【魚・庭・すいか】
【魚】
夕食前のキッチンに並ぶラパンとパティ。パンケーキの一件以来、自分にも出来そうな料理の時は手伝うようになったラパンは野菜を洗いながら、隣で手際よく魚を捌いているパティにふと問いかける。
「そういえば、お魚はどうやって手に入れているんですか?」
海が遠い小さな農村生まれのラパンは、実は屋敷に来るまでは干し魚以外で魚を食べたことが無かった。そもそも干し魚も値が張ったので月に一度くらいしか食卓に並ばなかった。この屋敷は森に囲まれているので、買いに行くにも一苦労の筈だとラパンは思っていた。しかしパティは笑顔であっさりと答える。
「ああ、ケルトーが川で捕って来るんだ」
「!?」
「街までは遠いからな。こう、川に入ってざばっとね。一回見たけど上手いもんだよ」
「…………」
パティの答えを聞いたラパンの脳内には、川でざばざばと水しぶきを上げながら豪快に魚を捕るケルトーの姿が浮かぶ。そして、
(……狼っていうより、熊みたいです。ケルトーさん)
思わず目線が遠くなる。うっかり脳内に焼き付いてしまったイメージが消えるまで、暫く野菜を洗う手を止めて黙っていたラパンであった。
【庭】
霧の屋敷の庭園は広い。小さなラパンが一周すると少し疲れてしまう程には面積があり、そして其処には様々な植物が生き生きとその根を張っている。
「サーヌさんは、よく一人で此処の植物達をお手入れ出来ますよね」
庭園で寛ぐ際にはすっかり定位置になった白いテラスで、花壇の水やりを終えたラパンとサーヌは休憩序でに紅茶を味わっていた。感心した様子でそう言うラパンに、紅茶を啜っていたサーヌはにっこりと笑う。
「一人じゃないよ? 最近はラパンちゃんも手伝ってくれてるし、その前からも手伝ってくれる子達がいるからね」
「え……そうなんですか?」
初めて聞いた話にラパンは驚き、そして考える。自分以外に庭園の手入れを手伝いそうな人物は、この屋敷の住人だとパティ以外には想像が出来ない。しかしパティは屋敷での家事の殆どを一人でこなしているので、そんな余裕は無いように思える。
(でも、じゃあ誰だろう……?)
予想が全く立たず、どんどん首を傾げていくラパンをサーヌは敢えて黙って暫く楽しそうに眺めていたが、遂にラパンの首が傾く限界を迎えたのを見ると口を開いた。
「実はね、花の精霊たちが手伝ってくれてるんだ」
「えっ? サーヌさん、花の精霊と仲良しなんですか?」
「仲良しって言うか……うん、まあそんな感じかな。色々あって、僕は花の精霊とだけは会話出来るんだ」
「へえ……」
とても繊細な精霊達は種類にも寄るが、他の種族と交流を持つことは少ないと言われている。特に花の精霊は臆病で控えめな気質なので存在を確認出来るだけでも珍しい。そんな精霊と会話が出来るというサーヌを、ラパンはきらきらとした尊敬の眼差しで見つめた。
「凄いですね、サーヌさん」
「あはは、自分にとってはそうでもないんだけどね。……でも、花の精霊達が最近ラパンちゃんを気にしてるみたいだから、近いうちにラパンちゃんも話せるかもしれないよ?」
「本当ですか? もし本当に話せたら、嬉しいです」
ぱあっと目を輝かせるラパン。その無邪気な反応にサーヌも自然と穏やかな笑顔を浮かべる。
庭園に咲いている花達が、微笑むようにそっと揺れていた。
【すいか】
緑色に黒い波模様が入った大きな玉。野菜か果物かも分からない何とも奇妙なそれを前に、ラパンとケルトーとパティは揃って眉間に皺を寄せていた。
「……何なんだよ、これ」
「硬さはカボチャっぽいけど、見た目が違うし……」
「そもそも食べられるんでしょうか……?」
今朝、温室の片隅で実っていたと言ってサーヌが持ってきた謎の物体を前に、流石のケルトーも下手に手を出そうとはしない。そこに本を小脇に抱えたサーヌが帰ってきた。
「クレに調べて貰って分かったよ。それは『すいか』って言う野菜らしい」
「は? 食えるのかよ、これ」
「うん。遠くの国では普通に食べるみたいだよ」
「へえー……。じゃあ折角だし食べてみようか? どうやって食べるんだ?」
「えっと……本によると、一般的には三角形に切って生で食べるみたいだね。好みで塩を少しかけると甘さが引き立つとか」
「成る程、じゃあその通りでいいか。ちょっと切ってくるから待っててくれ!」
サーヌの説明を聞いたパティは謎の物体が食材だと分かって安心したらしく、それをひょいと抱えてキッチンに消えていく。そして数分後には綺麗に三角形に切り分けたそれを盛った器を手にして帰ってきた。
「この野菜面白いな! 中がこんなに赤いんだ!」
「おい、この黒い点は何だ?」
「それは種みたいだね。でも食べても問題無いよ」
「まあとにかく食べてみよう! はい、これはラパンちゃんの分な」
「あ、ありがとうございます……」
パティに笑顔で差し出された三角形を受け取ったラパンはそれを興味深そうに見つめる。そして全員で席に着くと、一斉にがぶりと三角形に口を付けた。
「……何だ。普通に食えるな」
「うん、しゃりしゃりしてて美味しい」
「喉が渇いた時とか良さそうだね」
「しかし種があれだ、邪魔だからこのまま飲み込んじまいたい。食っても平気なんだよな?」
「うん、大丈夫だよ。でも口から芽が出てくるって事がもしかしたらあるかもね?」
「あはは! それは怖いな。なあ、ラパンちゃ……」
サーヌの冗談めいた発言に笑いながらパティはラパンの方を見て、笑顔のままぴしっと固まった。何故なら、
「…………」
そこには小さな頬を膨らませて、顔色を青白くさせながら涙目でぷるぷると震えているラパンの姿があったからだ。それに気付いたサーヌとラパンは一気に慌てる。
「わああ! 冗談! 冗談だからね、ラパンちゃん!」
「大丈夫だから! ほら、種ならぺって出して!」
そうしてラパンを囲んでばたばたと騒ぐ二人を余所に、
「お前ら、食わねえなら貰うぞ」
自分の分をあっさりと種ごと食べ終わったケルトーは、早速二つ目に手を伸ばしたのだった。
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