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第3話 重たい夜食

 畑には2mほどの茶色い毛並みの熊がよだれを垂らしながら農作物を喰い散らかしていた。

 

 熊の背後から走りながら抜刀すると、熊がこちらの殺意に気づいたのか突然振り向き、丸太のような腕と鋭い爪で私を引き裂こうと横に腕を振りぬく。

 

  私はそれを跳躍して躱すと、刀身を下に向け頭の後ろに突き刺した。


 「浅いか…」


 「グォォォォォ」

 

 熊が怒り狂って腕を頭の上にいる私めがけて振り回してきたためとっさにその場を離れた。


 刀を突き刺した箇所から血しぶきがあがっている。


  地に足をつけ、熊のいる方向を見ると、熊が後ろ足で立ち上がり、前足を大きく振り上げていた。


 その姿はあまりに大きく、先ほどのように急所を狙う事は難しい。


私は、瞬時に熊の正面に駆け寄ると刀を二振りした。熊の両前足は吹き飛び、大量の血が地面を汚した。


 熊がバランスを崩し地面に倒れる瞬間に首をはねた。


 本当はなるだけ痛めつけたくはなかったのだが、こちらも生きる為に必死なのだ、許して欲しい。


 私は騎士時代から獣を狩るのには自信があった。


 獣は魔法を使わないから、近距離の戦いになる。せめて近距離戦では負けないよう訓練してきたのだ。


 なるだけ一撃で葬りたいのだがそれがなかなか難しい。本当に魔法が使えればどんなに良いのだろうと何度も思ってきた。


 刀についた血を布で拭き取っていると背後から“ジャリッ”というこちらに近づいてくる音が聞こえる。


畑に近づく前から熊とは別の気配を感じていた。


 気配のある方向に振り向くと村長の家で寝ているはずの少年がいた。その目には地面に倒れた熊の死骸が映っていて、ギュッと握られた手がかすかに震えているのが見える。


 「見ていたのか?」


  そう尋ねると少年は首を縦に振った。そして、唐突に言った。


「弟子にして欲しい」


 望む事はどんな事でもすると彼は言い出した。

 

 まだ10歳ほどの子どもだ。一体何ができると言うのだろう。 それ以前に魔法が使えない半人前の自分が弟子を取るなんて考えた事もない。


 「弟子になってどうしたいんだ」


 「強くなる」


 「強くなってお前は何をする」


 少年は握られた拳を握りしめて答えた。


「仇討ちだ」


 少年の目には黒い殺意の意思が鋭く漂い、貧相で弱々しい少年の体とは不釣り合いな凄みがあった。


 弟子などとったことはないし、人に教えられるほど立派な人間では決してないが少年の意思がそう簡単に揺らぐようなものではないと、今までの戦場にいた者としての経験から悟っていた。


 少年が言うには住んでいた村を襲った山賊は5人、いずれも刀や斧などの刃物を持っていたという。


 主犯格はひげ面の男で、それを「兄じゃ」と呼ぶ巨漢が魔法が使えるらしい。


 「無理だな」


 どんなに復讐を望もうが、10歳そこらの少年が魔法使いがいる山賊達に勝てるわけがない。


 「殺された兄や両親、村の人たちの恨みを晴らしたいんだ、どうかオレを強くしてくれ」


 私はため息をつくと駆け寄ってきた大人達に熊の解体を任せて井戸の水を浴びる事にした。




 あの少年に何ができると言うのだろう。


 早いとこ村の人間達と馴染んで、人並みの生活を手に入れた方が良いに決まっている。復讐なんて口で言うのは簡単だが、返り討ちに合うのが目に見えている。


 そんな事を考えながら頭から井戸の水をかぶり“ガシガシ”と頭皮を洗う。


 全身汗と血に塗れた体を清めると先ほどの戦いの興奮が収まっていく。


 しばらく水をかぶるのをやめ、自分の子ども時代を考えていた。


 子どもの頃はとにかく、大魔法使いであった祖父の血を色濃く受け継いだ兄達に比べ、全く魔法が使えなかった自分が惨めでしょうがなかった。

 

 魔法さえ使えれば、家族の顔に泥を塗らずにすむと考えていた。そしていつか魔法が使えるようになり、家族に喜んでもらえるだろうと信じていた。


 あの少年も、頑張ればなんとかなると思っているのだろう。


 確かに、獣相手なら私のように何とか倒す事は出来るだろう。


 しかし、この世界において魔法使いは圧倒的に有利である。


 どこからどんな攻撃がされるかわからない上に、距離をとられたらまず攻撃方法がない。せいぜい弓か投石をするぐらいだ。


 下手をしたら魔法使いに狙われていることにすら気づかずに即死させられてしまう。


 そんな事を考えていると、急に頭の上から水が落ちてきた。


「わっ」


 咄嗟に魔法使いから攻撃を受けていると感じ、近くに置いていた刀を抜刀し後に感じた気配に向けて刀を向けた。


「ワワワワッ、驚いたぁ」


そこにはドスンと尻餅をついたゴーレムがいた。


「お前、どうやって…」


 いくら水を浴びていたとはいえ、訓練を受けた私の後ろを、何の気配もなくとるなんてあり得ない。


 ましてはこんなにも鈍重そうな体をしているゴーレムに。


「いや、小腹が減ってしまって、アルを探していたんだ」


 こんな暢気な奴に後ろをとられるなんて、もう本当に騎士を辞めて良かった、と改めて思った。


 しかし、先ほどの少年が長い事返り血を洗い流している姿を物陰から見ていることには気づいていた。


 きっと少年にばかり気を取られて偶然出来たほんの一瞬の隙をあのゴーレムにたまたまつかれてしまったのだろう。

 

 少年はこちらをみて目を丸くしていた。やはり何度見てもゴーレムは珍しいのだろう。


 私が咳払いをして物陰を見るといる事がばれていると感じ取ったのか、すぐにいなくなってしまった。


 「はぁ…、夕飯を出してもらっただろうが」


 「なんか、美味しかったんだけど少し物足りなくて、アル頼むよぉぉ」


 うるさいゴーレムにはとりあえず先ほどの熊の肉を村人から貰ってきてあぶって食わせた。


 「うまぁぁぁぁ、少し筋っぽいが野性味あふれる味が体にビンビンと力をくれる感じがする。それにただ塩焼きにしているだけではない…なんだこれは?野菜か?香ばしい臭いがさらに食欲をそそるぞ!」


 相変わらず飯になるとうるさい奴だ。


 アーティファクトの癖にこいつの中身は一体どうなっているのだろう。胃袋だけなんじゃないだろうか。


 「夜中なんだ、静かにしろ。それはガリクと言って滋養効果もある薬味だ。今回はすり下ろして塩と一緒に肉に揉み込んである」


 ゴーレムは“なるほど”とつぶやくとひたすら肉に夢中になっていた。

昔、一度だけ熊の肉食べた事があるのですがそれはもう美味しくて…、つい思い出して書いてしまいました。今度は鹿肉について書きたいです。

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