合鍵~大橋秀人さんへの『クリプロ2016』参加特典ギフト小説~
『クリプロ20116』へ参加していただいた大橋秀人さんへの参加特典ギフト小説です。
読書好きの僕は一人で居ることが多かった。あの日も学食のテラスで一人読書に耽っていた。
「いつも一人ね」
声のした方を振り向いた。そこに彼女が居た。初めて見る顔だった。まあ、そもそもあの頃の僕はそれほど女性には興味がなかった。だから彼女とも顔を合わせたことが全く無かったのだとは言い切れない。
「ここ、いいかしら?」
彼女はそう言うと、僕の返事を待たずに僕の正面に座った。僕はかまわず、読書を続けた。彼女の方はなるべく見ないようにしよう。そう思いながらもやっぱり気になってしまう。彼女はテーブルに頬杖をついて僕の顔をじっと見ている。僕はとうとう根負けして席を立った。
「どうしたの?恥ずかしくなっちゃった?」
立ち上がった僕を上目づかいで眺める彼女。まいった…。不覚にも僕はそんな彼女を“可愛い”と思った。
最初のデート。
デートと言えるのかさえあやふやではあったのだけれど、彼女にとってはそうだったようだ。
学食のテラス。
待ち合わせ場所がそこだった。ランチタイムだったこともあり、僕は早めに来て場所を確保したうえでA定食を席に置いていた。それを見た彼女が急に怒りだした。
「なんで一人で食べてるの?ここは待ち合わせ場所でしょう?せっかくの初デートなのにここでランチはないでしょう?」
「えっ?デート?」
「だって、そうでしょう?秀くんから誘ってくれたんだから」
確かにそれはそうだけど、僕にしてみれば一緒に昼飯でも食おうかという感覚で誘っただけだったのに…。
結局、彼女は僕と同じA定食を食べたのだけれど、終始機嫌が悪かった。だから、僕は改めて彼女をデートに誘った。
「今度の日曜日、映画でも見に行こうか」
「映画はダメよ。だって、黙ってスクリーンを見ているだけでしょう?そんなの二人で居る意味が無いじゃない」
「でも、その後で食事をしたりとか…」
「じゃあ、最初から食事にしましょう!」
結局、彼女に押し切られてしまった。
日曜日。
駅前広場の噴水の前。
もう、かれこれ1時間僕はここに居る。既に待ち合わせ時間を45分過ぎている。そこに彼女からメールが入った。
『ごめんなさい。家を出たところで知り合いにつかまってしまい…。今からタクシーで向かいます』
それからさらに30分後、二度目のメールが入った。
『ごめんなさい。タクシーがつかまらなくて』
30分タクシーを待つくらいなら、歩いていればもう着いているのに…。僕の中で不信感がわいてくる。こんな誰にでも判る様な言い訳をするなんて…。
10分後、駅前にタクシーが止まった。ドアが開いた。彼女が居た。僕はその彼女を見て驚き、タクシーに駆け寄った。
「どうしたの?」
「昨日、階段で転んじゃって」
彼女は松葉杖を差し出してギプスで固定された足をかばうようにタクシーを降りた。
「教えてくれたら、今日は中止にしたのに」
「心配掛けたくなかったから。それに、秀くんが誘ってくれたからどうしても来たかったの。でも、かえって迷惑かけちゃったかな…」
僕はかがんで彼女に背中を向けた。
「ほら」
「いいよ。恥ずかしいから。それに私結構重たいよ」
「どんなに重たくたって、それが君ならちゃんと受け止めるから」
僕は彼女を背負って駅前のレストランへ向かった。食事を終えてから彼女をアパートまで送った。
アパートで独り暮らしをしていた彼女が不自由しないように僕は彼女のアパートへ毎日通った。大学への送り迎えはもとより、食事の支度や掃除もやった。
「明日はクリスマスイヴだね」
「ここでパーティーする?」
「うん!」
「じゃあ、明日はケーキとか色々買ってくるよ」
「うん。いつもありがとう」
「気にしないで」
僕はそう言って彼女の部屋を後にした。
12月24日。
彼女のアパートへ向かう前に近所のスーパーで買い物をした。彼女の部屋につくとドアには鍵が掛かっていた。インターホンを鳴らしても返事が無い。そこへ松葉杖をついた彼女が帰って来た。
「どこ行ってたの?」
「うん…。ちょっと」
そう言って彼女は部屋の鍵を差し出した。僕はドアを開けて彼女を部屋に入れた。それから買ってきた料理やケーキをテーブルに並べた。二人で鍋をつつきながらクリスマスイヴの夜を過ごした。ケーキを食べ終わると、彼女が僕に白い封筒を差し出した。
「なに?」
「開けてみて…」
中には鍵が入っていた。この部屋の合い鍵。彼女はこれを作るために外出したのに違いない。僕の表情を確認するように彼女は言葉を続けた。
「秀くんがずっとここに居てくれたらいいなあって思って」
「ごめん」
「そっか…」
落胆する彼女。
「違うんだ」
僕はポケットから取り出したものをテーブルに置いた。
「それって?」
「僕の部屋の鍵だよ。僕の方こそ君と一緒に居たいと思ってた」
僕たちはお互いの顔を見合って笑った。
「似た者夫婦ってこういうことかしら」
「そうだね。まだ夫婦ではないけれど」
「ううん、たった今なったわ」
彼女はそう言って僕にキスをした。
メリークリスマス!