10
そんなこんなで、わたくしの提案は現実となりました。ダンスの練習会は月に一度ですが、練習をしたい人のために迎賓館を放課後開放してもらえることになりました。プチお茶会はテーブルや椅子を中庭と庭園にふやして、利用希望の場合はカフェに予約を入れるという形になりました。訓練場の開放はなかなか難しいようで学院上層部での検討が行われているそうです。
人の役に立てるってなんだかうれしいですわ。そんなことを考えているとマリーがお茶をいれてくれました。
「夏のダンスパーティが終われば一週間のおやすみですね。お嬢様はお屋敷に戻られるのでしょう」
「ええ、お父様もお母さまも必ず帰っていらっしゃいとお手紙をくださいましたわ」
「そうですか。貴重品以外で持ち帰りたいものはございますか?」
「いいえ、領地へ帰るわけではないからお土産とかはいらないでしょう」
「かしこまりました。では、パーティのドレスは新しいものを注文いたしましょうか」
「そうね。どうしようかしら」
「あまりお時間がないですから、今日中には決めていただきたいのですが」
そんな話をしていると、舎監様がお届け物ですと荷物を持ってきてくださいました。送り主はクリストファー様です。
「なんでしょう?」
「さあ、開けてみるわ」
リボンを解いて、箱をあけるとそこにはとてもきれいな夏のドレスが入っていました。カードにはこのドレスを着た君と踊りたいというメッセージが署名つきで書かれていました。ドレスはパフスリーブで、襟元は四角。色は薄い水色。裾には蒼い華やかなバラの刺繍が施されていました。
「まあ、なんて素敵なドレスでしょう」
マリーもそう思います?私もですわ。さっそく試着ですの。
「まあ、ぴったり」
本当にぴったりサイズでお直しはなし。箱を見ると子爵家ご用達のお店のしるしがありました。わざわざ注文してくださるなんて、わたくしは果報者ですわ。汚さないうちにドレスを着替えて大事にクローゼットへしまいました。
さて待ちに待ったダンスパーティです。いつものように迎賓館で行われます。午前中に終業式が終わり。午後にダンスを楽しみます。寮を出るときに気づきましたけれど、入学式のときよりエスコート役の男性が増えています。どうやらダンスの練習会は効果があったようです。ちょっとうらやましいなと思いながら玄関をでれば、なんと紺色のタキシード姿のクリストファー様がいらっしゃるではありませんか。
「迎えに来たよ。よかった。着てくれたんだねドレス」
「はい、とても気に入りましたの。うれしくて毎晩ながめてしまいましたわ」
「そう、とてもよく似合ってるよ」
なんだかまぶしそうに眼を細めるクリストファー様。そんなお顔も素敵ですわ。
「では、まいりましょう。我が姫」
「はい」
ああ、モブなのにこんなに幸せでいいのでしょうか。どうか悪いことが起きませんように。
「今日は先生方も参加されているのですね」
「うん、毎年、ダンスパーティは全員参加なんだ」
そして、ダンスフロアの真ん中にエドワード殿下とアルマ様が登場しました。会場がざわつく中、静かに音楽が流れ始めます。アルマ様は大きく背中の空いたピンクのドレスをきていらっしゃいます。殿下は黒のタキシード。正直、あまり優雅なダンスとはいえませんでした。殿下のリードがうまいのでそれほど見苦しくはないのですが……アリエス様のときと比べると格段に見劣りしてしまいます。一曲踊り終えるとそれが始まりの合図だったようです。次々に生徒たちがフロアへと向かいました。
「さあ、僕たちも踊ろう」
「はい」
楽しいダンスの時間です。今日は何曲踊ってくださるのかしら。胸がときめいてしかたがありません。まずは、三曲踊っていただきました。疲れてはいないのですが、休憩は大事です。二人でジンジャーエールを飲みながら、会場を眺めていますと、なんとアリエス様はウィルス先生と踊っていらっしゃいました。深紅の生地に襟元と裾にパールをちりばめた上品な仕上がりの大人っぽいドレスです。優雅に踊るお二人の息はぴったりです。
「素敵ですわ。わたくしもあんな風に踊れているのかしら」
「ルーシェのダンスは人を楽しませるから僕は好きだよ」
「人を楽しませる?」
「そう、だって君はとても楽しそうに踊るから、見ていると踊りたくなるんだよ。なにより、僕は君と踊るのがとても楽しい」
頬がぽっと熱くなります。そんなキラキラの笑顔で楽しいなんていわれると、なんだか照れますわ。
「もう少し休む?」
「いいえ、踊りたいですわ」
わたくしたちは、またフロアで踊り始めました。時間はあっという間に過ぎてしまいました。最後の締めくくりに、エドワード殿下とアルマ様が踊っておしまいです。ああ、これがアリエス様とウィルス先生だったらどれほど見ごたえがあったことでしょうか。ちょっと残念でした。
翌日は正門から寮まで馬車の列が絶えません。わたくしはクリストファー様の提案でリザーズ侯爵家の馬車で一緒に帰省することになりました。うれしい限りです。