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2015年/短編まとめ

忘れたりしないよ、と握り締めた記憶

作者: 文崎 美生

「……何、それ」


突然ボクの作業場に押し掛けてきた幼馴染みのMIOちゃんは、嫌に可愛らしいピンクの袋を持っていた。

渡してある合鍵で、扉が開かれる音がして、玄関の方を覗き込みMIOちゃんと目が合ったので、一言。


ボクの問い掛けに対して、靴も脱がずに立ち止まるMIOちゃんは、うーん、と言いにくそうに眉を八の字にして笑った。

何だ、一体。




***




可愛らしい袋からゴロゴロと出て来たのは、これまた可愛らしい色とりどりなアロマキャンドル。

ザッと数えても十数個ある。


「可愛いね」


「可愛いんだけどね」


ボクの言葉に同意しつつも、言いにくそうに眉間にシワを寄せるMIOちゃん。

まぁ、何となくだけれど察してはいる。

こんなにあってどうするんだ、っていう話だろう。


はぁ、と短い溜息を吐き出すMIOちゃんは、何だか疲れきっている。

きっと見ていたら欲しくなったんだろうな。

ボクも本屋さんに行くとよくあることで、今そんなに買う?ってくらい衝動買いするので、その気持ちはよく分かる。


「作ちゃん、少し貰ってくれない?」


数十個あるアロマキャンドルの中から、海をイメージしているらしいそれを手に取り、ほー、と眺めていたボクに掛けられた言葉。

貰うのはいいけど、使い道ないんだよね、ボク。


ぱちぱち、と瞬きをしていると、ボクの言いたいことを読み取ったらしいMIOちゃんが、マッチかライターないのかと聞いてくる。

マッチとか使ったことないし、火を使うことがないからライターも……。


「あ。ジッポーならあるよ」


「え?」


ゴトンッ、と音を立ててアロマキャンドルをテーブルの上に置く。

お気に入りの一人掛けソファーから立ち上がるボクを、三人掛けのソファーに座ったままのMIOちゃんが、目で追いかけてくる。


どこに置いたかな、確か部屋に、とやたらぼんやりとした頼りない記憶を遡り、自室に戻る。

自室と言っても、作業場の本格スペースというだけであって、それ以上も以下もない。

普段はちゃんと家族の待つお家で過ごしているし。


作業スペースである机の隅っこに置いてある、使いもしない煙草の灰皿の中には、自分で作ったドッグタグや指輪や、未開封の消しゴムやらが入っている。

その中に埋まるようにして、鈴蘭の彫られた鈍い銀色のジッポー。


「あったよー、ジッポー」


灰皿の中からジッポーだけを取り出し、MIOちゃんの待つリビングの方へと戻る。

ボクの右手に収まるそれを見て、怪訝そうに首を傾けていくMIOちゃん。

どうしたの、という問い掛けに、何でジッポー、と返ってきた。


「え、駄目?ジッポー」


「駄目じゃなくて……使わないよね?」


「使わないねぇ」


軽く笑いながらソファーに沈むボク。

適当なアロマキャンドルを引っ掴んで、ジッポーの蓋を親指で開ける。

カキンッ、という音が響くこの瞬間が好き。

意味もなく開けたり閉めてりしていた時期があったなぁ、と思うと少し懐かしい。


マッチは擦ったことないし、ライターも使ったことないし、チャッカマンもない。

ジッポーだけはある。

つまり、ジッポーだけは使えるのだ。


「何で、作ちゃんの作業場には、作ちゃんが使わないようなものがあるの?」


ジッポーを使って、アロマキャンドルに火を付けるのを見ていたMIOちゃんが、不思議そうに聞いてくる。

ボクが使わないものって言われても、ぶっちゃけてしまうと、幼馴染みである君達が置いていっているものもあるのだが。


例えば、ほとんど使わない食器が揃い始めているのは、ここで篭る期間が長い時に、文ちゃんがご飯を作るためだったり。

勿論食器以外にも、調理器具が揃っている。

マグカップやガラスのコップに至っては、ボクを含む幼馴染み全員の色違いが並んでいるのだが。


「君の置いていったバランスボールもあるよ」


ジッポーの蓋を閉めて、アロマキャンドルをテーブルの上に置きながら告げれば、あー、なんて言いながら目を逸らすMIOちゃん。

こらこら、目を逸らさない。


他にも色々置いてあって、今言った通りMIOちゃんの置いていったバランスボールもあれば、オミくんの読んでいた英字新聞もあるし、文ちゃんのDVDとかも置いてある。

皆、人の作業場で好き勝手してるなぁ、とはつくづく思うが、特に気にもしていない。


「これ、甘いね」


すん、と鼻を動かして言えば、MIOちゃんは逸らしていた目をボクに向けて、同じように鼻を動かした。

確かに、だよね、なんて短い会話をして、ソファーに身を沈めるボク。

くどくない、ほんの少し香ってくる優しくて甘い匂いに、少し眠くなる。


バニラっぽいような匂いがリビングに広がっていて、MIOちゃんもリラックスしたように、ソファーに身を沈めていく。

アロマキャンドルってもっとくどいかと思ってた、ボクの独り言に、くすくす笑う。


「それさ、元彼のとか?」


「あれー?ボクにそんなのいたことあったっけ?」


元彼以前に彼氏がいましたか、このボクに。

ソファーの上で身を捩りながら、MIOちゃんの方をじっとりと見れば、思い切りを逸らされる。

幼馴染みの中でも恋愛経験豊富、というか、彼氏がいたとか好きな人がとか、そういう話題を持っているのはMIOちゃんだからな。


文ちゃんもモテるけど、全部断っていて、そりゃあもう、清々しいくらいの振りっぷりだった。

一応真摯にお相手してるから、きっと恋愛感情の理解はあるのだろう。

好きな相手がいるかいないかは別として。


オミくんに至っては良く分からない。

誰かに好意を向けられないように、告白まで及ばないように、相手を丁寧にゆっくりと遠ざける。

目に見えないバリアを出しているのだ。

だからたまに、女の子じゃ駄目なのかなぁ、とか少し偏ったことを考えてしまう。


「なかったけど……。そういう話もしたことないなぁって思って」


あーねぇ、適当に頷くボクを白い目で見つめるMIOちゃんは、長い髪の毛を掻き上げた。

ボクとは違う柔らかそうな癖のない髪が、昔から羨ましかったなぁ。

手を伸ばしても触れられる距離じゃないので、手を伸ばすこともせずに掻き上げられる髪を見つめる。


恋愛感情はほぼ皆無と言っていいくらいで、そういう恋の炎的なものは、清水で浄化され浄化され消えた。

何で、とかそういうのはなくて、ただ成長過程と共にそれが上手く扱えなくなって、置き去りにされただけなのだが。


「これは、プレゼントしたやつだけど、気に入り過ぎて自分用にも買っちゃっただけだよ」


右手の中に収まるジッポー。

中身のオイルがなくなったら、新しく入れればいいだけなので、何度でも使える。

煙草なんて吸ってないし、未成年だし、これからも吸わないだろうけど。


「……誰に?」


「誰でしょうねぇ」


ケタケタと笑えば、空気が思い切り入って来て、ちょっと甘過ぎな感じがする。

殺風景なこの部屋にこの匂いは、甘過ぎじゃなくて似合わないかもな。

作業場で使うのは、本気で癒しが欲しい時がいい気がする。


肺いっぱいのバニラの香り。

他のやつは何の匂いだろうなぁ。

ソファーに沈めた体を起こして、他のアロマキャンドルに付いてるラベルを眺めた。


「……鈴蘭とか珍しいね」


「よく見てんねぇ」


探るような声に言葉を聞いて、つい笑い声混じりに返答してしまう。

アロマキャンドルをおすそ分けしに来たはずなのに、ボクの男の影探しになってる。

目を細めているMIOちゃんに笑いかけながら、握ったままのジッポーを見せた。


普通なら無地か、何かゴツめの龍とか蛇とか掘られていそうだけれど、繊細な鈴蘭。

このデザインに一目惚れしたのだ。


「似合うんだよ。あの人」


アロマキャンドルとジッポーを持って、そう告げれば、MIOちゃんは、あの人って、としつこいくらいの疑問符を飛ばした。

あの人、と思い出すのは太陽色に輝く、目が痛くなるような髪色。


チビちゃん、あの人がボクを呼ぶ。

青空に白煙が溶けて、あの人の手の中には、ボクの持っているのと同じジッポー。

アロマキャンドルの匂いにも負けない、甘ったるいような記憶が蘇って、ボクは一人で笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私はジッポーを知らないので少し難しかったですが、知っていればもっと面白いんだろうなあと言う感じがします。実際知らなくても面白かったので。 「夏色の僕ら」を読ましていただいた時にこの人のお話素…
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