第1話 色読み
妖魔とは人間に似た容姿を持つ亜人である。
その生態は謎に包まれており、どの様な文明を築いているか、どこに住んでいるのか、詳しい事はわかっていない。
ただ一つわかっているのは、彼らは大陸の中心部にある樹海に潜んでいるという事だけだった。
バスター伝説にあるように、人類は樹海の開拓という宿願を果たそうと何度も樹海へ遠征を行って来た。
しかし、人類が樹海の覇権を得た事は一度として無い。
樹海の内部には世にも恐ろしい人食い魔獣の巣窟があり、一瞬で人を溶かす死の沼が広がり、一息で死に足らしめる毒霧が発生する死の世界が広がっていると言われている。
そしてその地獄の中を古より住まう妖魔達が、ことごとく人類の侵入を拒んで来たからだ。
妖魔は例外なく個としての力が強く、妖魔一人を倒すのに騎士が20人必要だと言われ、絶え間ない人間との争いの中でも、その圧倒的な個の力で対抗し樹海を守って来た。
準類の長い歴史の中で、妖魔達との衝突が繰り返されているうちに、このような噂が流れ始めた。
ある者は言った、なぜ妖魔達は人間達を拒絶し、樹海を守ろうとするのかと。
ある者がそれに答えた、それは妖魔達だけが樹海に眠る宝を独占しているからだと。
そしてその宝こそ、バスターが人類に残した財産に違いないと。
ことの真相はわからないが、その様な噂が流れてからというもの、樹海に挑む国は後を絶たなかった。
そして、人類と妖魔の間には決して埋まらない憎悪の壁ができあがった。
その人類と妖魔の歴史に革新的な出来事が起こった。
大陸東部にある大国グラディスが妖魔達と同盟を組んだのだ。
この出来事が発端で、この物語の主人公である元騎士とその相棒の銀のゴーレムの運命は大きく変わることになった…。
「アルフレッド殿ぉ!どこにおられるのですか!?」
グラディス西部の渓谷。
石を積み重ねて作った簡単なかまどの上には川魚で作った鍋が湯気とともに食欲をそそる匂いを漂わせている。
「まったく、あの人は…」
私の名前はアーティ・サリヴァン。
栄光あるグラディス王都騎士団の一人だ。
現在は我が王の命に従い、妖魔狩りの犯罪組織“スーラ”の尻尾を掴むため単独で調査を続けている。
そんな中、スーラの毒牙にかかりそうになった妖魔の大貴族スカーレット・ランプリングを救ったアルフレッド殿と出会った。
スカーレットを救った事が原因でスーラから命を狙われることになったアルフレッド殿と利害が一致した私は手を結び、共に妖魔の国へと向かう事になったのだ。
辺りに人影はなく、ただただ川のせせらぎが聞こえる。
私が起きた時にはすでに、アルフレッド殿が寝ていたテントは畳まれていて、お供のゴーレムの姿も見えなかった。
私のテントの前には“散歩に行ってきます”とだけ書かれた置き手紙が置いてあった。
かまどの火が消えているというのに鍋の中身は暖かいため、そう遠くには行っていないと思われる。
アルフレッド殿は自分の置かれている状況がわかっているのだろうか。
「…しょうがない、術を使うか」
私は生粋の青の魔法使い。
偵察と妨害を得意とする魔法を使う。
目をつぶり体外魔力・マナを集めるイメージを強く持つ。
すると回りにいる木々や、川の中にいる魚のマナが見えるようになる。
私はこれを“色読み”と読んでいる。
色読みは“見たい”と念じれば自分自身の姿ですら真上から俯瞰する事が出来る。
遥か遠く離れた場所を探知することは出来ないが、自分の視力で見える範囲内であれば魔力の動きを捕えることが出来るのだ。
この色読みを使う事で私は戦場で敵の動きを察知して味方を助ける事ができた。
また、魔力の種類や大きさに応じてマナの形や色を見分ける事が出来る。
先日のジャッカル襲撃の時もそうである。
私は自分の目に絶対の自信がある。
ジャッカルの黒鉄のゴーレムが来たとき、アーティファクト特有の茶色の光の塊が向かってくるのが見えたからいち早く対応する事ができた。
アルフレッド殿がそう遠くに行っていのなら、すぐに見つけられるだろう。
「おはようございます、アーティ殿」
「ふぇッ!?」
私が心の目で森の中を見ていると、突然後ろから声をかけられた。
私は口から心臓が飛び出るような思いをした。
「なッ、いつからそこに…」
「あ、ああ。すみません。術を使って戻ったので驚かせてしまいましたね」
そうだった、アルフレッド殿は特殊な移動魔法を使う人だった。
それにしても辺りを見ていたというのに全くその気配に気づく事が出来なかった。
“王都騎士の私がこの名も知られていない旅人に後ろをとられた”
これが戦場だったらさすがに倒されはしないとしても、深手を負っていたのではないだろうか。
うぬぼれるわけではないが、私もこの国を代表する騎士の一人である。
その私が簡単に裏をかかれる…、このアルフレッドという人物は私の想像以上の強者なのかも知れない。
そんなことを思っていると、銀色のゴーレムが口をモゴモゴさせているのが見えた。
「あれ?」
私の目の錯覚であろうか?
今、キノコの傘が口元から口中へ吸い込まれて行ったように見えた気がするが…。
「どうかされましたか?」
アルフレッド殿は純粋に私が心配という様子でこちらを見てきた。
私は目をこすって、再びゴーレムの口元を見るが先程のようにモゴモゴと動く気配はない。
「い、いえ。なんでもないです。まだ寝ぼけているのかもしれません」
「ははは、それではすぐに朝食にしましょう。それまで顔でも洗って来てください」
そう言うとアルフレッド殿は火をおこして、腰に下げていた布袋からキノコを取り出した。
「それは?」
どことなく、先程ゴーレムが食べているように見えたものに似ている。
「ああ、これはポルチです」
「なんと、王都でもよく使われている高級キノコじゃないですか」
アルフレッド殿が袋から取り出したキノコは香りも大きさも素晴らしい立派なキノコで、素人の自分でも店で購入すればそうとうな高値がつくとわかる。
「ええ、私はどういうわけがこのキノコを見つけるのが得意でして、匂いがすると体が勝手に探しに行ってしまうんです」
「それは素晴らしい」
「はは、お互い(・・・)このキノコには目がないのでついつい取りすぎてしまうんですがね」
「お互い?」
「あ、ええと、その。…私とアーティ殿という意味ですよ。変な言い回しをしてしまいましたね。寝ぼけているのは私の方です、あはははッ」
アルフレッド殿はなぜか大きな声を上げてそう言うと、せっせとナイフでキノコの石突きを取り除くと、器用にナイフで木の枝を研いで作った串に刺して焼き始めた。
アルフレッド殿が急に真剣に料理を作り始めたので、私はそれ以上話しかけることができなかったので身支度を始めた。
それにしてもポルチが好きなんて話をアルフレッド殿にしたことがあっただろうか?
そんな疑問はアルフレッド殿が作った最高の朝食の前でどこかに吹き飛んで行ってしまった。
まったく不思議な方である。




