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【小説】 「オリガ・モリソヴナの反語法」~嘘を、虚構を背負い生きる人の強さと弱さ~

 二回目ッ!!

「オリガ・モリソヴナの反語法」 2002年刊行 著者・米原万里 


<ストーリー>

 主人公・シマは少女時代にバレエの指導で世話になった魅力的な教師オリガ・モリソヴナの過去を探る。その過程でロシアの闇を知り、旧友であるカーチャとの再会し、オリガの人生を知る中で自分の人生を決算し、区切りを付けていく。

スターリン時代~ソ連崩壊までのまでの流れが良く分かる一作。歴史ものやノンフィクションに近いリアル創作ものが苦手な人でも読みやすい一冊。


<面白かった所・お勧めしたいところ>

①歴史描写

 まず驚くのが後半の歴史描写。この本にこそ、新しい世界との遭遇と言う言葉を贈りたい。そう思ってしまうほど、この作品の歴史描写は読みやすく、そして興味深い物です。歴史の授業では数ページ、数行で終わってしまう時代の中にこんなにも濃い物語があったのか、と気づかされます。


②人物描写、物語

 オリガをはじめ、登場人物がとても魅力的でお話も面白い。前半はキャラの面白さを楽しむのも良いかも。ロシアの歴史の闇を凄まじい描写で描く一方で中年になってしまった主人公たちのほのぼのとした推理劇が緩和剤として、また本書のもう一つの魅力として機能しています。冒頭の少女時代描写のせいで引き立ってしまうシマたちの四十歳代と言う年齢。しかし、そんなものを感じさせないほど生き生きした可愛らしく微笑ましく、ほろ苦い冒険劇は真似したくなってしまいます。


 実はこの本を読んで私は「ああ、私って歴史ものとかノンフィクション系の小説は苦手だ」と思ってしまいました。何故かと言えば、この本は非常に読みやすく書かれているのですが、多くの本はそうではないからです。では読みづらいな、と思った歴史小説を挙げて、本作と比べてみます。


①ノンフィクションの歴史の部分とフィクションのバランスが悪い作品

 例に出して申し訳ないとは思うのですが、押井守「獣たちの夜(学生運動)」「ケルベロス鋼鉄の猟犬(第二次世界大戦)」みたいな歴史ものに一滴フィクションを垂らした系は取りあえず読みづらい物が多い。歴史の情報、歴史の情報、歴史の情報……正直、もうお腹いっぱいです。

それに登場人物も多い。何故なら歴史を語る上のベースとして登場する人物、思想、技術がべらぼうに多い。誰が誰だか分からなくなるし、誰が重要かもわからない。相当興味がないと読み進めるのが苦痛。


②歴史の情報が多いうえに物語が難解な作品

 でこれも例を出して申し訳ないのですが「ディファレンス・エンジン」みたいな歴史もので膨大な情報を提示しながら難解な物語が進むって言うのも相当きつい。登場人物のメモや相関図を作らないと話が理解できないので、読書だけで体力が消耗してしまうタイプ。


③本作「オリガ・モリソヴナの反語法」はどうか

 物語の構成は主人公であるシマがオリガの人生の軌跡を知るべく、それを知ると思われる人に話を聞いて回る、と言うそれだけ。恋愛とかアクションとかサスペンスとかは一切なしなので、歴史描写にのめりこめます。推理描写もほのぼのしていて、圧倒的な歴史描写に対する箸休め的な機能を果たすので物語自体が難解で歴史描写とかち合って味濃すぎ現象は起きません。歴史描写も削り落とされて余分な部分が少ないし、何処か重要かを登場人物に示させている徹底ぶり。でもやはり500頁(文庫版)と言うのは本としては厚い気がする。


 歴史ものとかノンフィクションに近いフィクションって相当書き手の力量が問われると思うのです。柳広司氏とか映画「人狼」はそれが非常に上手くて、歴史ものを異世界として楽しめたりできるのですが、多くはそれが難しい。米軍の歴史的作戦のノンフィクション「ブラックホーク・ダウン」や「ゼロ・ダーク・サーティ」とかも戦闘描写の圧倒的な筆力や情報量で救われているけれど、やっぱり歴史的に忠実過ぎてつまらない所もある。それらの課題にこの本「オリガ~」は本全体のテーマでぶつかっています。この本はノンフィクションであっても良いと思うのです。しかし、それをこの作品は素晴らしい方法で切り抜け、しかもそれを作品全体のテーマと絡めているという最高の手法を見せてくれます。


<ネタバレの少々入った考察>

 これらは読んでからの方が良いかも。「オリガ~」で語られるのは、正しい事、正しい生き方、見方=生きる上で正しい事ではない事もあるというテーマ。オリガは指導で反語法と言うのを使うのですが、その方法が過剰に褒めるという物。過剰に褒めるのは実は皮肉であり、実は強烈に罵倒をしているのです。反語法は過剰に褒めながら実は強烈に罵倒をしているわけでそこから反語(逆説)と言うテーマが全体を覆っていることを示唆します。

 

 後半でオリガの壮絶な半生(ここは本書を読んでお楽しみとしておきます)を知る女記者マリアが語り、シマたちがたどり着くオリガ半生は実は妄想も入り混じった「虚構」です。しかし、それはシマやカーチャを納得させ、これからの生き方や今までの人生に区切りをつけさせます。果たしてそれが「虚構」であることの何が悪いのか。それらのテーマはオリガ盟友エレーナの子供の話でも大きく表れています。それは本作で描かれる意外な「真実」でより一層引き立っています。絶対悪として描かれていたはずのある男が実は仁義のある男であったという真実。オリガが評価していたバレリーナであるジーナを育てた保育士が嘘をついていたという真実。悪を働いた政治家の素性は実はほとんどが虚構であった言う真実。

「真実は正しくない。人を救わない」と言う一つのテーマは、シマの同級生ジーナの話で最も語られることとなります。孤児のジーナはオリガとエレーナに―エレーナがかつて失った東洋人の娘の代用品として―引き取られます。誰かの代用品と言う一目では「悪」としか思えない言葉もジーナやエレーナ、そして、オリガを救うのです。

 自分の子供は殺され、その理由が自分にあるという真実を受け入れられず、その記憶をシャットアウトしているエレーナ。ある事件のせいでダンサーとしての能力を完全に失ってしまうオリガ。名前も親も民族もない「何もない」ジーナ。

エレーナは自分の子供としてジーナを受け入れることで救われ、ダンサーを諦めたオリガは幼いジーナにダンスを教えようとする。ジーナはオリガに才能を一目で認められ、その後の「自分」の人生を大きく方向づけられる。しかし、それらは全て虚構なのでした。

 ジーナは、自分には才能はなかったが夢を諦められないオリガがジーナを育成することで夢を昇華させようとしたから、自分には才能があると言ったと、ジーナは囁きます。しかし、それが嘘だったとしても、ジーナはダンサーとしての才能があったし、シマに自分の人生を笑顔で語ります。後悔はない、と。オリガも隠されていた教師としての才能を発揮し、有名な教師となります。エレーナは自分の子をもう一度手にする。このように本書では真実は正しくないのでは、と考えさせられます。

 本当は才能がないのに金の力で評価されるダンサー業界の「真実」を見て、悩んだ若きシマ。そして、その呪いのようにシマに対して降りかかった「真実」ダンサー人生の闇とその終焉。


 嘘を背負いながらも生きる人々の強さや美しさ。真実との戦い。それをこの作品は強く感じさせます。真実では正しさでは理不尽な世界とは向き合えない。戦えない。だからこそ、嘘を背負う強さ。嘘にしがみつく人間の弱さ。でもそれが本当に正しくないと言えばどうなのか、と言うテーマ。


 話は変わりますが、400人VS4人と言う圧倒的不利な戦闘で、ただ一人助かった米軍兵士の実体験を描く映画「ローン・サバイバー」。それを観て、敵に通報される危険を承知で弱者を解放し、その挙句に400人の敵に周囲を囲まれてしまう米軍兵士たちが英雄的に描かれているのを見て『米軍兵士バカだろ、そこはプロなのだから躊躇なく殺せよ。全然英雄的に見えないよ』と言うのではなく、遺族の事を考えて、その優しい嘘を、正しくなかった判断を受け入れる。英雄的な調理を受け入れる。これは「オリガ~」にも感じるフィクションの大切さでもあります。


 しかし、「オリガ~」は真実の辛さを描くだけではありません。シマと親友カーチャの別れの手紙の真実。そして、オリガの素性を知るジーナへの愛。それは真実でありながら人を生かす温かい物です。

そして、虚構として作り上げられた魅力的なキャラクターと物語と歴史的真実の融合。単純な一本のテーマでは終わらないからこそ、この作品は素晴らしいのかもしれません。


 実はダメな見本で上げた押井守氏は「虚構であってもそれが幸せであればそれで良いのではないか?」言うテーマの作品を多く撮っている監督であり「ディファレンス・エンジン」のウィリアム・ギブソンもそうだったりします。歴史小説は難しい彼らですが、彼らの現実と虚構を描く作品は最高。「オリガ~」と合わせて読む&観るのもGOOD。

てか、現実と虚構・女性がいっぱい出てくる・過去を探るというのが、前に紹介した「思い出のマーニ」と似ていますね((笑))。意図したつもりじゃなかったんだけどな……。こちらも合わせてどうぞ。


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