【にんじん・カエル・角】
【にんじん】
籠にこんもりと盛られているのは、まだ土が付いた収穫したての野菜達。普段とは違って汚れても良い服装をしたラパンとサーヌはその野菜達を満足そうに眺めている。
「手伝ってくれて有り難うね、ラパンちゃん」
「いえ、私も久しぶりに畑仕事がお手伝い出来て、楽しかったです」
頬に土を付けてそう言ったラパンの表情は確かに何処か満足げで、その姿にサーヌは一瞬珍しそうにしたが、ふと思い出して納得したように「ああ」と声を上げた。
「そっか、ラパンちゃんは農村生まれだったっけ? 通りで手際が慣れてた筈だよ。僕の先生になってもらおうかな?」
「そ、そんな……」
褒められたラパンは恥ずかしそうに頬を染める。そんな素直なラパンの反応にサーヌは微笑ましげに笑った。
「あはは、それにしても今回はどれも上手く育ったなあ。特にこの人参なんて今までで一番かもしれない」
そう言ってサーヌが籠から手に取った人参は色が濃く、オレンジというよりは赤に近い。茎の根本も細くて全体的に艶と張りがあり、付いている土を払わずとも見るからに新鮮で美味しそうだった。完璧と賞するに相応しいそれを眺めながら二人は笑顔を浮かべる。
「大地の恵みに感謝、ですね」
「そうだね。あとはパティに更に美味しくしてもらおうか」
「はい、楽しみです」
持ち上げた籠はずっしりと重い。しかしその重さが何だか嬉しくて仕方がない。二人は満足感に溢れた笑顔のままで野菜達をキッチンへと運んでいく。
その日、夕食で食べた野菜達はいつもより美味しい気がしたラパンとサーヌだった。
【カエル】
その日は朝から雨だった。どんよりと重い鉛色の空からは絶え間なく冷たい雫が降り続いている。そんな天候の中では外に出る事も出来ないので、ラパンとパティは朝食後も食堂に残って二人でのんびりと食後の紅茶を味わっていた。
「この分だと今日はずっと雨だろうなー……」
「そうですね……」
紅い薔薇が描かれた真っ白なティーカップを手に、パティが窓の外を眺めながら呟いた。緩やかに昇る湯気と共に春の花のような香りが漂う。パティの呟きにラパンも同意しながら窓の方に目を向けた。硝子を叩く雨粒は大きく、止む気配は一向に見受けられない。
「こんな日は屋敷にいるしかないしな。ラパンちゃん、あとで一緒にハンカチに刺繍でもしようか?」
「えと、刺繍ってやった事無いんですけど……私でも出来ますか?」
「出来る出来る! 私が一から教えるから安心してくれ!」
「じゃあ……お願いします」
「うん! 任せてくれ!」
趣味の一つである刺繍を妹のように可愛がっているラパンと出来ることに、パティは心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。あまりにも嬉しそうに笑うのでラパンもつい釣られて微笑んでいると、不意に食堂のドアがばたんと開いた。
「お、いたいた」
「ケルトー……って、お前! 何でそんな濡れてるんだ!?」
「外に行ってたからに決まってんだろ。それよりも珍しいもん見つけたから持ってきたぜ」
食堂に入ってきたのは、全身を雨で濡らしたケルトーだった。艶やかな黒髪の先からは雫がぽたぽたと滴り落ちていたが、本人はそれを全く気にする様子もなく、驚いているラパン達の元へとやって来る。
「め、珍しいもの……?」
「……?」
何だか嫌な予感がしたパティはひくりと頬を引きつらせる。一方のラパンはきょとんと小首を傾げて、ケルトーが言う『珍しいもの』が何なのか気にしている様子を見せた。そんな二人の前にケルトーが差し出したのは、
「ひいっ!?」
「……蛙、ですか?」
背中に五本の細い黒線が入っている以外は真っ白な体をした蛙だった。大きさはラパンの掌に収まる程で、金色の両目をくるくると忙しなく動かしている。
「しょ、食堂に蛙を持ってくるな!」
「テーブルに置かなきゃいいだろ。おい、ちょっと此奴の頭を軽く押してみろ」
「……?」
ラパンは言われた通り、ケルトーの手の上で座っている蛙の頭を指先で本当に軽く押してみる。すると蛙はぱかっと口を開けて鳴き声を空間に響かせ始めた。その鳴き声はオルゴールのように美しく、ラパンは聞き惚れながらきらきらと目を輝かせた。
「わあ……!」
「面白いだろ? よし、もっと捕まえてくるか」
「お、お手伝いします!」
得意げに笑うケルトーの後に続こうと、ラパンは好奇心に目を輝かせたまま立ち上がろうとする。そんな二人にパティは半泣きになりながら堪らず大声を上げた。
「頼むからやめてくれーっ!!」
【角】
廊下を歩いていたケルトーは前方に小さな姿を見つけて目を細めた。屋敷に連れてきた頃と比べて随分とこの屋敷に慣れた様子のその少女は、廊下に飾られた装飾品を物珍しそうに眺めている。
「おい」
「……! ケ、ケルトーさん、こんにちは」
不意にかけられた声にラパンはびくっと肩を跳ねさせ、声をかけてきた相手がケルトーだと分かると少し緊張した様子でぺこっと頭を下げた。ケルトーはそんなラパンの傍まで歩み寄るとラパンが眺めていた装飾品を見た。
「ああ、一角獣の角か」
「え、……これって本物の角なんですか?」
「おう。前に俺が出くわした奴のな。珍しい大きさだったから持って帰って来たんだよ」
涼しい顔でさらりと話すケルトーだったが、それを聞いたラパンは驚愕に見開いた目でもう一度、目の前にある装飾品を確認する。硝子の箱に入れられた紫水晶の角はラパンの背丈ほどの大きさがあり、これが本物の角だとするなら本体は更に巨大だということになる。それを倒したと平然と語るケルトーに対してラパンが感心していると、ふとケルトーが角を眺めたまま呟いた。
「……そういや俺、お前と初めて会った時に怪我してただろ。あれは一角獣にやられたんだよ」
「えっ」
「あん時は苛ついてたが、……今思えば、彼奴にやられてなきゃお前と会う事も無かったんだろうな」
最後の方は呟くように言ったケルトーは、隣で自分を見上げているラパンの頭をぽんと一度だけ撫でると、その場から去っていく。その背中を見送ったラパンの傍らでは、紫水晶の角があの夜の月のように静かに輝いていた。
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