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こうなった

 あの、憩いの時間を非常識極まりない連中によって破られた日から、およそ半年が経過した。

 季節は巡り、初夏の陽気が心を弾ませる。


「た、頼む……チアキ殿。帰る方法があるなら、教えてくれ」

「我々の魔力は底を尽きました。国に、帰らねば……」

「こんなに長引いて……騎士団が心配だ」

「僕も、店が……」

「神のご加護も、界を越えては届かない……。もっと早く、気付くべきだったのです」


 あの日から、彼らの要求通り、戸籍なし住所不定無職の不審者五人を明堂院家に入れるため奔走し、彼らが千華の傍仕えとなれるよう口添えし、異世界人たちのためこの世界の常識を親切にレクチャーしてきた千秋。

 今、彼女の前には。半年前のキラキラなど一切感じられない、疲れ、絶望し、やつれ果てたムサい男五人が転がっている。イケメン何それドコにいる? 状態だ。

 すっかり日本文化に馴染んだ彼らは、床に頭をこすりつけ、これぞ土下座の見本! のような姿勢で千秋に懇願していた。

 いつものように、定期的な明堂院家訪問にやって来るなり、突然土下座された千秋はといえば。


「そう言われましても……この世界に逃げた魔王を塵にするどころか、見つけられてすらいない状況で、皆様のご帰還方法を探すのは、こちらとしても困るのです」

「魔力の枯れ果てた我らがこの世界に居座ったところで、役には立ちません!」


 ルヴィーア王国一の魔術師が、プライドも何もかもをかなぐり捨てた台詞を叫んだ。他の面々はと言えば、彼を窘めるどころか高速で首を縦に振っている。

 千秋は首を傾げた。


「ですが……殿下や団長様は、もともと魔力に頼った戦闘をされていたわけではありませんし」

「剣を持って歩くだけで罪になって、ツウホウされる世界でどうしろってんだ!」

「こんな世界では、剣術の稽古すらまともにできん……!」

「商人様も、この世界の産業を乗っ取るおつもりだったのでは?」

「モノを知らない頃に調子に乗ってただけです! 初期資産すらないのに、できるわけないじゃん……」

「神官様、ウチの世界にも神くらいいますよ?」

「わ、分かっております! ドラえ○ん神に、ピ○チュウ神。その他にも数多の神が……しかし、やはりルヴィーアの神でなければ、私は助力を請うことができない!」


 自らの存在意義をこてんぱんに潰され、『役立たず』の烙印を押された『エリート』たちは、打ちひしがれてなりふり構わない。千秋は密かに感慨に浸っていた。


 ――予想はしてたけど。ここまでボロボロになるとは。


 千秋の名誉のために言えば、彼女は実に親切に、男たちがこの世界に馴染む手助けをした。彼らは千華お嬢さまを『召喚』したルヴィーア王国の有力者、そのままでは誘拐犯扱いされるところを、全力で辻褄を合わせて『保護』にすり替えて。千華が連絡『できず』半年も行方不明にならざるを得なかった理由も、完璧に捏造した。

 明堂院家にやってきた五人を、ひとまず認めさせたのも千秋。風当たりの強い『新参者』を折に触れてフォローし、千華の傍仕えとして動けるよう手を回したのも、全部千秋だ。恩を着せるつもりはないが、補佐(サポート)は完璧だった。


 だから。イケメンたちからイケメンオーラが消え失せたのは、千秋のせいではない。原因は、全く別のところにある。

 魔術師が、青い顔でうなだれた。


「まさか、こんなに魔力がない世界があるとは思わなかった……。姫が当然のように術を使っていらっしゃるから、こちらにももちろん魔力はあるものと」

「そこは意志の疎通の欠如ですねー。千華お嬢さまはあの通り、とても正直なお方ですから、この世界がどんな文化を築いているか、質問すればお答えになったと思いますよ?」


 異邦人五人がまずぶつかったのは、この世界そのものだ。聞いた話によれば、彼らの世界は空気中に魔法の素になる『魔力』が溢れており、それを体内に取り込み術に変換させることを魔術と呼ぶらしい。魔術師の上位下位は、取り込む魔力を受け止める『器』の大きさと、『力』を『術』に変化させる感性(センス)の優劣で決まる。感性はともかく、器は生まれ持ったモノなので、魔術師が優遇されている『ルヴィーア王国』は生まれによる差別が酷いのだとか。国一番の魔術師とか言われていた銀髪黒ローブが、パーティ内で王子を差し置いてリーダーポジションにいた理由がこれで飲み込めた。

 が。どれだけ器がでかかろうが、術式センスに優れていようが、空気中に魔力がなければ、魔術を使うことはできない。もちろん一流の魔術師ともなれば、器の大きさも常人とは比べものにならないから、短期間ならば体内にストックした魔力で賄うことは可能だが。さすがに半年も経てば、魔力はすっからかんになったようだ。


(銀髪黒ローブ、『姫』に良いところ見せたくて、最初からばんばん魔法使ってたもんねぇ)


「私の生まれ故郷に、あんな恐ろしい魔王がいては、安心して眠ることもできないわぁ」「姫の憂いはこの私が必ず、取り払ってしんぜましょう」なんて三文芝居が日夜繰り返されていた最初の頃も、今となっては懐かしい。


 魔術がメインウエポンだったのは魔術師だけだが、他の面々も補助的な手段として魔力に頼っていたため、魔力が一切ない、この地球世界で過ごすのは、かなり苦しかったようだ。現代人が突然、一切の電気エネルギーを遮断された場所に飛ばされたと考えれば、彼らの辛さもまぁ想像できないこともない。


 加えて、奇しくも彼ら自身が叫んだように、この平和な『日本』という国も、彼らを阻む一要因となった。一般人が持って許される刃物は、精々カッターから包丁まで。刃渡りが一定の数字を超えた刃物は、持って歩くだけで犯罪になる。いや、カッターや包丁すら、刃をむき出しにして外を歩けば通報される国だ。

 そんな場所で、たとえ『魔王討伐』なんて大義名分があるとしても、腰に西洋大剣をぶら下げる男が怪しまれない訳がない。しかも、彼らが世話になっているのは、高名な明堂院家。警察より先に家に苦情が行くのは自明の理で、自分たちの評判を下げる『不審者』たちの暴挙を、外聞を気にする明堂院家が許すはずもなく。

 世継ぎの王子も、国一番の騎士も、世間の常識には太刀打ちできず、剣を置くしか選択肢がなかった。


 もともと補佐役の商人や神官は、異世界でも自分たちの特技を活かして『姫』を支えようと考えていたらしいが。


「何で国ごとに通貨が違うのに、国際取引とか成り立つんですか……。えふえっくすとか意味わかんないし」

「私にも、私にもモ○スター○ールがあれば……ポケ○ン神のお力を借りることができたやもしれませぬ。しかし、私はやはり、ルヴィーアの神官。ルヴィーアの神以外に、頼ることはできぬのです……!」

「通貨が違うからこそ、為替取引ってビジネスも生まれるんであって、FXはまぁ私もできないんでコメントしかねますが。この世界に住まう八百万の神に関しては、もう本当に『信じる者は救われる』レベルの信仰ですからねー」


 むしろ、ちょっと祈られただけでホイホイ力を貸す『ルヴィーアの神』とやらに、物申したい千秋である。詳しく話を聞けば、そもそも千華が召喚されたのも、その神が一枚噛んでいるらしいし。実際に会うことがあれば、マジで膝詰めお説教大会だ。

 千秋は顎に手を当てて、ほぅ、と息を吐き出した。


「――それで。皆様がご自分の無力さを痛感して、ルヴィーア王国に帰りたいとお望みでいらっしゃることは理解しましたが。肝心のお嬢さまは、どうお考えで?」

「チカこそ! チカの方こそ、もう俺たちを必要としてはいないだろう!」


 これまた、自国ではモテてモテて大変だったらしい王子様が、プライドぽーいな発言をかましてくれた。その他のイケメンらしい四人も、反発どころか消沈しながら頷いている。


「考えてみれば、当然のことです。この世界で、姫が居心地よく過ごされるためには、この世界のことをよく分かっている従者の方が重宝する。そんなこと、分かり切っていたのに……」

「あらあら。皆様とて皆様なりに、こちらの世界に馴染むべく、頑張っていらしたではありませんか」

「あぁ……チアキ様は、本当にお優しい。神子の妹御とは思えません」

「そうだ。本当に、チアキ殿には感謝している。姫さんのワガママに振り回される度、助けられて……」

「それが、私の役目ですからね。別に感謝されることではありませんよ」

「だから! そんなチアキさんだからこそ、姫様に上手く口添えして、我らを帰す方策を見つけ出してくれるんじゃないかって、僕らは思うんです」


 半年前と今とで、決定的に変わったことをもう一つ挙げるとするならば、異邦人五人の双子への評価だ。

 初日、あれほど千華を至上の存在と崇め、彼女に群れてまさに逆ハー状態だった彼らは、当然のことながら、こちらでもこれまで通り千華を取り囲んでちやほやし、千華からも重宝される生活を続けることができると思い込んでいた。千秋など完全に召使い以下の奴隷のようにしか考えておらず(極端な身分制社会のルヴィーア王国は当然、奴隷制度も現役だ)、初期の頃の傍若無人っぷりに何度、穴を掘って「肉体も魂も消滅すれば良いのに!」と叫んだか分からない。奇しくも彼らのせいで、異世界には『別の世界で死んだ人間の魂を呼び寄せ、生前の記憶は保ったままで生まれ変わらせる』なんていう人権無視な魔術も存在すると知ってしまった千秋にとっては、「死ねば良いのに」すら生温い罵声であった。

 しかし。千華はもともとこの世界で、蝶よ花よとおだてられ、天上の扱いを受けていた、そもそも生粋のお嬢さまであり『お姫さま』だ。意外と懐事情が厳しいらしい皇族のプリンセス方より、千華の方が間違いなく豪勢な暮らしをしていると、千秋は断言できる。

 そんな『千華お嬢さま』が自世界(ホーム)に戻って、ワガママ放題好き勝手できる状況で。

 ――この世界の電子機器すらろくに使えない、イケメンなところしか取り柄がないような男を、いつまでも重宝するなんて道理があるわけがないのである。


「我らが必死に、この世界にて姫のお役に立とうと、尽力している間に。姫のお心は、我らから遠く離れてしまった……」

「信じられますか、チアキさん! 僕がようやく、電動マッサージ機の使い方を覚えて、ご奉仕しようと姫様のお部屋に参ったら。『あらー、今日はリュウヤではないのね? 交代したの? お前、名前は?』って。確かにここ一月、お顔を合わせてはおりませんでしたが。――たった一月で、忘れられる存在だったなんて!」

「あー……、はい。ご愁傷様としか言えませんねぇ。いかにも『千華お嬢さま』らしいですが」

「あれと、あんな女と、十数年に渡って双子ができているチアキを、私は心の底から尊敬する……!」

「できているというか、血縁的にしなきゃしゃーないというか。千華お嬢さまにとっても、鏡を覗いたときと全く同じ顔がそこにあるんですから、いくらあの人の頭が残念でも、私を忘れるって至難の業でしょうし」


 半年前なら、下手したら嫉妬が返ってきたかもしれない千秋の言葉に、今の彼らから漂ってくるのは紛れもない憐憫だ。「あんなのと双子なんて、可哀想!」とビシバシ思われている。――ちなみに、半年前はしょっちゅう、「あのような下賤の存在と血が繋がっているとは」と、千華が憐れまれていた。無駄に立場が逆転したところで、嬉しくも何ともない。今、彼らが千秋を取り囲んでいるのは、逆ハー的なアレではなく、『溺れる者は藁をも掴む』であるわけだし。逆ハー的に囲まれても困るが。


「神子は、あれほど美しいのです。自分の世界に、私たち以上に神子を溺愛する存在がいると、何故考えなかったのか!」

「えーと……まぁ。美しさだけでなく、お金も持ってるし、財閥ご令嬢っていう身分も申し分ないわけで。お嬢さまに寄ってくる男なんて、それこそ途切れませんよね」


 もちろん、千華のステータスだけに惹かれて、うろちょろ周囲をついて回る男たちは、異邦人たちにも負けず劣らず使えないが。腹立たしいことに、千華の身の回りに侍ることを許された者たちは、見た目、能力ともに最上クラスであるのは周知の事実だ。

 見た目だけなら、トリップ組も負けていないかもしれない。しかし、能力的な面で劣れば、当然のことながら、千華の世話をする『側近』からは外される。最初は千秋のごり押しでどうにかなっても、使えない人間をいつまでも分不相応なポジションにつけておくほど、明堂院家は甘くない。

 千秋は最初から、その辺の事情を事細かに説明し、「千華に侍りたければ死ぬ気で努力しろ」とアドバイスしてきた。それを話半分に聞き流し、魔王探しの名目で千華を連れ回して甘い汁だけを吸い、明堂院家の怒りを買って側仕えから外された五人に、はっきり言って同情の余地はない。外されてから慌てて千秋のレクチャーを請うても、一度無くした信用を取り戻すのは並大抵の努力では足りないのである。


 千華がモテる云々以前の問題で、世界の経済をリードするとまで言われる財閥の総元締めたる明堂院家、その跡取り娘の側に、無能を置くわけがないという、これまた当たり前の話だ。心優しい千秋は、既に心が折れきっている『ルヴィーア王国の錚々たる顔ぶれ』たちに、追い打ちを掛けるのは遠慮してあげた。

 じめじめしている五人には既に、半年前のキラキラは微塵もない。明堂院の庭の片隅で、そこだけ一足早い梅雨が来たみたいになっている。


「魔王は見つからず、仮に見つかったとしても、今の我らで討伐は不可能。頼みの綱であったはずの姫にも忘れられ……我らがこの世界にいる意味が、どこにあると言うのです?」

「国に帰りたい……。魔王はもういないのだ。平和になった王国で、父上もきっと待っていてくださる……」

「あぁ、騎士団が心配だ」

「僕も、試したい商品があるんです。この世界の人から見れば、笑ってしまうような思いつきかもしれませんが」

「私も……帰って、ルヴィーアの神の、お慈悲を……」


 世の中には「ただしイケメンに限る」効果なるものがあると聞くが、それはこういう、キノコがスピード成長しそうな場面でも、適応されるのだろうか。世のお嬢さん方は、こんなイケメンでも美味しく頂けるのか、ちょっとスレでも立てて聞いてみたい。

 現実逃避気味に、そんなことをつらつら考えていた千秋の目の前で、突然繁みががさりと音を立てた。立って、周囲に気を配っていた千秋は気付いたが、泣き濡れている五人はまるで反応しない。……おい、そこの戦闘職。


 呆れた千秋の前に現れたのは、烏のような濡れ羽色の黒髪に黒い瞳、黒を基調とした『ザ・西洋の騎士!』な衣装に身を包んだ、同年代か少し上に見える青年だった。


「――随分な有様になったものだな、ルヴィーアの戦士たちよ」

「な……っ! ま、魔王!?」


 声を掛けられてようやく気付くとか、悪い意味で日本に馴れすぎてないか。王子とかはまだしも、戦争に行くことも多いという魔術師と騎士団長は、取り返しがつくか微妙なところだ。

 ところで、どうやら目の前のコスプレさんは『魔王』らしいが。……どう見ても人間です、本当にありがとうございました。

 だんまりモードに突入した千秋の前で、異邦人五人と『魔王』の会話が繰り広げられる。


「貴様! これまで、どこに隠れていた!」

「それを貴殿に説明する義務が私にあるのか、ルヴィーアの王子。どこで何をしていようが、私の勝手だ」

「ここで会ったからには、逃がしません……!」

「逃がさないのは結構だがな、魔術師。そのすっからかんの『器』で、そなたにいったい、何ができる? 私の方は、ここが魔力に拠らぬ世界だと渡ってすぐに気がついたため、今に至るまで魔力は温存してある。そなたら全員、吹き消すことなど造作もないぞ?」

「な、卑怯な!」

「卑怯とは異なことだ、騎士。戦場に合わせ、戦略を練ることなど、戦人としての基本であろう? そのようなことも思い出せぬほど、随分と生温いらしい、こちらの世界に馴染んだか」


 ……どうしよう。『魔王』の台詞がいちいち正論過ぎて、聞いているだけなのにかなり面白い。

 一応シリアスなシーンのはずなので、千秋は全力で、表情筋を引き締めた。

 ちなみに、会話はまだまだ続いている。


「ぼ、僕らが弱るのを待っていたのか。ここで一気に僕らを滅ぼす算段だったんだな!」

「そうしたいのは、正直なところ山々なのだがな。今ここで大規模魔術を使えば、後ろの屋敷まで粉々にしてしまいそうだ」

「む、無関係の人間を巻き込むなど!」

「……いやだから、そうなっちまいそうだからできねーっつってんだろ。相変わらず人の話聞かねえ連中だな」


 ぼそっと呟かれた一言が『魔王』の素であることなど、まさに一目瞭然だ。

 とりあえず会話が一周したのを確認して、このままだとおそらく延々進まないであろう話に切り込んだ。


「それで……えーと、『魔王』さん? 何しにこんなところまでいらっしゃったんですか? ここ、一応明堂院家の敷地内ですから、許可無く立ち入るのは不法侵入で、この家に連なる身としては、屋敷の者に報告しないとまずいんですが」

「そなたは?」

「申し遅れました。この世界にて、ルヴィーアの方々のお世話を任されております、小鳥遊千秋と申します」

「丁寧な挨拶、痛み入る。本当にこの世界の人間は、そこにいる連中の国と違って、親切で豊かだな」

「あー、ウチの国が平和ってだけで、荒れてる国もありますけどね」


 普通に『魔王』と会話する千秋に何を思ったか、お邪魔虫たちが割り込んでくる。


「チアキ! 魔王などと話をするな!」

「いや、話すなって言われても。相手の目的が分からないんだから、聞かなきゃどうしようもありませんし」

「こ奴の目的など決まっていますよ。我らの殲滅と、この世界の支配、それだけです。――近付かないで」


 ――魔術師に肩を抱かれた瞬間、閃光が迸った。轟音と共に、魔術師が塀に激突する。


「穢らわしい手でこの世界の娘に触れるでない、ルヴィーアの魔術師」

「……わーぉ」

「怪我はなかったか?」

「あ、はい。むしろ塀が心配なんですが」

「案ずるな。ここら一帯には結界を張ってある。物が壊れることも、草木が傷つくことも、……結界内のことが外に漏れることも、ない」

「おぉ、便利」


 ぱちん、と手を叩き、改めて、近くに来た『魔王』を見上げる。年こそまだ若そうだが、背はかなり高い。百八十は確実に超えているだろう。細身だが、ひ弱な印象はなく、典型的な『細マッチョ』だ。


「それで、『魔王』さんの目的は? どうも、あそこで塀と仲良くしてる方が仰ったような、『この世界の支配』に興味があるようには見えないんですけど」

「見えぬだろうな。――実際、興味もない」

「あら。それならどうして、わざわざ彼らの前に姿を見せたりしたんです?」

「そ奴らがようやく、私の『討伐』なんていうものを諦めたと見えたのでな。ついでにあちらへ帰りたいとも言っているようだったから、親切で顔を出したのだ」

「それって、もしかして。『魔王』さんは、彼らをルヴィーア王国に帰す手段をお持ちなんですか?」


 千秋の言葉に、塀に懐いていた魔術師と、その周りに集まっていた四人が反応した。千秋は背を向けていたが、それでもビンビンに視線が刺さってくるのを感じる。

 詳しい話を聞きたくて聞きたくて仕方がないのに、ここに来てプライドが邪魔をしているらしい五人に内心ため息をついて、千秋は『魔王』に説明を求める視線を送った。正しく受けてくれた彼は、一つ頷く。


「正確には、私一人では為せない。私と、この世界に戻った神子姫。二人の力を合わせることで、一度だけ、ルヴィーアへの扉を開くことができる」

「ってことは、『魔王』さんを倒しちゃったら、この人たち、自分の世界に帰れないトコだったんですね」

「あちらの座標を定めるのは私にしかできぬ故、そうなるな」


 そもそも、私を倒すなど、神子姫抜きのそ奴らでは不可能な話だが、と言い置いて、『魔王』は千秋の向こう側へと流し目を送った。


「さて、どうする。愚かな『ルヴィーア』の者共よ。ここで私に挑み、魂ごと消滅させられるか。それとも、敗北を認め、潔く国に帰るか。私はどちらでも構わぬ、好きに選べ」

「やったじゃないですか、帰れますよ皆さん!」


 手放しで喜んでやると、五人は顔を見合わせて。

 やがておずおずと、神官が進み出た。


「し、しかし。それでは魔王はこの世界に残る。あなたの世界を、魔王の脅威に晒すことになります」

「え、何それ。すごく今更ですね」

「しばし見ぬ間に、真っ当なことを言うようにもなったのだな。――案ずるな、神官よ。座標を定め、時空を裂いて道を作るには、莫大な魔力が消費される。そなたらを帰した後、私に残った魔力では、どう足掻いてもこの世界の脅威にはならん」

「空気中の魔力がゼロのこの世界じゃ、器がどんだけ大きくても、チャージできませんものね。魔力が尽きちゃったら、『魔王』といえどもただの人ってことか」

「そういうことだな。私もこの半年の間で、こちらで生きていけるだけの生活基盤は確保した。このままここで生きていくのに、不都合はない」

「殿下方は帰りたい、『魔王』さんはただの人としてこっちで生きていきたい。なんだ、ただのウィンウィンな取引じゃないですか」

「神子姫にとっても、悪い話では無いはずだぞ。魔力のないこの世界で、身の内に莫大な魔力を宿し続けるのは、肉体的にも相当辛いはずだ。こ奴らを帰すのに力を放出すれば、かなり楽になる」

「あぁ。それで最近、特に疲れることしてないのにダルそうだったんだ。そろそろ本気で病院騒ぎになりそうだったし、お嬢さまにも良い話ですね」


 さくっと話をまとめ、呆然としている男たちを振り返る。


「どうしますー? お帰りになるなら、お嬢さまに話通しますけど」

「か……帰れるのか?」

「魔王の罠、では」

「お前ら如き、罠にかけるまでもないわ。こっちで普通に生きていきたいのに、ルヴィーアの人間がいると目障りってだけだよ。帰りたくないなら、今すぐ消滅させる方向で良いか?」

「『魔王』さん、素になってますよー」


 このやり取りに、異邦人五人は震え上がった。「帰らないなら今すぐ消す」と言われては、罠だろうが何だろうが、「帰る」以外の選択肢などない。


「か、帰る! 俺たちは帰るぞ!」

「そうです。――懐かしき、ルヴィーアへ!」




 それから、数日後。「ルヴィーア王国からのお客人? ……あぁ、そんなのもいたわねぇ」などと抜かす千華に、最後のSAN値も葬られつつ。

 現れた場所と同じの方が座標が掴みやすいとのことで、再び千秋お気に入りのお寺の庭にて、『神子姫』と『魔王』が大規模魔術とやらを行使し。


 ――這々の体で破れた空間に突入していくイケメン五人を、千秋はのんびり見送ったのだった。





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