第19話 災いの始まり その2
金髪少年はアーティ・サリヴァンという。
サリヴァン家はロイド家と同様に王都の上級貴族であり、王都騎士を数多く輩出して来た名門である。しかし、ここ数十年騎士を輩出することがなかった。勿論、何度も顔を合わせた事があるが、アーティほどの歳の物を見た事がなかった。
一緒に食事をとる事になった隊長はマーク・ホーナーといい、大柄で口ひげを生やした初老の男だ。
食事をとる場所は町の中央にある如何にも格式高そうな白壁の店で、夜だというのに昼間のように明るい。
私は、家名だけで王都騎士に在籍していたという過去を知られたくないので、アルフレッド・クレイトンという偽名を使う事にした。
でてきた料理はどれも上品で、普段食べる事が出来ない様な高級な食材で作られていた。
なかでも特に目を引いたのが大きな白身魚が頭から尻尾まで丸々入ったスープだった。
給仕人がその身を切り別けて深めの皿にスープを盛ると私は早速口に入れた。
うまい!
スープはどこまでも透き通っていて一見薄味のように見えるがそうではない。
魚の頭や尻尾まで使い、その旨味を無駄にする事無く全てスープに封じ込めているのだ。
さらにガナリア料理には欠かせないガリクとランカン油を使っているため匂いが食欲を刺激しつつ、魚の旨味をしっかり引き出している。
私が、スープを口に運ぶ度に椅子の横にいるレイが“あ、あ、あぁぁ!”と小さな声で私の一挙一動に反応を見せるので罪悪感が生まれたが、聞かなかった事にした。
すまない!これもお前のためなんだ。
そう思いつつ、私の匙を持った右腕は勝手に動き私の口にスープを入れ続けた。
レイからずっと視線を感じているが私は恐ろしさから極力見ないようにしていた。
きっとさぞ恨めしそうに私を見ていることだろう。
そんな事を考えていると、他の視線を感じた。
アーティである。
一瞬、レイの声が聞こえたのかと焦ったがどうやら彼は私と会話がしたかったらしい。しかし、あまりに熱心に私がスープを食べていたため声をかけることがでなかったとの事だ。
全く、我ながら王都騎士を、それも王都の上位貴族を目の前にしているというのに食事にだけ集中してしまうとはなさけない。
しかし、隊長のマークもアーティも私が料理を楽しんでいることを快く思ってくれたようだ。
心優しい騎士達である。
「アルフレッド殿はさぞかし御高名な魔法使いでありましょう。そのような精巧なゴーレムは王都でも見た事がありません」
「は、ははは、ありがとうございます。そんな事を言われたのは初めてで、いささか照れますな」
「またまたご謙遜を。今日の戦いでを拝見して、剣においても相当な使い手だと感じました」
この二人と話していると、やたらと褒めてくるため体中が痒くなる。
私はたまらず話題を変える事にした。
「そ、それにしても今日現れた黒い犬の様なものは何だったのでしょうか」
「あれは…」
「あれはゴーレムです」
マークは言いにくそうにしているが、それを食い気味にアーティが答えた。
「ゴーレム…先に倒した岩のゴーレムとはずいぶん形が違いましたが」
「ええ、あのゴーレムは体を自在に変えることができる特殊な黒い金属によって作られているようです。普段耳の大きな犬のような姿をしているためその術者も含め“ジャッカル”と呼ばれています。私もこの目で見るのは初めてでしたが、あの様な特殊なゴーレムを使うのは一人しかいない」
「…ちょっと待ってください。アーティ殿はあの黒犬をご存知なのですか?」
「アーティ殿は元々このガナリアに、ジャッカルを雇った組織の調査のために訪れたのです」
「ジャッカルを雇った組織…」
「アルフレッド殿、ジャッカルを雇ったのは“スーラ”という犯罪組織です。誘拐、強盗、殺人、お金のためなら何でもするおぞましい集団ですが、中でも密猟…魔石を狙った妖魔狩りを主に行っています。この組織は、我が国と妖魔の間で結ばれたれた同盟を崩すため妖魔の大貴族の暗殺を謀ろうとした。…あなたにこの事を話した意味が分かりますか?」
まずい、と思った。
私とレイが狙われていることがバレていた。
「あなたが、狙われている事を隠していたのは知っています。正直にその理由を教えて頂けませんか?」
なるほど、最初からその話をするために私を食事に誘ったのか。
この店は個室で食事をさせる珍しい店であった。気がついたら給仕人も姿を消していた。
どうやらこの店は騎士団とつながりのある店らしい。
「気分を害しさせてしまい、申し訳ございません。しかし、この話は他の騎士達にも知られてはいけない事なのです」
ここまできたらしょうがない、王都騎士が一人でガナリアにいるのもおかしいと思っていたのだ。
正直、せっかくの美味い料理の後でこのような話をするのは嫌だったのだが、マークの申し訳なさそうな表情を見て仕方が無いと思うようにした。
私は、腹をくくり妖魔の大貴族であるスカーレットが暗殺されそうになったこと、妖魔狩りをする一派がいること、彼らの目的が魔力を増幅できる黒い石を密猟し続けること、そのため密猟を取り締まる協定を国王と結ぼうとしたスカーレットを亡き者にしようとしたこと、そしてスカーレットを助けたことでその一派に狙われていることを話した。
アーティは私が話し終えると“やはり”と呟いた。
アーティは王都騎士が持つ情報網を使って妖魔狩りの一派“スーラ”を撲滅するために調査を行っていて、事件のあった森に向かう途中で今回の事件に遭遇したのだ。
「もしや、アルフレッド殿がスーラから抜けようとして口封じのために殺されそうになっているのではないかと疑っていたのですが、その行動や人格を見てその様な疑いを持った自分を恥ずかしく思います。どうかお許しください」
「よ、よしてください、私はたまたま二つの事件に関わってしまっただけで。むしろ今回は私のせいでガナリアの人々に迷惑をかけてしまったと思っているのです」
「しかし、その人々を救ったのもアルフレッド殿でございます。あなたは何も悪くはござらん。憎むべきは卑怯にも黒い石を密猟するスーラ。ガナリア騎士団隊長として許す事のできない問題でございます」
マークは自信の魔力と刀で戦うことに誇りを持っている者は黒い石の様に魔力を増幅させる道具を使う事が卑怯と感じているのだと感じた。そしてそのために不意打ちを仕掛けてくる犯罪組織に騎士として嫌悪感を持っているようだ。
「しかし、なぜその話を先程の屋敷でできなかったのですか?」
「それはお恥ずかしいことですが、スーラは騎士団にも入り込んでいるからでございます」
私の頭にスカーレットを助ける際に対峙したラモンの顔が思い浮かんだ。
強い力を持ちながら、黒い石を使い妖魔への強い憎しみをぶつけて来た恐ろしい敵だった。
騎士の中にも彼のように力を渇望し、妖魔へ激しい恨みを持つ者は大勢いるのだろう。
たしかに、誰が味方で敵かわからない状況で妖魔狩りについての話などできない。
「アーティ殿がスーラを追うためにガナリアに来た事はわかりました。しかし、その事を私に話してどうするつもりなのですか?」
「単刀直入に話します。アルフレッド殿、私と一緒に妖魔の国へ行って頂けないでしょうか」
「妖魔の国?」
「国と言っても妖魔の大貴族が納める小さな集落のようです。私も行くのは初めてですが、あなたにぜひ同行してもらいたい」
「それは、どういった意図でそうおっしゃるのですか?」
私はこのアーティという騎士が誠実な人物であると信じているが、今まで敵対していた妖魔達の国に同行するという不自然極まりない依頼に疑問を持たぬわけにはいかなかった。
「スーラの手の者がどこにいるかわからない以上、ガナリア騎士団の中ではあなたの命を保証する事は出来ません。王都になら信頼できる者達にあなたを匿ってもらうよう頼む事が出来ますが、いかんせん距離がある。その間に襲われないとも限らない。幸い、あなたが助けたランプリング家の姫君が納める集落はここから半月で行ける距離にある。」
なるほど、身内を狩られている妖魔達に匿ってもらえればスーラに命を取られる心配は無いということか。
それなら納得がいくが、きな臭さも感じないわけではない。
「少し出来すぎた話のようですが」
そう聞くと、アーティが形の良い両眉を八の字に変えて苦笑する。
“あなたには隠し事ができない様ですね”
そう呟くとアーティは説明をはじめた。
「先に話した通りに事件があった森にも行く所でしたがそれは二の次。本命はここの騎士団と、妖魔の国の戦士とで妖魔狩りをしているスーラを取り締まる算段をする為に使わされました。
しかし、私が行った調査でガナリア騎士団内にはスーラの一員が潜んでいることがわかり、こちらの動きを悟らせないためにも協力を求められなくなった。
そして今回の事件が起こった。スーラの者達はスカーレット姫暗殺を妨害したあなたを許さない。その証拠にジャッカルを送って来た。
彼らはどこまでもあなたを追ってくるでしょう。
そこで、私があなたを妖魔の国へ連れて行く事で追って来たスーラの者を捕え、スーラの頭の居場所を吐かせてスーラを壊滅に追い込もうと考えたのです。
あなたの命も救え、スーラも壊滅させられる。現状ではこれは最良の案ではないかと思います」
アーティが言うには、今まで尻尾を掴んで来たスーラの手の者は問いつめられた所で歯に仕込んだ毒薬を噛んで自殺したらしい。
アーティは自殺をさせない拘束術を持っているとのことで、スーラの者を捕えるには自分が最も適していると自負しているらしい。
「つまり、私を囮にしてスーラをおびき出そうということですね」
「平たく言うとそうなります」
正直、胸の好かない話だった。しかし…
「私はあなたにとんでもなく非常識な事を頼んでいると思います。しかし、あなたにとっても私にとってもそれが最良の道だと私は考えています。あなたの事は私の命に代えても守り抜きます。どうか、私の願いを聞いて頂けないでしょうか」
彼の目は常に真剣で、心からでている言葉だと私の直感が告げていた。
それは若い日の青臭さが漂う自分を見ているようで、逆に自分が力を貸してみたくなる様な姿だった。
「死んだら囮の意味が無くなってしまう。どうか私の事を守っては貰えないだろうか、王都騎士殿」
「喜んで、妖魔の国までお供させて頂きます。」
そう言うと、私とアーティはどちらとも無く手と手を差し出し、重ねた。
これで長かった二章が終わります。
三章の投稿はなるだけ早くに再開したいと思っております。




