【身長・キャラメル・牛乳】
【キャラメル】
くつくつと小さな音を立てて、小鍋の中でまろやかな茶色が煮詰められている。優しく香る甘い匂いにラパンはうっとりと目を細めながら、待ちきれないといった様子で小鍋の中身を見つめていた。そんなラパンをパティは微笑ましげに横目で見てから、鍋の中をゆっくりとかき回していた木ベラを持ち上げる。
「んー……これくらいかな?」
とろりと垂れる茶色を眺めて具合を見計らい、大丈夫そうだと判断したパティは火を止めて、小鍋の中身を予め用意しておいた底の浅い正方形の型に流し込む。
「さ、あとは冷やして固めるだけだぞ」
「どれくらいですか?」
「うーん、十五分くらいかな……」
「……じゅうご」
それを聞いた途端、ラパンはかくりと小さく肩を落とす。他からすればたったの十五分だが、今のラパンには長い待ち時間だった。そんなラパンのあどけない反応にパティは思わず頬を緩め、そして指をぱちんと鳴らした。
「そーれっ」
「!!」
すると正方形の型が淡い青色の光に包まれ、型の中で湯気を立てていた甘い液体が見る見るうちに固まっていった。目の前で起きた出来事にラパンは目を見開き、パティと型を交互に見やれば、パティは得意げに笑って片目を瞑ってみせた。
「さ、あとは切り分けるだけだ! ラパンちゃんには紅茶の準備をお願いしてもいいか?」
「……! はいっ」
ぱあっと嬉しそうに微笑んで、ティーセットが仕舞われている棚に一目散に向かうラパン。後ろ姿だけでも分かるほどに喜んでいるラパンにパティも笑みを溢し、出来立てのキャラメルをナイフで切り分け始めたのだった。
出来立ての甘い香りに包まれたお茶会は、もう間もなくだ。
【身長】
「ほら、もう少しだぞ」
「うー……」
「……?」
穏やかな昼下がり。庭園の花壇に水をやっていたサーヌは、庭園の隅で奇妙な行動をしているケルトーとラパンを見つけた。ケルトーが何かを高く掲げていて、それをラパンが両手を伸ばしてぴょんぴょんと必死に跳ねている。端から見たら苛めているように思える光景だが、それは無いだろうと判断したサーヌは水やりを止めて其方へ歩み寄った。
「二人とも何してるの?」
「サ、サーヌさん、こん、にちは……」
「おう、サーヌか」
サーヌが声をかけるとラパンは跳ねるのを止め、肩で息をしながらぺこっと頭を下げる。その隣でケルトーが掲げていた手を下ろした。その手にはラパンの好物であるガレットが収まっている。
「いや、此奴が身長が欲しいとか言うからよ」
「ええと……それで何でそんな事に?」
「上に跳んでりゃ伸びんじゃねえかって。な?」
ケルトーの問いかけに対し、ラパンは未だ整わない呼吸に肩を弾ませながらもこくこくと頷いてみせる。冗談ではなく真面目な様子の二人にサーヌは内心少し考えた後、
「……あんまり無理しないようにね」
色々と突っ込みたい事はあったが、二人が仲良くしているのならそれに越した事はない。そう思ったサーヌは普段のように笑顔を浮かべておく。
その少し後、それでもせめて少しでも足しになるようにと、夕食のメニューに牛乳や魚を多くしてもらうべく、キッチンへと向かうサーヌの姿があった。
【牛乳】
(……寝れない)
あまりにも良い天気だったのでたっぷりと昼寝をしてしまった事を後悔しつつ、ラパンはベッドからむくりと起き上がって静かに部屋を出る。
(眠れない時は、動くのが一番だよね)
寝ようと意識し過ぎると余計に寝付けない事を知っていたラパンは、とりあえず屋敷の中を散歩して少しでも疲れようと廊下を歩く。と、食堂の前を通り過ぎようとしたところで足を止めた。
(……誰かいる?)
ドアの隙間から明かりが漏れているのに気付いたラパンは、小首を傾げながらそっとドアを開けて食堂の中を覗く。すると此方に背中を向けて窓辺に立っているケルトーの背中を見つけた。ラパンは声を掛けようか少し迷っていたが、
「……お前、何してんだよ?」
「!!」
どうやら気配に敏感なケルトーにはとっくに気付かれていたらしく、振り返ったケルトーは驚いているラパンを見て、くつくつと楽しそうに笑いながら手招いた。ラパンは笑われた事に恥ずかしさを抱きつつも素直に其方に行く。
「珍しいな。眠れないのか?」
「はい……お昼寝しちゃって」
「成る程な。んじゃこれ、飲んでみるか?」
そう言ってケルトーが差し出してきたカップを受け取ったラパンは、その中身を見て小首を傾げる。ほんわかと湯気を立てる白い液体。それはラパンにとっては夜に飲むイメージが無い飲み物だった。
「これって、牛乳……ですか?」
「おう、そうだ。寝付き悪い時はそれ飲むと結構効くぞ」
「へえ……」
初めて知る知識にラパンは感心したように頷くと、そっと一口飲んでみる。すると体がほわっと温かくなり、色白なラパンの頬がふんわりと薔薇色に染まったと思えば、
「ふにゅ……」
「え? おいっ!?」
その場にぽてっと座り込んでしまった。しかし咄嗟にケルトーが支えたので後ろに倒れる事は無く、カップから牛乳が零れるのも未然に防げたが、突然の事態に流石のケルトーも困惑した様子を見せる。が、ふとカップから漂った香りを嗅いで気付いた。
「あー……ウイスキー入れてたの忘れてた……」
この翌日、ラパンが頭痛を訴えた事によってケルトーの不注意が露わになり、それを知ったパティが烈火の如くケルトーを叱ったのは言うまでも無い。
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