か…牛の頭で、熊のような腕。二足歩行で、足の裏は蹄が付いていたんです。カテゴリー【怠惰】。怠惰と言うくせに動きが素早くて戦いづらかったんです。敵は二メートルあり、天井や壁を壊して歩くので、俺は敵の攻撃だけでなく、それらも回避しなくては行けない。

 俺は四階から飛び降りました。肉体は強化されているので怪我は無いのですが、コンクリートは砕けました。驚いたのは牛のバケモノが俺に追いついてきたところです。三〇〇メートル程追いかけっこをしたのですが、すぐに距離を詰められたので、俺は踵を返し、同時に刀を水平に振りました。敵の膝下を切り落とす事が出来ました。敵はひっくり返り、地面に突っ伏します。


「篤司!」


 ブレザーな黒髪少女は俺の名前を呼びます。俺はピンチではなかったので、能力を最小限しか引き出せず、体力が尽きていました。彼女は右手にネイルガンを持っていて、それを倒れた牛頭に打ち込みます。敵はジタバタしながら意識を手放しました。


「あ、ありがとう…」


 俺は呼吸を乱し少女にお礼を言います。


「大丈夫?」


「なんとなく」


 黒髪の少女は俺の右手にある骨人鬼を取り、鞘に、ケースに仕舞いました。


「ありがとう」


「篤司、今日はお礼を言ってばっかりだね」


「頼ってばかりだからね」


 そんな他愛の無い会話をしていると、目の前に魔導書が現れました。


「欲しいものなんて無いよ!」


「え?なんでセンダーが?」


 魔導書と会話している時は、決まって一人でした。でも、隣りにいるブレザーの少女と一緒にその風景が見えていました。


『エロイムエッサム。我は求め訴えたり』


「――魔導書も…ジョークを言うんだな?」


『ああ。私は元人間だからな』


「まぁ、深入りはしないよ。聞いて代償を求められそうだからな」


 俺は当時、魔導書にスカアハの名前を記憶から奪ったことに嫌悪をしていました。


『邪険にするな。少し話を聞いてもらおう』


「何が?」


「篤司…」


『まず、情報を与える。もちろん、対価は払ってもらう』


「情報を訊く前に概要と対価を聞いておこう」


『与える情報はソロモンの出現情報』


「お前がバケモノを生み出しているんじゃないのか?」


『いいや、私以外にグリモワールは存在するんだ』


「まぁいいや。対価は?」


『お前が今まで、これから殺すソロモンの記憶』


 魔導書がソロモンと呼んだのは恐らくバケモノのことだったでしょう。


「篤司、駄目だよ…。その条件は飲んだら駄目。堕ちた人達だって被害者なんだよ」


 黒髪の少女は俺の手を握り否定します。


「僕が殺す分のバケモノの記憶でいいのか?」


「篤司!ダメだって!」


「海彩、今まで犠牲になった人を嘆くのはいいが、これから現れる犠牲者を減らす事ができるだろう?」


「そ、そうだけど…」


 黒髪のブレザーの海彩は目を俯かせます。


「俺の倒したバケモノの記憶だけだ。さっき君がとどめを刺した牛のは無くならない」



 ――


「君は、そうして怪物の生まれない世界を作ったのか」


「柳場さん、まだ話は終わっていません。何を焦っているんです?まだ一時間ですよ。特殊部隊の到着までまだ猶予はあるはずです」


 柳場は目を見開いた。彼は特殊部隊が攻め入る事を聞かされていなかったので、驚いていた。


「あれ?知らなかった?時間稼ぎの為に柳場さんが着ていたんじゃないんですか?」


「ああ、俺は単純に君を止めに来たんだ。そもそも、どうしてその情報が?」


「まぁ、話を最後まで聞いて下さい」



 ――


 それからというもの、バケモノが生まれる瞬間、目の前に魔導書が現れました。被害者が少ない状態で倒すことができるようになった俺達。倒し終えると決まって、


『では、この人間の名前をすべての人間の記憶から消そう』


 と魔導書は言うのです。俺は、


「そうしてくれ…」


 と返します。


「なあ、魔導書。お前、自作自演して楽しい?」


『どういう意味だ?』


 魔導書は白々しく言い返してきます。


「レシピエントには過去を見る能力者がいるんだ。その検索がお前の存在が引っかかりかけている。だからお前は過去を消している。違うか?」


『もし、私がソロモンを作り出しているとして…』


「ダウト!」


 俺はそこで言い返しました。


「僕はまだ、『自作自演』と『過去を見る』と言う言葉しか使っていない。ソロモンを作り出しているとは言っていないし、そのニュアンスに聞こえてもおかしくない。でも、その前提で話し始めた。証拠を突きつければいい話なのに、どうして言い訳をする?弁解をした?何かを隠しているのだろう?」


 黙りこくる魔導書に俺は提案をしました。


「僕の左目の視力をやる。情報をよこせ。お前は何のためにバケモノを生み出す。能力者を生み出す?」


「篤司!?何?」


『――左目の視力は要らない。情報は渡さない』


「じゃあ、二度とバケモノを生み出すな」


『何を代償に?』


「僕自身だ。僕を人類最後のバケモノにして、この戦争にピリオドを打ってくれ。海彩、バケモノになった僕を介錯してくれ。もし君が手を…」


「嫌だ!」


 彼女は叫びます。


「私が怪物になる。だから、篤司が終わらせて…」


 次の瞬間、彼女の肩甲骨から灰色の大翼が現れました。その姿はまるで天使だった。でも、彼女の意志はもう残されていない。彼女を供物にした天使は飛び立ちました。



 ――


「大天使事件…」


「ええ。その通り。最後のバケモノは天使でした」



 ――


 魔導書は何故無差別にバケモノを作り出さなかったのか。魔導書は何がしたいのか…。未だに判りません。ただ、今でも対価を支払えば欲しいものはもらえます。しかし、人間には表の願いと裏の願いがあり、魔導書は裏表の無い願いしか叶えてくれません。無理に叶えようとするとバケモノになり、力を与えるのでしょう。

 俺は…海彩を供物として召喚された天使を三〇時間掛けて殺しました。その際、警察や特殊部隊の方々に協力をしていただきましたね。殺した後、天使を見て、海彩を見て泣きましたね。それがあなたと出会った切欠です。



 ――


 話し終わった後、柳場は涙を流していた。


「今原海彩さんの事は俺も聞いていた。あれが有ったから、俺と君が出会ったと思うと、非常に複雑だ」


 小村は溜息を付いて頭を掻いた。


「あの、続きがあります」


「聞かせてくれ」



 ――


 海彩を失って三年経った今、俺の眼の前に魔導書が現れました。


「今更何しに来た。燃やすぞ!」


『待て待て。話を聞いてくれ。君の願いを叶えよう』


「海彩を生き返らせてくれ」


『そう言うだろうと思った。対価は七〇〇〇の命だ』


 それを聞いた瞬間、俺はあなたの顔が浮かびました。


「俺が人間を七〇〇〇人殺せってことか?」


『ああ』


 肯定の返事が返って来たとき、俺は不可解に思いました。


「なんでその数字?」


『君に止められなかったら、すべてのソロモンはこれくらい殺していた』


「つまり、救った命を奪えと?」


『数だけ合わせてくれればいい』


「わかった」



 ――


「これから俺は魔導書に七〇〇〇の魂を捧げます」


 猟奇的かつ悲哀な眼を作り出す小村。それを見た柳場は胸を抑えた。


「そんなことをして今原さんを生き返らせても、彼女は喜ばないだろう!?寧ろ、悲しむはずだ!」


 柳場は強く言う。


「そんなことは一〇〇も…いいや、七〇〇〇も承知だ!俺は最初に殺します!そう決めていました。あなたと俺は似ている。もしもあなたが俺と同じ立場だったら殺すことに躊躇いはありません。そして俺も、あなたと同じ立場だったらあなたと同じことを言っています!」


 青年は刀を抜き、鞘を捨てる。


「――ま、待て!」


 柳場は立ち上がり、説得をしようとする。しかし、それは彼には届くことはない。彼は椅子を投げて逃げ出した。その椅子を切り落とす小村篤司。


「逃げろ逃げろ。俺を止めてみせろ!」


――

 一方、逃げ出した柳場は上司に連絡を取った。


「すみません。説得に失敗しました」


『わかった。特殊部隊が突入する。巻き込まれないように隠れてくれ』


「わか…」

 次の瞬間、柳場のスマホを持っていた手は無くなって、代わりに勢い良く血潮が溢れ出した。


「ああああああああああああああ!」


 彼は叫び、取り敢えず倒れた。


『何がほしい?』


 意識が遠のく彼の目の前に一冊の赤い本が現れた。


「はぁ…彼を止める力が欲しい」


『嘘だな。お前は自分だけが助かりたいんだろう?』


 魔導書は無残に言葉を告げる。


「そうだとしても、その願いを押し殺す!口では言わせてくれ。彼を止める力が欲しい!」


『内心で思っている事と、口に出した願いが異なっていた場合、受取人の肉体は心に住む悪魔に食い殺される。しかし、あの少年と取引をしたからな。お前のその願いは受け入れられない』


「取引だ。俺を例外にしてくれ!」


『何を捧げる?』


「自分だ!俺の残りの寿命と、俺の名前。すべての人間が俺の名前を忘れるって言うのは!?」


『足りない。願いを小さくするか対価を大きくしろ』


 柳場は真っ先に息子の秋夜の顔が思い浮かんだ。


「じゃあ、願いを小さくする。それに合わせて対価を決めてくれ」


『言ってみろ』


「息子が俺の仇を討つと言って力を欲した時は…対価を取るな」


『却下だ』


「じゃあ…俺は何を貰う権利が残っているんだ?」


『家族を犠牲に捧げろ。自分は助かれ…』


「それだけは嫌だ!」


 魔導書の声を振り払うと、本は消え、代わりに篤司が現れた。


「契約は終わりましたか?」


「反故にしてやった」


「そうですか」


 彼は刀を振り下ろす。何かが破砕する音と、液体が飛び散る音が交わり、それが響き渡る。電話越しにも伝わった。それを聞いていた柳場の上司は焦りを隠せなかった。

 篤司は携帯を持っている腕を持ち上げてそれに向かって呟く。


「七〇〇〇人の人間に平等な…」




――魔導書からの贈り物は? 完――

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