地に降りる竜
竜は地に伏せる、のトーリエ視点。先に竜は地に伏せる、をお読みください。
そしてやはり衝動的に書いてしまったものなので、設定が甘いかも。
楽しんでいただければ幸い。暇つぶしにでもどうぞ。
竜神様。その伝説は、古いものだ。
今はもう、それはただの言い伝えでしかなく、竜を見たことがある人もいない。
パリエでさえも聞いたことがあるだけなのだから、やはり伝説は作り話に過ぎないのかもしれない。
その日もやはり僕はパリエの話を聞き、この国の成り立ちや歴史などの授業をしていた。
「トーリエ殿下。そろそろ休憩にいたしましょう」
パリエはメイドを呼びつけ、茶の準備をしている。博識なこの老人は、茶の時間が1番好きなのだそうだ。
僕にはよくわからない。
ふと窓を眺めると、先程まで青々としていたのが嘘のように、黒い渦が向こうに見えた。身を乗り出し、まじまじと見つめる。
禍々しささえ感じるその渦の合間に、白い塊が見えた気がした。じっと見ていると、それはどうやら人型をしているらしい。
風に煽られるようにその華奢な肢体は動き、それから雲がそれを覆い隠した。
次に現れた時、そこに人はない。
白い、蛇のような。いや……あれは竜?
言い伝えに聞く、竜神様の姿。
もっと見たい、と思う間もなく雲が竜の姿を覆い隠した。
次に雲が晴れる時、先ほど見失った少女が現れた。
言い伝えによると、竜神様は人の姿を取ることもできるらしい。
ということは、あれは、竜神様なのか。
パリエを呼ぶと、パリエはそんなことはないと否定する。
僕はじっと竜神様を見つめ、はたと気づいた。
竜神様は空を自由に駆けるのではなく、落ちているように見える。
竜は空を飛ぶというが、少女のそれはやはり重力に逆らっているようには見えなかった。
思い立つと、居ても立っても居られない。
部屋を飛び出した。パリエが後ろで僕を止める声を出したけれど、そんな物に構っている暇はない。
護衛のダズが付いてきていることだけを確認して、厩舎に走った。
「ドゥル!僕の馬を出して!」
「は?……は、はい!」
厩舎番のドゥルは慌てながら、僕の馬であるクルスを出してくれる。クルスに飛び乗ると、一気に駆けた。
少女は静かに地に近づいている。
あんな高さから落ちたら、普通の人間ならば無事では済まない。けれど彼女なら。
彼女なら、大丈夫だという確信がなぜか僕にはあった。
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小高い丘、1年の半分を花に覆われている通称、花の丘に少女は倒れていた。
白い花は少女の血で赤く染まっていたが、竜の血は自然に豊かさをもたらすもの。花はいつもよりも咲き誇り、芳しい匂いを漂わせていた。
少女の体は傷だらけだったが、あの高所から落ちたのだと思えばかなり少ないものだ。
付いてきていたダズに少女を運んでもらい、城へと連れ帰る。
通常ならば、見知らぬものを城に入れるのはいけないことだが、そこは竜神様である。大きな反対はなく、城に連れ帰ることができた。
メイドが少女を手当てし、それから1週間。少女の体からは、傷が全て癒えていた。
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少女は名無しだった。
少女は、白いと言う理由で迫害されたのだという。なんと酷い話だろう。
竜は長寿で、100生きても子供扱いされるのだと聞いたことがある。にもかかわらず、彼女は僕とほぼ同じ歳だった。
子供にも満たない彼女を、生まれ故郷から追い出した竜達。竜は神聖な生き物とされていたが、話を聞いた僕には到底敬える存在と思えなかった。
白い彼女には真珠と名付けた。とても綺麗な白は、宝石のようだったから。
ペルラは、泣いた。
最初、それほどまでに嫌だったのかと心配した。けれど違った。
泣くほどに、嬉しかったのだ。
名前さえ付けられず、同族に嫌悪される彼女の心境はどれほどのものなのだろう。
王族として、次期国王として、国からも家族からも使用人からも愛されてきた僕には、想像もつかない。
だから、僕が愛そうと決めた。
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「トーリエ。お前の婚約者が決まった」
「はい?」
「隣国、サラドンナの姫君。シュアナ・ウィッツ・サラドンナ姫だ」
「ま、待ってください!父上!」
「なんだ。不満でもあるのか?」
片眉を不機嫌そうにあげ、父である国王が鼻で笑う。
「僕は……いえ、私は、ペルラを……」
「良い機会だ。話しておこう。ペルラは竜神、人とは違う。お前がかの方とどれほど親しくしていようと、かの方は1人を優遇することはできん。その責は王より重く、その存在は王族よりも貴重なのだから」
淡々と、王が話す。
それは父の言葉としてだった。
彼女は神。人とは交わることがない。彼女は竜。人とは関わることがない。
「理解したならば下がれ。間もなく、サラドンナの姫君がこちらへ遊びに来る。精々仲良くするのだな」
私はうなだれ、静かに下がるだけだった。
「どうしたの?トーリエ」
自室に戻る途中、ペルラに会った。
痩せていたあの頃に比べ、彼女の体はある程度ふっくらとした。
白い服を纏う彼女からは神聖さが溢れ、今にも天の国から迎えが来そうだった。神として。
「……ペルラ」
触れることさえためらわれる彼女に、手を伸ばす。それから、腕の中に囲い込む。
彼女はおずおずと私の頭に手を伸ばし、撫でた。
「大丈夫よ、トーリエ。私がいる限り。何も起こりはしないわ」
彼女は、自分が竜神でない限り、守護竜でない限り、この国に留まってはいけないと思っているらしかった。
だからきっと、私の妃になってくれ、などというのは無責任にもほどがあるのだろう。私がここへ連れて来た時、彼女をここへ留めるために竜神様としての枷を与えてしまったのだから。
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「トーリエ様」
涼やかな声が私を呼ぶ。
シュアナ姫だ。ペルラとは違う、神聖さはないものの品の良さが滲み出た隣国の姫君。
彼女は人間で、触れることさえ躊躇うような、そんな存在ではない。手を伸ばせば届く、愛し愛されるのに丁度良い人。
「ペルラ様は、美しい方ね。あなたが心を奪われるのも仕方のない方」
「……そう、だろう。……彼女は竜神様。シュアナ姫、すまないが名前で呼ぶのは……」
「ああ、ごめんなさい。あなたが竜神様を呼び捨てなさるから、思わず」
ふふ、と笑う彼女は意地悪く、強かな女性だった。
「貴方の心に竜神様がいても、わたくしは構わないわ。貴方の心のほんの端にでも、わたくしの存在があれば」
何より、心の広い人だった。
私の中の1番はずっとペルラで、それを理解し、それを受け入れてくれた女性。1番にはならずとも、私は私なりに彼女を愛おしく思った。
ペルラは、私が結婚しても変わらず、竜神としての立場にいた。
シュアナ姫の国も祝福し、たおやかに微笑む。私が手を伸ばしても、届かないのだろう。
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今更になって。彼女に、心置きなく居られる場所ができた今になって、竜達は彼女の存在の重さに気がついた。
迎えに来た、などとほざき、彼女を連れて行こうとする。
「人の国の王よ。白竜様は人のような小さな存在とは重みが違うのだ。そのチャチな鎖を解き、解放するんだ。お前がどう白竜様を恋い慕おうと、お前ら人と竜は交わらん」
ペルラが竜を大量に殺す前日、1人の竜が訪ねてきた。
「お前があの方を思うのなら、彼女を離してくれ。あの方はここでは生きられない」
離すものか、と思った。
彼女の居場所はここだと。しかし、間違いだったことに気がついたのは。全て終わった後だった。
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白い竜が黒い竜を襲う。
躊躇いなく、その白銀の瞳は赤い瞳を見つめ、その首筋に食らいつく。
竜が、竜を。
竜が、同族を。
殺しているのだ。手を握りしめる。爪が手のひらに食い込み、いつの間にやら血が出ていた。
やがて終わる。白い竜が、赤い華を地に咲かせ、その中心で寂しそうに笑う。
彼女は人を守るために、同族をやったのだ。その瞳は、どこにも居場所がないの、と言っていた。
「トーリエ。私は一体、何者なの?」
寂しそうに笑う。
同族を仲間と思わず、こんなことをしてしまった私は一体なんなの?と。
こんなことができる私は、人ではない。ならば何になれるの?と。
彼女をこんな風にしたのは私だ。私はそれが恐ろしい。
いつか彼女は、人は守るに値しなかったと人を見限らないだろうか。
私が全て悪いのだと気付き、私を恨まないだろうか。
私は恐ろしい。
いつかの人の世よりも、今この時、私が嫌われてしまうことが。私があの日城に連れて来なければこんなことにならなかったのでは、と彼女が疑問を抱くことが。
私は彼女が何よりも愛おしく、けれどもそれを言えない。
彼女をこの地に留める方法が、私が愛を伝えることではなく、責任という鎖で繋げることなのだと思った。
「……我が国の、守護竜様。貴女様は竜です。至高にして、孤高の」
「そう」
彼女は少しだけ、安心したように笑った。
「トワイリルト王国国王、トーリエ・エル・トワイリルト。我は竜神。唯一の神だ。お前の国の守護竜となろう」
ペルラ。私のペルラ。
いつ気づくだろう。私が私のために貴女をここへ縛り付けていることに。




