No.10 暗示
まず動き出したのは、白い少女だった。
一瞬体勢を低くすると、凄まじいスピードで走り出す。
それと同時に、紫の少女も足下に幾何学模様を広げ、
目の前を右手でなぎ払うようなしぐさをする。
その一瞬で、彼女の右手には、5本のナイフが現れた。
紫の少女が、一本のナイフを投げつける。
高速で走っている白い少女は、それを鎌で軌道を逸らし、走り続ける。
それを4回繰り返し、とうとうナイフがつきた紫の少女は、
白い少女が走ってくるのを、何もせずに待っている。
そしてとうとう、白い少女があと数メートルにまで迫った時。
白い少女の全身に、傷が走った。
「なっ・・・」
「やはり、【トリック】か。」
思わず絶句する俺の横で、陽さんは動じていない。
「トリック?」
「あぁ、元々mns-04は防御系のロボットなんだが、
攻撃も少しはできる。あれは、4号機が持ってる技の1つだ。」
白い少女が、紫の少女に近づこうとするたび、傷が深くなっていく。
彼女の白い肌や服に、真っ赤なシミが次々と増えていく。
「何でああなってるんですか?何もないのに。」
「そりゃそうだ。あれは幻想だ。
さっきのナイフは、2号機に暗示をかける下準備だ。
おそらく【4号機に近づくと、傷つく】とでも思いこまされてるな。」
「思いこまされてる?」
まぁ、催眠術の一種だと思えばいい。
人間は、【そう思う】と、本当になってしまう事がある。
それを使った技だよ。
ロボットとはいえ、私達が創った人工知能だ。人間とそう変わらない。」
それだと、2号機は、あの4号機とやらに傷を負わせる前に、体がミンチになって終わりだ。
実際、2号機の見た目はほぼ真っ赤に染まりかけていた。
しかし、2号機はまったく引こうともせずに、さらに4号機に近づいていく。
「どうして2号機は、傷が深くなるのに、4号機に近づくのを止めないんですか?」
「・・・2号機を始め、ナイトメアシリーズは一切痛覚を感じない。
戦闘の時は邪魔になるからな。」
「じゃぁ、このまま・・・」
絶句した俺を横目に、陽さんは2機の闘いに目を向けたまま、言った。
「行動不能になるまで、動き続ける。」
俺たちが話してる間も、2号機は体中を切り刻まれている。
だが、陽さんは少しも顔色を変えなかった。
「そうあせるな。確かに4号機は少しは攻撃もできるが、
それはやはり【少し】だ。」
傷だらけの少女の足下が光る。
4号機も慌てて幾何学模様を浮かびあがらせるが、遅い。
ブチブチッと何かを引きちぎる音と共に、白い少女が一気に紫の少女へ詰め寄る。
「――戦闘に特化している2号機には、遠く及ばない。」
そして、白い少女は持っていた大鎌を、紫の少女の首に食らいつかせた。