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調査

 校庭を歩きながら、僕は須藤さんから命じられた事を二人に説明していた。それは我が校の全体見取り図の入手。役職者が個人的に利用する部屋の内部写真を撮ってくる事。この二点。最中、蒔苗は終始不審な顔をして、山音さんは終始聞いていなかった。

頼れるのは己のみ。己を信じて突き進むんだ。僕。そんな感じで話が終わると、蒔苗は渋々ながらも仕方ないといった態で特に文句も言わなかった。山音さんも無言だった。

「着いた……」

 僕が二人を案内した先は、校庭を横切り、目の前にある校舎の正面ではなく、そこからぐるっと校舎を回った所、つまりは校舎裏にある入り口だった。

「おい、変態」

 蒔苗が言った。

「え? サキイカさんヘンタイなんですか? どおりで……」

 山音さんが言った。

ちょっと! 待って! 山音さん。どおりで……ってなんですか!

「ヘンタイチガウ!」

 うえ! 声がひっくりかえった。

「なによ、その声ッ! やっぱ、変態っぽい! こんなまっ暗い所に乙女二人を連れ込んで何する気よ! 返答次第によっては、あんたの息の根止めるわよ」

 そう言いながら、腕に絡みついた山音さんを後ろに寄せて戦闘態勢に入る。

「待て待て! 誰も何も考えてない。考えてみろ! 下校時間過ぎてるのに、正面玄関が開いてるわけないだろ! だから、こっちに来たんだよ。考えりゃわかるだろ」

「ん……っと、それもそうね。でもなんでここなの?」

「そりゃあ──ここが大丈夫だからに決まってるだろ?」

「ふーん……そうなんだ。まいっか、じゃあさっさと行きましょ」

 ガチャリ。

 僕が開けた扉から、順に蒔苗、山音さんと、中に入っていく。

「へえ、レディファーストなんて、あんたも気が利くようになったじゃない」

 おまえをレディー扱いはしていない。あくまで山音さんだけだ。なんて言えるわけもないから、僕は小さく鼻を鳴らすだけにした。

「ヘンタイ……」

 山音さん……呟きながら、そんな目で僕を見るのはやめてください。こう見えて、僕の心はガラスで出来ているんです。ホンット泣きそう。

最後に僕が中に入った。

 ガチン。扉が背後で音をたてた。

 僕たちはまず職員室を目指す事にした。なぜならば近いから。職員室は一階にあって、入った裏口からまっすぐ廊下を進んでいけば着く。ものの数十メートルってとこだ。

 僕ら三人はまっ暗い校舎の中を、月明かりを頼りにしながら、身を寄せ合って進んだ。若干、山音さんだけが僕から距離をとっているのが、もッの凄く哀しい。

「なんで、職員室なの?」

「は? 職員室に学校の見取り図が掛けてあっただろ? たしか避難用に」

「いや、知らない」

「なんで、そんな事も知らないんだよ」

「だって職員室に行ったとしても、詳しくなんて見た事ないもん……」

 確かに……そういうもんか。普通は見ないな。なんでも観察しちゃうのは僕の癖だ。でもそのお陰で今日は問題なく目的が遂げられるわけだ。結果オーライ。

「雑賀、着いたよ」

 僕は頷きながら、音をたてないように気をつけて職員室のドアに手をかけた。横にスライドさせると、小さくガラガラと音が鳴る。人ひとりが入れるだけの隙間を開けて、まず僕が入った。さすがに職員室に忍び込んでいるのにレディファーストもないだろう。

蒔苗、山音さんと続く。

「うわー! これが職員室ですか! 凄いですね。凄いですよ。でも職員室ってなんです?」

 山音さんが入るや否や、感嘆の声をあげた。

「しーーーーーーーー」

 異口同音だった。二人して反射的に指を口に当てていた。山音さんは少し怯えた様子で、そんな僕と蒔苗を交互に見ていた。

「怒ってますか?」

 蒔苗に上目遣いで問いかける山音さん。怯えていた。あわてて蒔苗がフォローする。

「いや大丈夫。怒ってないよ。でもほんとは学校の中に入っちゃいけない時間だからね。大きな声をだしちゃ駄目よ。わかった? 山音」

 無言でこくりとうなづいて、蒔苗に抱きついた。

あれ? なんかおかしくない? なんでこんなに蒔苗に懐いてんの? いつの間に? 僕の立場は? 山音さんとの親密度を上げるっていう僕の今日の計画はどこにいったの?

「雑賀。さっさと見取り図探してよ。あたしは山音を落ち着かせてるからさ」

「……わかったよ」

 気に入らないが仕方ない。僕は見取り図の掛かっている奥の部屋に向った。そして何の問題もなく、奥の部屋から見取り図を入手した。ついでに奥の部屋には学年主任や、教頭に与えられている個人部屋もあるので、一部屋につき、数枚の写真も撮っておく。

結構時間がかかったが、全て撮り終えて戻った。

僕が戻ってきても、女子二人は仲よさげに話をしていた。悔しい。

「蒔苗! さっさと次に行くぞ」

 少しイラッとして語気が荒くなった。

「サキイカさん、怖いです。蒔苗さん。助けてください」

 そんな言葉に、僕はもうどうする気力も起こりません。おい、僕の守護神、仕事しろ。

「次って?」

「……校長室」

蒔苗の言葉に、がっくりと肩を落としながら、僕らは次の目的地である校長室に向った。

どうしてこうなった? 今日は親交を深めるつもりだったのに。このままでは悔やんでも、悔やみきれん。帰るまでの間に少なくともニュートラルの状態まで戻さなくては。

「あの山音さん──」

 僕は意を決して、前を行く山音さんの肩に手を置いた。

 瞬間に。

「ひゃんっ!」

 可愛らしい奇声を上げて、山音さんは脱兎のごとく逃げ出した。

一目散に駆けていく、その後姿はとても可愛らしくて、眼福の極みではあるのだけれど、しかしこれで、山音さんの僕への評価はヘンタイに決定だろう。

蒔苗も同時に逃げる山音さんを追いかけた。僕は肩を落としてそれを見送った。

今日は散々だ。あれを追いかけても逆効果になりそうだ。仕方なく、走り去った山音さんと蒔苗とはそのままの距離を維持しながら進み、入ってきた入り口とは反対方向に廊下を進む。そのまま突き当りまで行き、左手に見える階段を昇った。

山音さんも蒔苗も少し先を上っている。僕は足元に視線を落としながら歩く。

校長室だけは何故か三階にある。と言う事はまあ、当然階段をのぼる事になる。さらに言えば、三階にのぼる階段だけ、何故かしらないが急勾配になっている。そしてそれをのぼっている。僕の前には女子二人。もう一度言う。僕の前には女子が二人。階段は急勾配。女子がそこを身を寄せ合って歩いている。昇り階段という事は自然、顔を上げれば下から覗き込むような形になる。いたしかたない。この状況はある意味でチャンスではないだろうか。

 何の、かは言わないでおこう。わかっている筈だ。顔をふっとあげるだけで、そこには曼珠沙華が咲き誇っているんだ。こればっかりはヘンタイのそしりを受けようとも、見ずにはいられない。いわば本能。山があったら登りたい。

むしろ、この状態からは失う信頼モノなどないのだ!

ならば、挑むべきではないか? いや! 挑むべきだ!

パンツ! ぱんつ! パンティー!

そう! それは青春の熱、情熱なのだ。見よう! そう決意した。僕は視線を上げる。上げるぞぉ! 頭部が空を切り裂く。髪が跳ね上がる。その速度は音速を超えた。

スーパーーーーソニック!

世界は今! 僕に微笑んだ!

勝利だ。天国だ。パライソだ。僕の眼前には広がっている──のは。

侮蔑。

広がっていたのは階段の踊り場から、僕を見下げている女子二人の光景。

「あんた……今度という今度はマヂで見下げはてたわ」

山音さんは無言で怯えながら、スカートを内股に挟んでいた。あ、怯えた犬みたい。

「え?」

「ほんっと……さあ……あんた。言いにくいんだけどさ。そんなに大声で主張する程に、パンツが見たいの? 見たいんだとしたら、それってヤバくね?」

 ばっっっっっっれてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!

「なんで……?」

「なんでって……あんた。全部大声でしゃべってたじゃん」

 死にたい。僕は崩れた。階段だったから危うく下まで転がり落ちそうになった。むしろ、そのまま下まで転がり落ちた方が幸せだったかもしれない。そうして命を落とせば、さすがにあの二人でも死んだ人間を悪く言う事はないだろうから、誰にもこの恥ずべき事実は公表されまい。みな、あわれ事故死した若い命を惜しみ、泣いてくれるだろう。

うん。そうだ! 今からでも遅くない。転がろう。

そして──そしてそして。閻魔様にあって、天国に行って、天女さんと──。

って……。やっぱだめーーーーーーーーー。閻魔大王の所で死んだ理由聞かれて、パンツ覗こうとしたのがばれて死にましたなんてとても答えられない! そんな事を言って、地獄の鬼娘にまで侮蔑の視線を投げられたら、もう僕は地獄でもう一回死ななければならない。でもオバケは死なない。オバカは死んでも治らない。

ああああああああああああああ。どーーーーしよーーーーーー。

頭を抱えた僕の肩が、ポンッ、と優しく叩かれた。

蒔苗だった。

「……んっと、まあ。思春期だしね。見たいよね。うん。あんた普通だって。だいじょぶ、だいじょぶ。だから、行こう。誰にも言わないし。ね……山音」

 そう言った蒔苗の瞳には憐憫の情が満ちていた。こっちの方が痛い気がする。

「まあ、蒔苗さんがそう仰るなら……」

「二人とも……ありがとう。ごめん」

 僕は力なく立ち上がった。立ち上げる瞬間、山音さんが一瞬ビクッとしたけど、仕方ない。

このマイナスをどこかで取り戻せるといいな。こんな短時間で、こんな紆余曲折を味わうとは思わなかった。もうこれ以上のトラブルなんてないだろう。

僕らは再び校長室を目指すために、階段を昇って、昇って、昇った。三階に着くと、廊下をまっすぐ進んで突き当たりに校長室の入り口はあった。

「柔らかいですねー。ふっかふっかふーかふかっ」

 山音さんが嬉々として廊下を走っていた。この階だけ何故か床に絨毯が敷かれている。しかも山音さんが言うように超ふっかふか。歩くと足が沈む。

「ちょっと雑賀! 何よコレ?」

蒔苗が驚きながら、辺りを見回していた。確かにこの学校の人間でも、この階にむやみに立ち入る事は禁じられている。生徒でも職員でもだ。

インテリアも他の階とガラッと異なっている。

高級な絨毯。等間隔にずらっと天井に並んでいるミニシャンデリア。重厚な木の質感の壁。西洋風の窓。まるでどこぞの洋館に迷い込んだかのようだ。

「ここって学校?」

 蒔苗も同様な感想みたいだ。まあ、はじめて入ったならそう思うよな。僕もそうだったし。

「学校ってすっごいんですねー」

 違いますよ、山音さん。ここが特別なんですよ。

「さて……」

 僕はたどり着いた校長室の扉に手をかける。重厚な木の扉が音もなく開いた。

隙間から、校長室の中を覗きこむ。誰もいない。当然か。この時間には学校からは誰もいなくなる。普通の学校だったら教師が残業でもしてそうなもんだけど、この学校は違う。六時を過ぎると学校から全員強制的に追い出される。

それは生徒、職員の別なくだ。

生徒だって、夕暮れの校舎に居残って青春を謳歌したいだろうし、教師だって残業代は欲しかろう。でもこの学校では絶対に禁止になっている。教頭が時間になると見回って、全員を追い出す。理不尽な制度だ。

だからこそ、今こうやって忍びこむ事も可能なワケだから結果オーライなのだが。

「いくぞ」

声に多少の緊張がこもる。何でだ? 僕もこの雰囲気にのまれているのかな?

「う、うん」

「はい」

 蒔苗と山音さんも僕につられたのか、緊張しているようだった。

 校長室は僕らをするっと飲み込んだ。

暗い。真っ暗だ。僕は制服の胸ポケットから、小型のペンライトを取り出した。くるっとスイッチを回すと、部屋が全体的にぼやっと明るくなった。

校長室の室内。廊下と調和のとれたインテリア。派手でも華美でもないが、質実がともなっていて、かつ高級感が漂うインテリア。

どことなく校長本人の雰囲気に似ている。我が校の理事長兼校長である、ええっと名前なんだっけ? 死刑宣告を受けた時に聞いた気がするが。

「蒔苗、校長の名前なんだっけ?」

「え? 知らない。だって見たことないし。いっつも出てくんのって教頭ぱっかで、校長なんて出てきたことないじゃん。ほんっとにいんの?」

「そりゃ、こんな豪華な部屋持ってんだからいるに決まってるじゃないか。僕自身もこないだの呼び出しで見たし。でも確かに存在を疑いたくなる程に見た事ないのは同感だけど」

ああ、思い出した。名前は確か、児玉龍治って言ったっけ。地元の有力者だって話をどっかの噂で聞いた。まさにその通りの見た目だったな。初見の印象としてはあれだな──クリーン系政治家って感じ。悪い事はしてません。清廉潔白です。でも有能でキレます。そんな感じ。

「んで、なにすんの?」

 横で蒔苗が言った。

そっか。目的をすっかり忘れてた。やっぱり雰囲気にのまれてるな。

「とりあえず。この部屋の写真を撮ってくるように須藤さんから言われてる」

 僕はブレザーの右ポケットからデジカメを取り出しながら答えた。

 そのまま、僕は無言で部屋中を隈なく写真に収めた。

机。壁。本棚。トロフィー。歴代の校長の写真。床。出入り口。隅から隅まで。勿論、フラッシュをたいている。あらかた撮り終えて、二人を見ると。

いちゃいちゃしてた。

正確には──山音さんが怯え、蒔苗がそれをなだめていた。

「どうした?」

「いや、なんだか知らないけど、山音が怯えだしたのよ。こわいこわいって」

「どうしたんです? 山音さん?」

「ここ、こわいです。早く出ましょ。いやです。居たくないです」

 そう言って、僕と蒔苗の袖を引いた。

「かっわいい!」

 異口同音。僕も蒔苗もメロメロだった。

「わかりました! すぐに出ましょう。いま出ましょう」

 僕は入り口の扉に手をかけると、ペンライトの明りを消した。

暗転。

扉を開けた。

明転。

開けた先に広がっていたのは白。全てが白かった。

僕らは全身を光につつまれた。

そんな僕らに大音声で告げられた声はこうだった。

「君たちは完全に包囲されている」


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