第8話 王都の門番と、バキバキの腰痛
王国の中心、白亜の城壁がそびえ立つ王都グランゼール。
その巨大な城門の前には、入城を待つ長い列ができていた。
「おい! 列を乱すな! ……っ、痛たた……」
門番たちの隊長、ボリスは、重厚な鉄の鎧の中で顔を歪めていた。
彼の悩みは、長年積み重ねてきた『腰痛』だ。
重さ二十キロを超えるフルプレートを纏い、一日中硬い石畳の上に立ち続ける。そんな生活を十年も続ければ、屈強な戦士の腰も悲鳴を上げる。
「隊長、大丈夫ですか? また『ギックリ』が来そうなんじゃ……」
「……分かっている。だが、今は聖女様失踪の件で警戒態勢だ。休めるわけがないだろう」
ボリスは腰をトントンと叩くが、痛みは増すばかりだ。足にまで痺れが走り、剣を握る力も入らない。
そこに、妙な三人連れがやってきた。
一人は、フードを深く被った小柄な少女。
一人は、どこかで見覚えのある銀髪の女戦士。
そして真ん中に立つのは、ひどく眠たげな目をした、黒髪の少年だ。
「止まれ。身分証を……うっ、ぐ、あぁッ!!」
ボリスが身分証を確認しようと前かがみになった瞬間、腰に鋭い激痛が走った。
筋肉が岩のように固まり、息をすることすらままならない。
「隊長!?」「おい、救護班を呼べ!」
周囲が騒然とする中、真ん中の少年――レンが、平然とした顔で一歩前に出た。
「無駄だよ。そいつは筋肉が魔力の流れを堰き止めて、神経を圧迫してるだけだ。魔法で無理に繋げば、次は完全に歩けなくなるぞ」
「……なっ、貴様、何を――」
「動くな。……『大腸兪』から『委中』まで、魔力の線がバキバキに凍りついてる。鎧の隙間から失礼するよ」
レンの指先が、ボリスの腰の、鎧の合わせ目に吸い込まれた。
ボリスが「やめろ」と言う暇もなかった。
レンの指が、腰椎の脇にある、最も硬く凝り固まった一点を正確に――それこそ寸分の狂いもなく――押し込んだのだ。
「あ、が……っ!?」
「ここだ。魔力のバイパス、開通させるぞ」
レンが取り出したのは、これまでよりも太く、力強い銀針。
それを、鎧の隙間から迷いなくボリスの腰へと刺し通した。
――ズ、ゥゥゥゥンッ!!
ボリスの視界が、火花を散らした。
腰の奥、自分でも触れることのできなかった「痛みの核」に、巨大な杭が打ち込まれたような衝撃。
得気。
あまりに重く、あまりに深い「響き」に、ボリスはあられもない声を漏らした。
「……ぁ、ぁあああぁぁぁあぁああーーッ!!?」
「隊長!?」「何をした、このガキッ!」
部下たちが剣を抜こうとする。だが、それよりも早く、ボリスが叫んだ。
「待て! ……待て、抜くなッ!!」
ボリスは、信じられないものを見る目で、自分の腰を触った。
先ほどまでの、焼火箸を押し当てられたような激痛。
足まで痺れていた、あの忌々しい重さ。
それらが、たった一本の針によって、霧が晴れるように消え去っていた。
「……消えた。痛みが、ない……。それどころか、腰が、軽い……!」
ボリスは、重い鎧をつけたまま、その場で軽やかに屈伸してみせた。
周囲の騎士たちが、呆然と口を開ける。
十年来の持病で、歩くのもやっとだった隊長が、まるで新兵のように軽快に動いているのだ。
「あんた、姿勢が右に寄ってる。長年の剣の構え方の癖だね。たまには反対側でも素振りしなよ。……はい、これはアフターケア用の皮内針。貼っておくだけで魔力の澱みが取れるから」
レンがボリスの耳の後ろに小さなシールのような針をペタりと貼ると、ボリスは今までにない「頭の冴え」まで感じていた。
「……君は、一体何者だ。この街の、どの魔導医師も治せなかった私の腰を……」
「ただの鍼灸師だよ。……さて、入城を許可してくれるかい? 連れが少し、疲れているんだ」
レンが振り返ると、フードの下でセラフィナが小さく笑い、エルフリーデが呆れたように肩をすくめていた。
「もちろんだ! いや、ぜひ入ってくれ! ……おい、この御一行様を最優先で通せ! 宿の手配も私がしよう!」
王都の門番を「腰のトトノイ」で買収し、レンたちはついに、魔法医学の本拠地へと足を踏み入れた。
だが、その様子を城壁の上から見下ろす、冷ややかな視線があった。
「……針、だと? そんな原始的な呪術で、我が聖なる治療を汚す者が現れたか」
白き法衣を纏った男――王立医師団の長、ゼノスが、不快そうに目を細めていた。
第8話、ご覧いただきありがとうございました!
王都への入り口を「腰痛治療」で突破する。
これこそが、実益を重んじる「なろう」的攻略法です。
いよいよ舞台は王都へ。
これまで辺境で「噂」でしかなかったレンの技術が、王都の権威たちと真っ向からぶつかります。
「門番隊長、一瞬で懐いた!」
「医師団の長、嫌な奴が出てきた!」
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次回、第9話「王都の隠れ家と、最初の『大物』患者」。
ひっそりと開院したレンの元に、夜陰に乗じて現れたのは……なんと、この国の?
お楽しみに!




