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あれから、特に変わったこともなく日々を過ごしておりましたが、もうすぐ試験なので準備を始めなければなりません。放課後は図書館で座学の復習をしようと思います。お部屋ですとついつい怠け心が……いけませんわね。

 早速、図書館へ向かおうとしていますと、廊下でどなたかがしゃがみ込んでおりました。思わず駆け寄って声をかければ、なんとアリエス様ではございませんか。顔色が真っ青です。

「じっとしていてください。今、回復魔法をかけますから」

 わたくしはそういって、アリエス様の白魚のような美しい手を握りました。ふわりと緑の光がアリエス様を包み込みます。

「どうですか?」

「ええ、ありがとうございます。すっきりいたしましたわ」

 そう言ってすっと立ち上がられました。よかった。

「そういえば、あなたは?」

「申し遅れました。一年のルーシェ・アリスベルガーでございます」

「まあ、あなたがあのルーシェ様ね」

 アリエス様は大輪のバラが咲いたようにうれしそうに微笑まれました。あのとはいったいどのルーシェでしょうか?

「クリストファー様がときどき自慢げに話していらっしゃいますのよ」

 は、恥ずかしくてわたくし真っ赤になっていました。自慢されるような覚えがありません。

「と、ところでどうしてこんなところでしゃがみこまれていらしたのですか。医務室へ行くなら逆方向ではございませんか?」

 アリエス様はふっとため息を漏らしました。ああ、聞いてはいけなかったのでしょうか。

「実は試験前だというのに、生徒会の仕事が片付かなくて疲労困憊しておりましたの」

「まあ、そうでしたか。あの何かお手伝いできることがあれば……」

 わたくしが言いかけますと、がしっと両手をつかまれてぜひおねがいしますわとアリエス様は目をキラキラさせておられました。そして、わたくしは生徒会室まで連行されました。

「クリストファー様、助っ人を手に入れてまいりましたわ」

 喜々として部屋に入るアリエス様。部屋の中では、疲れ切った顔で書類を睨んでいるクリストファー様がいらっしゃいました。広いテーブルの上には書類が山積みになっております。

「ああ、とうとう幻覚がみえるようになったよ。僕の可愛いお姫様が見える」

「幻覚ではなくってよ。しっかりしてください」

 わたくしはアリエス様に押し出されるように、クリストファー様の前にでました。かなりお疲れのようなので、手を握って回復魔法を発動しました。

「はっ、ルーシェ!」

「はい、本物でございます。お手伝いにまいりました」

「でも、試験前で大変だろう?」

 クリストファー様は、わたくしを案じてくださいますが、この書類の山をみれば、手伝うことは必然のように思われました。

「大丈夫ですわ。それより、わたくしにできることがありますでしょうか?」

「ありますわ。こちらの書類に穴をあけて表紙をつけて紐でまとめていただきたいの」

「右横に穴をあけて本のようにすればよろしいんですね」

「ええ、そのとおりですわ」

 アリエス様はうれしそうに笑います。クリストファー様も慌てずゆっくりでいいからねと微笑んでくださいます。この量を片づけるのにゆっくりというわけにはいきませんでしょう。そこで、わたくしは鉄の板きれはないかたずねました。

「鉄の板?鉄の定規ならあるけど、どうするの?」

 クリストファー様もアリエス様もきょとんとしておられます。

「魔法を使って穴をあけますの。この定規なら丁度良いですわね」

 分厚い束になった書類の右端に定規を置いて、えいっと押し付けます。定規を外すと穴が二つあいています。お二人とも驚きのお顔ですが、それもまた美しくていらっしゃいますね。うらやましい。わたくしがやったことは簡単なことです。前世の記憶を頼りに文房具のパンチなるものを思いうかべて、鉄のニードルを発動させたのです。

「攻撃魔法は授業以外禁止ですけれど、書類に穴をあけるのですから問題ないですわよね」

 わたくしは恐る恐るお二人に尋ねますと、うんうんと縦に首を振ってくれました。そしてわたくしはできるだけてきぱきと書類をまとめる作業をしました。お二人もご自分のお仕事に集中されたようです。気がつけば、日が沈んでおりました。あ、生徒会室は暗くなると自動で明かりがつく魔道具のランプが設置されておりますので、日が暮れても誰も気がつかなかったのでございます。

「あの、一通りおわりましたけれど……」

 お二人にそっと声をかけますと、はっとしたように書類から顔をあげられました。

「え?終わったの?」

 アリエス様が驚いてテーブルを見渡します。そこには紙束ではなく、きちんと表紙のついた冊子状の書類が並んでいました。

「ルーシェ様、明日もお願いできますか」

 アリエス様にがっちりと手を取られて、嫌だなんていえませんわ。わたくしはにっこり笑ってお手伝いさせていただきますと申し上げました。

「じゃ、今日はこれであがれるね。三人で夕食にしようか」

 クリストファー様がそうおっしゃいましたが、男子寮と女子寮の食堂は別々です。どうするおつもりでしょう?そんな風に考えていましたら、大丈夫だよとさわやかに笑顔を向けられました。ああ、もうそんな笑顔で見つめられたら、どきどきしてしまいますわ。そして、わたくしの手をとると生徒会室をでて学食へと向かいました。もちろん、アリエス様もごいっしょです。

「こんな時間まで学食が開いているなんてわたくししりませんでしたわ」

周りを見れば、何人かのカップルが楽しそうに夕食を召し上がっています。

「学園側の配慮ですわ。婚約者との夕食を楽しみたいという要望もあったとか聞いておりますわ」

「寮の食堂からケータリングしてるんだよ」

 なるほどとわたくしは頷きました。

「それにしても、生徒会のお仕事はたいへんなのですね」

 わたくしは書類の山を思い出して、ふっとため息をつきました。

「今は危機的状況だからね」

 クリストファー様が苦笑されますとアリエス様は眉間にしわをよせておられます。なにやら、お怒りのようすでございます。

「本来なら殿下とクロトア様が書類に目を通して、クリストファー様がサポートし、わたくしは雑用としてお手伝いをしていましたの。でも、近頃は殿下もクロトア様も職務放棄状態なのです」

 アリエス様は眉間にしわを寄せたまま、深いため息をつかれます。クリストファー様はなぜか横に首をふりました。

「あら、ごめんなさいね。わたくしったら……」

 アリエス様は恥じ入るようにわたくしの方をみていらっしゃいます。ご事情があるのでしょうが、それ以上は言わないようにクリストファー様が促したようです。けれど、わたくしは知っております。おそらくですが、殿下とクロトア様はアルマ様に攻略されてしまったのでしょう。

「とにかく、一年の辛抱だよ。アリエス」

「正直、耐えられそうになかったのですけど、強い味方ができましたわ。これからもよろしくね。ルーシェ様」

「はい、わたくしにできることがあるのなら、がんばってお手伝いさせていただきます」

 こうしてわたくしの生徒会でのお手伝いが始まったのでした。


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