第12話 ネスカ その4
少し長くなってしまいました。読みにくかったらすみません。
これにてネスカは終わります。
レイが口の中にネスカを入れると、今まで感じた事のない味わいに心を打たれた。
まず、最初に感じたのは野菜からくる酸味、調味料からくる辛さ、そして魚の油漬けがほぐれ混ざっているため噛み締めるたびにその魚の旨味が口いっぱいに広がる。
そして、その他複雑な旨味がシチュー全体に行き届いており、先ほど話していたランカン油とガリクの香ばしい風味がネスカを口にする度食欲を刺激して匙を持った手が口にネスカを運ぶのをやめようとしないのだ。
「アル、凄く美味いぞ!こんなに美味いものは初めてだ!」
レイが匙を持たない方の手をバタバタと振り回しながら喜び、ハムを食べたとき以上に興奮している。
私はずっと驚きと喜びが混じったその言葉が聞きたかった。
ネスカは市場で新鮮なマト、ガリク、唐辛子、パー、魚の油漬けを使ったシチューである。
ガリクとは古来から使われている食材で、強力な滋養強壮に良く、その香ばしい匂いは食欲を引き立てる役割を持っている。
パーはチョウフウ木からとれる緑色の木の実を酢漬けにしたものだが、これが料理の酸味と風味をさらに複雑に厚みのあるものへ昇華させてくれる。
今回はランカン油でガリクを炒めそこに唐辛子とパーを投入し風味を出し、魚の油漬けを入れてぶどう酒を加え魚の臭みをとった。
次にあらかじめ潰しやすいようにサイコロ状に切っていたマトを投入し、潰しながら食材を鍋の中で炒めていく。
マトはこのガナリア周辺で多く作られている直径10センチほどの赤くて丸い野菜で、真っ二つにすると内部から酸味と甘みを多く含んだゼリー状の柔らかい果肉と果汁が溢れ出でてくる。
マトはこの料理の要であり、ガナリア周辺地域の特産品である。そのため、ここに着いたら一度は作ってみたい料理であった。
これは補足になるが、ネスカの燃えるような赤色もマトから来ているため、見た目にもマトは重要な野菜である。
このままでも十分美味なのだが、ここでさらに加えるものがある。
鶏からでる旨味である。
本来なら鶏の骨を臭みを消す野菜と一緒にじっくり煮込んで鶏の旨味を出したスープを加えるのだが、今回は違うもので代用した。
それは臭みもなく、短時間で作れ、さらに味付けなどをする必要のないぐらい鶏の旨味が詰まった金色のスープ…。
レイは、口から体の奥深くへと初めて感じる旨味を存分に堪能していた。
“色んな味がするな、この細かく溶け込んでいるのは魚、緑色の粒々した野菜とこの赤さを出している野菜は各々違った酸味をだしてお互いの旨味を底上げしている。唐辛子とガリク、ランカン油が味にアクセントを与え食欲を刺激する。なんだ?この深みのある…”
「アル、このシチューは鶏を使っているのか?」
この問いには私はレイの味覚に心底驚かされた。
“まさかここまでわかるとは…”
「…それはさっきのハムからでた肉汁だ」
「え!?」
レイと姉妹が驚いた。
先ほどのハムは茹でると牛腸が張り裂けんばかりに肉汁を出す。
それは牛腸によって守られた鶏胸肉の皮と肉から旨味が染みだしたものであり、さらにハムに塗り込んだ調味料も混じった旨味の塊である。
私らハムを取り出す際に、これをこぼさないように皿の上でとり出しマトを入れた後の鍋にその黄金色のスープを入れる事で味に深みを出したのだ。
「おじさんすごいね、そこまで考えて料理をしているなんて」
「ほんとだよ、どれも今まで食ったもんの中で一番上手かった!」
姉弟が尊敬のまなざしで私を見てきているのがわかった。
やめてくれ、私はさっきまで“さっさと食べろよ!”と料理人失格な事を考えていたのだ。
きっと我が師ダウトがこの場にいたら私に一喝したに違いない。
「そ、そうか、それは良かった、ククッ」
…そう思いつつ、自分の口元がニヤニヤと歪んでいってしまうのだから私はやはりその道の達人にはなれないのかもしれない。
ふと、レイを見ると先ほどの興奮が嘘のように動かなくなっていた。
「どうしたレイ?魔力切れか?」
私がそう言ってもレイは一向に動かなかった。
近くに寄って揺さぶろうとすると、レイの赤い宝石のような目からキラリと光る物があった。
私の気のせいだろうか?
見る見るうちに目の回りに水滴が出来ていくのが見える。
「お、おい。まさか泣いてるのか?」
料理を食べてる時点で普通のゴーレムではないのだから、涙を流してもおかしくないのかもしれない。が、さすがに心配だ。
今まで料理を食べてはしゃぐ事はあっても、泣く事なんて未だかつて無かった事だ。
「「え?」」
姉弟が驚いてレイを凝視している。
それはそうだ。
突然泣き出すゴーレムなんて、それこそあり得ない事なのだから。
きっと料理の湯気でそう見えているに違いない。
そう思うも、レイの目から出る水の勢いは弱まる気配がない。
「オレ、オレは…」
私はそう呟くレイの涙で濡れた目を必死に布で拭い、姉弟に“最近魔力を入れていなかったから調子が悪くなったのかもしれない”と適当な嘘をついてその場をごまかし、一旦レイを落ち着かせるために近くの川沿いを歩く事にした。
ガナリアの中心を流れるその川は、船が何艘かロープで陸と繋がれており水運が盛んな昼間の面影を残していたが、今は人気が少なく街全体が眠りに入ろうとしていることを感じさせた。
「すまなかったな」
レイは、黙って水面に浮かぶ月を見つめていると突然つぶやいた。
「驚いたが、…気にしていない」
私は、正直困惑していたが、この際レイがゴーレムだということは置いておこう。
この数ヶ月間、レイと衣食住をともにしたのだが、料理を食べて美味しかったから涙を流すなんて今まで無かった。
「本当に美味しかった、ありがとう」
レイはそう呟くと、私の前を歩き出した。
私たちは同じ歩幅でその後もしばらく黙って川沿いを歩いた。
私は以前、“これからの思い出を作れ”とレイに話した事があった。
レイは“思い出”がないことを気にしている。
自分が何者であるか、何を成そうとしていたのか。
それを知りたがっている。
私は夢であった騎士を辞めのらりくらりと生きる毎日を送っているが、それでも今までの思い出が無くなったとしたらやはり辛いと思う。
誇れる家族に、共に夢を語り合った友人達に旅先で出会った人々、生き方を教えてくれた恩師、美しい風景、そして美味い料理…、その全てが私を形作っているのだ。
ゴーレムだから家族や友人がいるわけではないのだろうが、きっとレイを作った者、仕えさせた者がいたはずなのだ。
思い出がないということは、それらを失ったという事だ。
それはとても寂しいことだと私は思う。
レイはそれをあえて言う様な事はしないが、時々それを隠すようにはしゃいでいるようにも見える。
だから私は、レイに思い出を作れと言った。
それにおこがましいことはわかっているが、仮にレイが記憶を取り戻せなかったとしても、私はレイが自分の事を誇れるように思い出を作ってやりたいと思っている。
泣いたのはさすがに驚いたが、ネスカがレイにとって涙を流すほど嬉しいと感じてくれたのなら嬉しい事この上ない!
私は黙って歩いている間、密かにこれからの献立について考える事にした。




