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とうとう卒業式でございます。送辞を読み上げるアリエス様は、やはり華やかに美しい声でした。感動でちょっと涙が出ました。そして、エドワード殿下の答辞は堂々たるものでした。とても、あのわがままな王子様とは思えません。そして、卒業式は粛々と幕を閉じました。
さて、いよいよパーティの時間です。わたくしは若葉色のドレスに大きめのルビーのネックレスを付けました。シンプルですが少しでも大人っぽく見えるように、襟元も大胆に広いドレスです。髪もアップして銀色の蝶をかたどった髪飾りをつけました。今夜は卒業生のご両親も出席されます。もちろん、国王御夫妻もです。わたくしは、とても緊張していました。マリーが心配そうにしています。いけませんね。しっかりしなくては。何が起ころうと、堂々としていましょう。運命はどのようにめぐるのかもうわからないのですから。
「綺麗だよ。ルーシェ」
エスコートに来てくださったクリストファー様にそういわれて、わたくしは真っ赤になってしまいました。やはり好いたお方に褒められると、とても心地よい気持ちになります。不安も緊張もどこかへいってしまったように、そっとクリストファー様の手をとり、微笑むのが精一杯でした。今夜は腕章はございません。パーティといっても、これまでとは格式が違うのです。このパーティの主催は学院です。まずは迎賓館に向かいます。壇上にいらっしゃる国王御夫妻に次々と挨拶をしていきます。わたくしたちも挨拶を済ませて端へよります。アリエス様はウィルス先生にエスコートされて登場しました。そして、最後にエドワード殿下とアルマ様が国王御夫妻に挨拶をされました。そして学院長様の挨拶と同時にパーティは開始されました。ですが、パーティは滞りなく終わろうとしていたその時です。
「聞け皆の者!」
エドワード殿下が声を張り上げました。会場はしんと静まり返りました。わたくしは不安になってクリストファー様の腕にぎゅっとしがみつきます。クリストファー様はわたくしを安心させるかのように、耳元で大丈夫だよと囁いてくださいました。
「アリエス・ドラクロア。前に出ろ」
アリエス様は緋色のドレスをまとい、優雅に殿下の前で淑女の礼をとりました。
「私はここに宣言する。アリエスとの婚約を破棄し、アルマ・キース男爵令嬢との婚約を誓う。そして、アリエスの悪事をこの場でつまびらかにする」
エドワード殿下は堂々と宣言しました。アリエス様は氷の微笑をたたえております。
「婚約破棄、確かに承りましたわ。ですが、悪事とはいったい何のことでしょう?」
「お前がアルマを虐げ、殺害しようとしたことは明白だ」
「まあ、御冗談でしょ。何を証拠にそのようなお戯れをおっしゃいますのやら」
「戯れだと!アルバート!こいつをひざまずかせろ」
ああ、アルバート様がアリエス様に近づきます。どうか暴力はおやめくださいとわたくしは心の中でさけびました。
「殿下に申し上げる。無力な女性を力ずくでひざまずかせるのは騎士道に反する。たとえ、主の命令でも聞くわけにはまいりません」
わたくしは、ほっとしました。エドワード殿下は苦虫をかみしめた様な顔でアルバート様を睨み付けました。
「どうなさいましたの?わたくしがどなたか存じあげませんが虐げ殺害しようとした証拠はなんですの?」
「被害者であるアルマが証言したのだ。十分な証拠だ」
「それは証拠ではございません。証言です」
「ならば、ルーシェ・アリスベルガーとミシェル・モーガンよ。前に出ろ」
突然の指名に驚きましたが、わたくしは背筋をピンと伸ばして前に出て淑女の礼をしました。そしてアリエス様の隣に立ちます。ミシェル様は殿下に挨拶もせず、アルマ様のそばに立ちました。
「ミシェル・モーガン。発言を許す」
「はい、殿下」
「そなたはアルマがルーシェ・アリスベルガーによって、階段から突き落とされたのを見たそうだな」
「はい、その通りでございます。はっきりと突き落とす瞬間を目撃いたしました」
「ルーシェ・アリスベルガー」
「はい、殿下」
「お前はアリエスの命令でアルマを突き落としたに相違ないな」
「いいえ、違います」
「では、お前の意思で突き落としたのだな」
「それも違います。わたくしはアルマ様を階段から突き落としてなどおりません」
「白を切るな。目撃者がいるのだぞ」
わたくしはできるかぎり冷静さを保ち、呼吸を整えました。
「では、殿下にお聞きしますが、なぜわたくしは学院から罰をうけなかったのでしょうか?」
エドワード殿下は返答に困ってしまったようです。わたくしはこの機を逃さず畳みかけました。
「突き落とした事実があれば、わたくしは謹慎処分もしくは実家へ帰されたはずでございます。けれどそのような処分は受けておりません。ミシェル様も突き落としたとおっしゃっていますが、そのときわたくしの両手は書類の山で塞がっておりました。そんなわたくしがどうやって人を突き落とせるというのでしょう?」
「ミシェル・モーガン。確かに見たのだな」
ああ、ミシェル様は青い顔で必死にうなずいております。でも、これで証言があいまいになりました。
「こちらには証言者がいるのだぞ、お前が嘘をついていることは明白だ」
エドワード殿下がわたくしを睨み付けています。そこへいつの間にかクロトア様が現れました。
「殿下、その件に関して報告が遅れて申し訳ありません。どうぞ、読み上げてください」
クロトア様は一枚の紙を殿下に差し出されました。いったい何でしょう?殿下の顔が青ざめていきます。
「そ、そんな馬鹿な……」
「それは事実です。ちゃんと学院長の判子も押してありますよ」
クロトア様は、エドワード殿下の震える手からひょいっと書類をとりあげて、朗々と読み上げられました。
「アルマ・キースの階段転落事故の報告書。アルマ・キースが階段から転落した件について、当事者およびミシェル・モーガン、ルーシェ・アリスベルガーを個別に聴取。ルーシェ・アリスベルガーは、確かに書類で手がふさがっていたことは、ミランダ・トエル教師も確認済み。再度、当事者とミシェル・モーガンを個別に聴取したところ、アルマ・キースは突き落とされたのではなく蹴り落とされたと証言。一方、ミシェル・モーガンは確かに突き落とされたのを見たと証言し、ここに矛盾が生じた。よって、再度目撃者を探した結果、二年生のウィスパー・ジルドレイクが当事者が自ら転んだことを証言。よって、この件に関して、ルーシェ・アリスベルガーは無関係と判明した。以上です」
クロトア様は、にかっと笑ってわたくしの隣に立たれました。
「お前は、俺をだましたのか!」
エドワード殿下はミシェル様を怒鳴りつけました。ミシェル様は真っ青なお顔になってその場に、ぱたりと座り込んでしまいました。
「もう、よろしいでしょうか、陛下。この茶番を終わらせてくださいませ、見苦しゅうございます」
アリエス様が殿下ではなく陛下に対して、大きなため息を吐いた。
「うむ、エドワードよ。アリエス嬢との婚約破棄は認めよう。だが、お前のしでかしたことは、王家の恥である。罪のないものに罪を着せようとしたことを重く受け止めよ」
「……」
「城へもどり謹慎せよ。おって沙汰を下す」
エドワード様は護衛に囲まれました。
「待って!待ってください。陛下」
「なんじゃ」
「わたくしも殿下とともに罪をつぐないます。どうか、せめてそれだけはお許しください。おねがいでございます!」
「アルマ……」
殿下はアルマ様に駆け寄り、抱きしめました。お二人のしたことは間違いでしたが、愛は本物のようです。なんだかほっとしたような、それでいて胸の中に重たいものが残ってしまったような気分でした。
そして、二人を見ていたお妃さまが陛下に何か耳打ちいたしました。
「よかろう、二人を離宮へ。そこで沙汰を待て」
今度こそ、お二人は護衛に囲まれて会場をでていかれました。そして、クリストファー様がすぐにわたくしのそばへ駆け寄ってきて抱きしめてくれました。わたくしは無意識に縋りついて泣きました。なんだか、よくわかりませんが、涙があふれて止まりませんでした。