記憶
石川敦花。
その名前を聞いた瞬間。
心の奥底へと封じ込めていたはずの記憶が、堤を破るごとく、溢れ出してきた。
相原と敦花の出会いは、中学の頃だった。
――今日と同じ様に、彼女は相原が通っていた中学に、新入生代表として入ってきた。
異なる学年で、成績最上位の彼女と底辺の相原。
一見、何の接点もない様に見える二人だが、実際あの時まで関わりはなかった。
そう、あの時までは。
思春期を迎えた人間の心は、時に非常に残酷になるのだった。
敦花は、学年一位の成績、端麗な容姿、更に運動も万能と才色兼備である。
それ故、男子の注目を浴び、そして。
女子からの嫉妬と怨嗟の渦の中心となってしまっていたのだった。
そう、敦花は中学の頃、いじめを受けていたのだ。
最初の頃は無視や落書き程度だった其れは、日を増すごとに過度になっていき、あの日には暴行が加えられるほどにまでなっていた。
最初の頃は止めに入っていた男子も、女子からの執拗な嫌がらせに耐え兼ね、次第に見て見ぬ振りをする様になっていった。
そんなある日のことだ。
その日、相原は普段通りの帰り道を歩いていた。
その日は、珍しく悠華が風邪を引き、相原は一人で帰ることとなっていた。
そんな中、左手から「永劫なる炎」でも出無いかなーと左手を見つめながら歩く相原の耳に、何かを殴る様な鈍い音と、明らかに女子のものと思われる疳高い怒声が入ってきた。
これは何らかの事件に違いない、と、厨二心を擽られた相原は後先考える事なく、半ば反射気味にその音がする方へと駈け出す。
そして、その音の発生源までの距離を踏破し終えたとき、相原の目に映ったものは、四・五人の女生徒に囲まれた敦花の姿だった。
瞬間。
相原はほぼ静止した状態から、驚くほどの加速を見せ、一瞬にして女生徒達と己との間の距離を踏破した。
その時の敦花の驚いた表情と、女生徒達の睨めついた表情が印象に残っている。
これは、相原の正義感が働いた訳ではなく、いじめを助けてあげる俺かっけーと言う厨二心から生まれた行為ではある。
だが、其れが一人の少女を救ったという事は、間違いなく、確かな事であった。
女生徒達は突然割り込んできた相原を見て、初めはにらみを効かせていたのだが、一向にひるま無い相原を見て気分を害したらしく、主犯と思われし人物の声かけとともに、その場から立ち去っていった。
その出来事から、敦花は執拗な程まで相原を慕う様になり、隙あらば相原の近くに居る様になったのだった――
其処まで思い出したところで、相原は背後から何者かに抱きつかれた事により、強制的にその思考を現実へと引き戻された。




