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ドラゴンマスクより「僕」  作者: 美憂


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4/18

続ける準備

キングカズが、サッカーを続ける価値を変えてくれたと思う。


僕は、サッカーが好きなかあちゃんが好きだ。

僕は、かあちゃんが女子チームでサッカーを始めてから、生活のリズムが変わったことに気がついた。


 LINEの返信時間が変わったのだ。


 以前は、仕事が終わるとすぐに「今日こんなお客さんがいてさー」とか、「コンビニでアイス買った」とか、どうでもいい連絡が飛んできていた。それが最近は、夕方に既読がつかない。二時間後くらいに、


「今、かえりー」だけ来る。


 最初は残業かと思った。でも、送られてきた写真の遠くにサッカーボールが映っていた。


 公園のライト。

 ベンチ。

 映り込んだ汗で濡れたジャージ。

 全部、かあちゃんのサッカーだ。


 律からも連絡が来る。


「お前のかあちゃん、練習後も残ってるぞ」

 知ってる。


「止めなくていいの?」

 止まる人なら始めてない。

「そりゃそうだ」

 そうは言ったが、本当は少し心配だった。


 かあちゃんは、努力の方向がおかしい時がある。


 僕が小さい頃も、キーパー練習に付き合うために、自分でFWの本を読んでいた。GKに付き合うためのシュート練習をする母親なんて聞いたことがない。しかも、僕より先に倒れ込んで手首を痛めていた。


「地面って硬いね」


じゃないんだよ。パートのレジ打ちどうすんだよ。


 そういう人なのだ。

 そして今、その情熱が、自分自身に向いている。


 問題は、かあちゃんの体が二十代じゃないことだった。


 僕はプロになってから、「休むこと」も練習だと知った。食事、睡眠、ケア、筋肉疲労、体重管理。好きなだけでは続かない。でも、かあちゃんはそこが雑だ。


 練習後、夕飯がアイスだけとか普通にやる。


 律に聞いた。

 ちゃんと食ってるかな?

「微妙」

 だろうね。

「終わった後、なんか魂抜けてるわ」

 想像できた。


 全力でやって、電池切れみたいになるのだ。


「あとさ」

と律がとうちゃんの親友の顔で笑った。

「練習後、めちゃくちゃ足揉んでる」

 あー……

「だるいんだろうな。乳酸溜まって」


 そりゃそうだ。

 今までプレーヤーとして使ってない体を、急に県リーグレベルで動かしてる。筋肉も関節も悲鳴を上げてるんだ。


 でも、かあちゃんはやめない。

 やめるどころか、もっと上手くなりたいと思ってる。


 どうする?ドラゴンマスク。


 なんとかしなくちゃ。

 まず、スポーツ用の食事本を送った。

『初心者でもできる疲労回復メシ』

 とにかく、タンパク質を食え。

 試合前には炭水化物だ。金曜の夜はパスタを1.5人前は食え。

 

 そして、練習前は走って筋肉を温めてからストレッチをする。

 30分前には500mlは水を飲め。

 スポドリは薄める。

 お茶は、利尿効果あるからダメ。

 練習後は、必ず十分にストレッチ。

 グレープフルーツジュースを飲んで、風呂でしっかり体を揉む。

 シャワーは。冷たいのとあったかいのを交互にかける。


普段、僕がやっていることだ。。

キングカズはアップとダウンにそれぞれ2時間かけてるらしい。

プロサッカーを長く続けるって、そう言うことなんだ。

 その二日後、

「鶏むね肉を美味しく食べる方法はないか」

 とLINEが来た。かあちゃんは「パサパサ」したものが嫌いだ。


よし、ちゃんと読んだな。簡単にできる低温調理や味付けのレシピを送った。

でも、ドラゴンマスクの話題には触れてこない。


次に、フォームローラーを匿名配送した。

最初は警戒していたらしい。

「ドラゴンマスクから変な棒きた」

と画像が送られてきた。

変な棒じゃない。「筋膜リリースだ」と説明した。


その数日後、律から動画が送られてきた。

体育館の隅で、かあちゃんがフォームローラーに乗って悶絶している。


「いっっった!」

「だから『それ痛いよ』って言ったじゃん」

「なんでこんな痛いの!」

「筋肉が張ってるからだよ」

「撮らないでよ!変態!」

 律が大爆笑していた。


コントのようなやり取りに、僕も笑った。

でも、ちょっと安心した。

ちゃんとケアしてる。

それからドラゴンマスクとして、少しずつ“生活”を送り始めた。


『寝る前にストレッチ』

『練習後30分以内に補食』

『アイスだけで済ませるな』

『水飲め』


『前日のアルコールはNG』

 これだけは文字を強調した。


数日後、かあちゃんから突然LINEがきた。


「最近ね、寝起きの体が違うのよ」


ドキッとした。

怪我かと思った。


調子悪い?

「ううん。前より軽い」

少し間が空いて、

「なんか、自分の体をちゃんと管理できてる感じ」と来た。


おーい。誰のおかげだよ。と突っ込みながら、その言葉が、なんだか嬉しかった。「ドラゴンマスクはふふふと笑った」とか、ト書きが見える。

かあちゃんは今、自分の体と初めてちゃんと会話しているのかもしれない。

今までは、誰かを支えるために使っていた。


 僕を育てるため。

 働くため。

 生活するため。


でも今は、自分が走るため、ボールを蹴るために使っている。

そのことが、少し嬉しくて、少し怖かった。

好きなものに、本気になってしまった人は強い。


でも、壊れる時も突然だ。

もっと早く、好きなことに打ち込ませてあげたかった。

だから僕は、今日もドラゴンマスクを続ける。


 練習メモを作る。

 動画を送る。

 食事を調べる。

 サプリメントのレビューを見る。

 そして、正体を隠したまま、願う。


どうか、かあちゃんが、サッカーを好きなまま、続けられますように。

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